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真夜中の夕涼み


大阪に帰ればまたいつもの暮らしが待っている。




家事に掃除に優の弁当作り。府立図書館、ショッピング、大学の友達とランチに出かけたり、恵とも未だに会ったりしている。




社会人の恵はぐっと大人っぽくなり知らない間にタバコを吸うようになっていた。コンサバで固めたスーツ姿にシャネルのバッグ。会社に内緒でダイヤルQ2のサクラのアルバイトをしたりと美香とは全然違う生活を送っている。相変わらずライブハウスにも通い、姉同様 色んな男と付き合っては別れたりドラマが多かった。




それでも会えばすぐに二人の間に流れていた時間は昔に戻り懐かしくて楽しかった思い出と共に会話も弾む。





この日、美香は初めて達也と別れた事を恵に報告した。





恵は今でもTAKEが好きでファンだ。昔からいる希少な初期のファンである事にプライドさえ感じている。プロになってボイストレーニングを受けるようになってから達也の声にますます磨きがかかり、素人ながら演奏のレベルも上がったのが十分に分かる辺りも誇らしかった。




「でも達也さんのことは遠くから応援してる。記憶から消したいとかそんな風には思っていないし、ただ うちもうちで新しい生活を頑張らなあかんねん」





そう前向きに話す美香を見て恵は少しだけ安心して





「そやな~。いい思いではいい思い出のまま残しておくのがええんよ」そう呟いた。





誰にでも色んな思い出がある。美香ちゃんと過ごした中学時代、ライブに出かけた思い出…紛れもなくうちの青春やから…。





実は恵も彼氏と別れたばかりだった。彼氏と言える人なのか?ただ会っていただけとも言えるそんなはっきりしないうんと年上の妻子持ちの男。





一瞬は私の為に妻も子も捨ててくれないかしら?などと夢見るような期待もしたのだが、やがて恵に心変わりが訪れた。彼にあんなにときめいたのに最後は会う価値もない男…そんな風に思えて会うのを辞めたのだった。





そうこうと話混んでいるうちに夕方になり恵が美香の家でごはんを食べてから帰ることになった。





優の帰りを待ちながら簡単に冷たい豚シャブでもやろうか?なんて話しているところに電話がなり響く。






「はい、佐藤ですけど」






「美香ちゃん?俺、祐介」





「あっ…祐介さん。この前はホンマにありがとうございました」





「うん、あれは何でもないよ…。美香ちゃんってお盆は出かけるの?プルメリア休みだよね?」






「うん。お店は1週間お盆休みがある。うちはまだ何も予定がなくて…。家でのんびりしているかも知れへん。」






「あのさ、もし良かったら江ノ島行かない?江ノ島で海水浴。学校の友達男4人と女2人で話が進んでるんだけどあと女の子2人いたらいいな~って話になって。美香ちゃん1人でもいいし、友達も誘ってくれてもいいし」





「えっ、泳げるか分からんけど……」





「大丈夫だよ(笑)浮き輪もあるし、そんなに深い所にいかないから。ビーチにいてもいいし」





「今ね、友達が一緒にいてんねん。ちょっと待ってくれますか?」





美香は恵に江ノ島へ行く誘いの電話であることを説明した。





「ええやん!行こうや。夏だし」





恵は一つ返事で同意する。それ前に新しい水着を買いに行こうだの 1週間ダイエットするだの大興奮だ。





美香は詳しい時間や集合場所がきまったら教えて欲しいと祐介に頼み電話をきった。




祐介の存在についてはまだ誰にも話すつもりはなかったが、海水浴に行く以上 恵には話しておかなければならなくなり2人の会話は夕食の支度から食後まで尽きなかった。





優は帰ってきて早々に夕食をかき込みすぐに自分の部屋で受験勉強に徹する。夏休みに入って以来、一日少なくとも8時間は机に向かっているのだろうか?恵はそんな優にひどく関心しつつ




「それじゃ何?祐介さんって人、おもいっきり彼氏候補やねんなあ。どんな人?早く見てみたいわー。背が高いってええやん!めっちゃ楽しみ」と頭の中はもう江ノ島へ行く事でいっぱいだった。





「まだ付き合うかは分からへんで。いい人やけど…ホンマにうちと上手くいくんかは自信ないし」





「上手くいくかいかへんかは付き合ってみーへんと分からんのとちゃう?そういうもんとちゃうの?」





「うん…そうかも……」







結局恵は十時過ぎまで美香の家に居た。





恵をアパートの1階まで見送った後に台所で食器を洗いながら またぼんやりと祐介について考えてみる。





思い浮かぶのは祐介から発せられた優しい言葉の数々と静かな落ち着いた声。長い脚、すっとした顔立ち…。





やっぱりうちは祐介さんが好きなのかしら?それとも今が寂しいだけ?うちを可愛いと会う度に言うてくれはるから?心に迷いが生じたまま答えが見つからない。





優も寝たと思われる真夜中に美香は自分の部屋に氷とグラス、杏子酒のボトルをお盆で持ち込み窓辺でちびちびとロックで楽しんだ。





夜風がレースのカーテンをふわりと揺らす。





小さかった頃、夏休みに母方の実家に滞在し 日が落ちる頃に縁側で父母と祖父が杏子酒を飲んでいたのをふと思い出した。




「夕涼みっていいわね」




母がそんなふうに言っていた。それから夕食を食べて皆で花火を楽しんで……





急に涙が頬を伝う。懐かしくて幸せな思い出が浮かぶ時はいつも決まって泣いてしまうのは何故なんだろう?もうあの日には帰れないから悲しくて?今があの時より幸せでないから?





母親が亡くなって優と二人きりで暮らすようになってからもう7年目になるだろうか…。最初の年の夏休みは寂しくて悲しくて家で一人になる隙をみては毎日泣いていた。昼ご飯を一緒に作って食べたり、アイスクリーム作り、買い物、美香は本当にお母さん子だった。それが急に子供達だけで一日中を過ごさなくてはならなくなり環境の激変に子供ながら心に相当のストレスとショックを抱え込んでしまった。





そう言えば昔あった手動のかき氷メーカー…どこに行ってしまったのかしら?優が遊んでいた長いのついたエリマキトカゲのおもちゃと夏休みに買ってもらったピンクのペンギン型のウォーターゲームもどうしたのだろう?




杏子酒は甘い味とは裏腹にそのアルコール度数はワインと変わらない。4杯目のグラスを傾ける頃には遠い記憶を正確に振り返る事が出来なくなっていた。




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