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恋に落ちたマーメイド

恋に落ちたマーメイド





軽い渋滞に巻き込まれながらも順調に到着し、けっこうな人でにぎわうビーチへと8人は繰り出した。




皆で持ち寄った敷物を敷きまずは自分達の場所を整える。行きに買いだめしたサンドイッチやおにぎり、飲み物を並べてまずは腹ごしらえだ。陽子ちゃんという女の子が可愛いお弁当を作ってきた。玉子焼きやウインナー、肉じゃが、色とりどりの美味しそうなおかずが並び残りの女子3人がそれをものすごく褒める。




インスタントカメラでバシャバシャと皆で大量の写真を撮りながらお昼を済ませた後はカップル2組はそれぞれ別行動に。美香たち4人はそろって水辺にいた。





浮き輪を抱えた祐介が恐い?とさりげなく美香を気づかう。恵みは隆之と水をバシャバシャと掛け合い大騒ぎだ。





「そんなに沖合いの遠い所までは行かないし、あそこにラインが見えるでしょ?それから先は危険だから誰も行けないんだ」





「じゃあ先生、引率宜しくお願いします」美香はぺこりと頭を下げた。






そんな美香を恵も隆之も可愛いと言い、浮き輪を身に着けた恵は彼女の手を取りゆっくりと波に身を任せて水の中に浮かぶ。右手は祐介とつながっている。





ザブーンという大きな波の音が時々恐いものの揺れる水の中は楽しかった。





途中、隆之と祐介は底の方にもぐり貝殻が落ちていないか探してくれた。恵も美香大波が押し寄せる度にきゃーっと声を出して騒いだ。





「海かプールでおしっこした事ある人?正直に手、挙げて!」隆之が突然そんな風に言い出し皆を笑わせる。「美香ちゃんはすました顔しておしっこするタイプでしょ?めぐちゃんは大胆に

水面で放尿―!祐介は隠れてこっそりチョロチョロと(笑)」




「ほな、隆之くんはどないやねん?あっ、こっそりと水中でやったれと見せかけて大をもらすタイプやねんきっと(笑)ってか今もらしたんとちゃうの?」恵がつっこみを入れる。




「やっぱり大阪の女の子には勝てないな~」隆之も祐介もお腹を抱えて笑った。また大波が来て4人は頭からずぶ濡れになっても笑い続けた。




小学生の頃、祐介の兄が都民プールの休憩時間になかなか水から上がろうとせず勝手に泳ぎ続け最後は監視人のおじさんに竹の竿で頭を叩かれた事。




体育のプールの時間に帽子を忘れると学校名が油性ペンでバカでかく書かれた恥ずかしいゴム製の帽子をかぶって授業に出させられるなど面白い話がどんどんと飛び出す。





やがて4人は笑いすぎたのもあり少々疲れたのでビーチに戻った。時間が経つのが早いもので時刻は夕方4時過ぎ。頭上にあった太陽は知らない間に傾きかけている。





皆のカキ氷を買う為に車に戻り隆之が長い列に並んでくれた。3人は波打ち際で遊ぶ小さな女の子の姉妹を見つめていた。





「2人、付き合ったらええんとちゃうの?お似合いやん。今日一日だけど、うちにはよ~く分かるねん。美香ちゃん、祐介さんの事やっぱり好きやろ?」





突然、恵がそんな風に率直すぎる言葉を並べた。





美香は驚いて本当に心臓は飛び出すか止まるかと思った。





恵は祐介がどんな瞬間でも美香を気づかう場面に痛いほど彼の気持ちを感じ取っていた。





この人はホンマに美香ちゃんの事が好きなんだ。これは心底惚れてる。この人ならば彼女をずっと大事にしてくれはる…直感的にそんな風に思った。自分の恋愛に失敗が多くても何故か他人の事はよく見える。




恵も美香も親の愛情不足のような共通点があり自分の事をいつも気にかけてくれて片時も離れずに一緒に居てくれる人が好きなのだ。だから相手は決まっていつも年上。




美香ちゃん、祐介さんの事やっぱり好きやろ?と言ったのはハッタリというか一か八か(いちかばちか)というか…そう言った方が2人に早く発展があるのではと思ったからだ。





美香はびっくりしすぎて言葉もなくうつむいた。





恵はカキ氷を3つ抱えてこちらに向かってくる隆之を見つけ何事もなかったかのように手を振る。





「500円玉拾ったんだけど!ラッキー。」再びテンションの高い隆之に笑いが起こり、恵は美香とイチゴのカキ氷を仲良く分けながら食べた。





カップル2組も戻ってきて8人になりまた楽しくおしゃべりをする。





空は夕暮れかかり家族連れの人なんかは帰り支度を始めていた。





帰る前にもう一回だけ海に入ろうと言う事になり皆が立ち上がる。





恵が美香の手に軽く触れて「2人で行ってき~」と小声で話しかけた。祐介にも目で合図を送る。





祐介が少し緊張して「行こっか?」と声をかけた。




伏目がちに頷いた美香もひどく緊張していてこのまま水の中に入ったら冷えて腹痛でもおきてしまうのではないだろうか?と思えるほどだった。





恵が隆之の腕を引っ張りあっと言う間に波打ち際へ行ってしまった。そしてすぐに二人で楽しそうに大きな波に包まれる。





祐介がそっと美香の手を取った。二人でゆっくりと歩き海水に浮かぶ。





空がきれいな茜色に染まりそれに心を奪われながら祐介は考えていた。やっぱりマーメイドはその唇に触れれば泡になって消えてしまうのだろうか……。許されるのは遠くから彼女を見守ることだけ。そんなの切なすぎて耐えられない。




同じ空間で同じ空に包まれながら美香の気持ちも揺れていた。さっきまでの緊張感はもうないけれど、祐介と深い関係になってしまってもいいのだろかと。正直、祐介の事が好きだ。できればその優しい心のそばに居させて欲しい。




「祐介さん今日はホンマに楽しかった。誘ってくれてありがとう」長い沈黙の後に美香がついに口を開いた。





「こっちこそ本当に楽しかったし、わざわざ東京まで出てきてくれてありがとう」





「なんで…なんでそんなに優しいの?」潤んだ瞳は真っ直ぐに祐介を見つめて問いかける。





「なんでって惚れてるからかな…?」





「うちも好きになっていい?」





「え?」





「うちも裕介さんの事、好きになってもいい?」





祐介は自分の耳を疑った。マーメイドは…………。





ほんのり茜色に染まった美香の肌と濡れた髪、瞳をしばらく見つめて






「美香ちゃん、俺…絶対に美香ちゃんの事を大事にする。付き合って下さい。」祐介は波の音に負けないように男らしく言い放った。





「お願いします……」小さな声だったが祐介の耳にそれは届いた。






美香は今目の前で起こっている事に胸がいっぱいで涙が出た。いつもアパートで浴びていた西日は今日はこんなにも優しくて壮大できれい。





二人はまたしばらくの間その暖かい夕日を見ながら海に漂い、岸辺へ戻った。



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