花時
花時…その花の咲くころ。またその花の盛りのころ
大学の入学的続き、学費の支払い、定期券の購入…。
当然のように色んな手続きを美香は全て一人で済ませた。
大阪のアパートから大学まで通い、週末は新幹線で東京に出向く。
金曜日、土曜日と銀座プルメリアでのアルバイトの為である。
恭子は入学の祝金に30万も入った封筒とお店で使えるようにとシャネルのポーチをくれ、美香のドレス選びに付き合った。
自分が通っている美容院にも連れて行き、毎週の専属スタイリストもつけた。
高校卒業前とは生活が一転し、美香は週末の東京でいい物、上等な物をどんどん覚えていった。
蝶が羽化するかの如く…美香の美しさは最高潮に達する。
銀座での接客はまだ緊張の連続で、恭子が随時同席をして自分の客に美香を紹介して回った。
恭子のとある太客が会社名義でキープしているホテルの一室で美香は金曜と土曜の夜を過ごす。
達也も内心、内気な美香が心配で度々 音楽関係者と一緒に店を訪れた。
しばらく会わないうちに達也はなんだか本当にミュージシャンらしくなっていた。
着ている洋服もなんとなく高価なものになり、オープンカーにもなる左ハンドルの真っ白なベンツの所有。
まだテレビで見かけることは少ないけれど その成功っぷりが少しずつ伺えた。
毎週ではないが金曜日や土曜の深夜は達也が人目を忍んで部屋を訪ねてくれる。大阪にいた頃のように肩肘をつきながら聞き慣れた声で話しかけ添い寝をしてくれる瞬間が一番幸せだった。
いつも元気で面白い事ばかりを言う。そんな変わらない達也が大好きでやっぱりこの人がいないと私は生きてゆけないし幸せになれない。依存の想いは深くなるばかりだった。
恭子は美香の世話を自分の新しい生き甲斐のように感じていて、嬉しい生活の張り合いができたと思っていた。
銀座の女はスマートでどこまでも強か(したたか)なのである。
擦れて(すれて)いてもそのそぶりを一切うかがわせないのがプロ。
恭子は嫌という程それを知っている。雇っている女の子の大半が若い頃の自分にそっくりで
恐ろしいほど強かでどこまでも貪欲。
自分の中の隠したい部分をふとした瞬間にまざまざと見せつけられる日々で、そんな中の美香との出会いは格別であった。
純粋で汚れのない…欲を知らない…この道で生きてゆくことを選んだ時から恭子が失ったもの全てを彼女は持っていてる。
現代の聖女ではないだろうか…。だから彼女に水商売のいろはを教えるつもりはなかった。
トラブルに巻き込まれないように大人の会話の仕方だけを教える。それでいい。
恭子は色んなものを彼女に重ね合わせていた。亡くしてしまった娘、もし今と違う道を選んでいたしたら自分も美香のように生きたかった…。