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輪廻の檻-アステル戦記  作者: あすらりえる
第一章_転生者の原罪
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第21話:道楽者の道具屋

城壁の上でジュノアと語らった一夜が明け、海里は宿で迎えた朝の清々しさを胸に抱きながら、冒険者ギルドの重厚な扉をくぐった。彼の目的は、先日の賊の一件に関するマーカスからの進展確認だ。


ギルドへ入ると、既にレンとリズが談笑しているのが見えた。海里が近づく間もなく、冒険者ギルドの秩序そのもののようなマーカスが、その鋭い眼光で海里の姿を捉えた。


「来たな海里。こっち来い。伝えておくことがある」


マーカスは、分厚い革鎧に包まれた太い腕で手招きをした。その声音は真剣で、緊張感を孕んでいた。彼は、カウンターの奥の空間に三人を集めると、その威圧的な体躯をどっしりと据え、低い声で語り始めた。


「既に察してるだろうが、先日のオーガを操る賊の件に進展があった」


マーカスは顎に手を当て、深い髭を撫でた。


「騎士団にも情報を共有した結果、近いうちに賊のアジトを騎士団が強襲する作戦が立てられている。そしてその計画に、俺たち冒険者ギルドにも参戦要請が来ている。お前ら三人は当事者でもあるから参加必須だ」


リズが面倒くさそうな渋面を浮かべるが、マーカスは気にせず続ける。


「決行日時はまだ未確定だが、全力で戦えるように準備は怠るんじゃねえぞ。それまでは普通の依頼は受けるなよ、変に消耗されたくねえからな。」


「マーカス、質問がある」


「何だ海里?」


マーカスは、鋭い眼差しを海里に向けた。


「先日話に上がったディランという男についても何か分かったか?」


「ああ、分かったさ。だから騎士団と冒険者ギルドが協力して作戦に臨むんだ」


マーカスの声が一段と低くなった。


「ディランという男はな、十年前まで王国の騎士団に所属していた。その当時、グランドヴェルク連邦の国境で壊滅した当時最強の騎士団の一員で、生き残りの一人だ」


海里は思わず息を飲んだ。騎士団の一員が賊に。


「それは知らなかったわ。何で賊になんかなってるの?」


リズは驚きを隠せない様子で尋ねた。


「それこそ、それは本人のみぞ知るってところだろうな」


マーカスは深く息を吐いた。


「ディランは本人の戦闘力より、魔物を操る傀儡魔法に長けていたそうだ。その力で騎士団に大いに貢献したと聞いている。で、事件後、生き残ったディランは賊に堕ち、その一味の中には先日お前らが遭遇したイザベラって女とリリィとロロの双子がいる。元騎士が賊になってることから、今回騎士団にかなり力が入ってるのは間違いないな。」


「なぁ、マーカス、俺たちは冒険者ギルドとして自由に動いていいのか?」


「悪いなレン。俺らは今回騎士団の指揮下に入ることになる」


マーカスは短く言い放ち、それを聞いたリズはさらに渋面を深くする。


「素行が悪いほうの黒曜騎士団だったら私は参加辞退したいんだけど.......」


「その心配は杞憂だ、リズ」


マーカスは口角を上げ、少しだけ表情を緩めた。


「今回の作戦を指揮するのは、『雷針』ゼファーが団長で、中心になるのは白銀騎士団だ。で、黒曜騎士団は不参加だ。ゼファーの兄ちゃんなら変な心配はねぇ。もう王都に戻って来てるだろ。それから海里」


マーカスは、海里に視線を向けた。


「この作戦にはお前の知ってるジュノアって姉ちゃんも参戦するぞ。事前に話の共有が必要だったら話しとけよ。じゃあ、お前ら。繰り返しだが、準備を怠るなよ」


三人は、作戦の重さを噛み締めながら、同時に返事を返した。


「「「わかった(わ)」」」


「ああ!それからお前ら、これは先日の賊の情報に対する特別報酬だ。全員分あるから持っていけ。上手く使えよ!」


そういってマーカスは、ギルドの受付に戻り相応の膨らみを見せる麻袋を三人に手渡す。

レンは袋を受け取り、そのずっしりとした重さに目を輝かせた。


「おぉ!思ったより金額があるな!」


リズは中身を確かめるように袋の口を締めた。


「いつもより貴重な素材やアイテムが買えそう」


海里は、受け取った袋を握りしめ、一人静かに計算する。


(....この報酬が入った麻袋、ジュノアから借りたお金の返却には十分だな)


思い思いの考えを巡らせた三人は、改めて危険な任務が待っていることを自覚し、その場で解散となった。彼らが冒険者ギルドの扉を潜り、外へ出ていったあと、マーカスはカウンターでぼそりとつぶやいた。


「戦闘の跡は残ってたのに、あいつらが倒したっていう魔物の死体が全く見つからなかったってのは、どうもひっかかるんだよなぁ……まるで、痕跡を消されたみたいだ......」


そのつぶやきは、喧騒で騒がしいギルドの騒音の中に吸い込まれ、誰かの耳に入ることはなかった。



                             □■□■□■□



その後、海里は一人で賊討伐作戦に備えた武器の整備や道具類の調達を行うことにした。そこで王都の道具屋などを巡ろうと考え、普段は行かない裏通りに入ってみることにした。そして、一つの店の前で海里は立ち止った。


その建物の外壁には、魔方陣のような模様が描かれており、窓にはステンドグラスがはめ込まれている。窓際には、水晶玉や不思議な模様の入った布が飾られている。入り口のドアノブは、動物の角のような形をしていて、触れるとひんやりと冷たい。


怪しい雰囲気ではある。それなりに王都を巡ったはずだが、あまり見かけない外観の店だった。好奇心に負けた海里はその道具屋らしき店に入ってみることにした。



ドアノブを捻って道具屋の中に入ると、来客を知らせるためのベルが鳴った。

店内は思った以上に奥行きがあり、品揃えが豊富だった。


ただし、一見すると無秩序で、様々な品物が所狭しと並んでおり、天井から奇妙な形をした瓶が吊るされていた。壁際には呪文が書かれた巻物や、道具屋のはずなのに武器の扱いまであるという何でも売っている店という様子だった。


店の雰囲気に圧倒されている海里の前に店の奥から出てきた店主と思しき男が声をかけてきた。出迎えたその男性は穏やかな雰囲気を纏っていた。


長く波打つ金色の髪には、さりげなく細い金のバンドが飾られ、知性と職人気質が同居しているようだった。顔立ちは優しく、親しみやすい笑みを浮かべている。

服装は、彼が作業者であることを示していた。くすんだ緑色のシャツの上に、使い込まれた厚手の茶色い革のエプロンを身に着け、腕には同じ革製の作業用グローブを着用している。背景に並ぶ怪しげな薬瓶や魔術的な道具にも関わらず、その所作や立ち姿からは、品格と知性がにじみ出ていた。



挿絵(By みてみん)



「やぁ、いらっしゃい。奥まったところにある店だが、品揃えには自信があるよ。ゆっくり見ていくといい。君が持っているのは騎士団の剣かな?君は王国の騎士ではなさそうだが.....」


作業用の革エプロンの下に組んだ腕を置き、柔和な笑みで海里を迎え入れた。その瞳は値踏みする商人のそれではなく、訪れた客そのものを観察しているようだった。


「俺は最近リグリアに来て冒険者になったんです。この剣は武器がなかった時に騎士の知り合いから借り受けたものです。」


「ふむ。その剣、少し見せてもらっても?」


「あ、はい、どうぞ」


店主の言葉に、海里は慣れた手つきで腰から剣を抜き、彼に手渡した。


彼は剣を受け取ると、軽く持ち上げて重さを確かめるように手首を返した。そして、わずかに首をかしげ、不思議そうな視線を海里に向けた。


「君、この剣は君にとって軽いかい?随分軽そうに持っていたが.....」


「え?はい、特に重いと思ったことはありません」


「ふむ。そうか、私の気のせいかもしれない。よく使い込んでいるように見える剣だ。しかし剣の柄の部分が緩んできているし、今と同じように使い続けると近いうちに剣のほうがダメになりそうだ。物は試しなんだが、そっちの壁際にある剣を持ってみてくれないか?」


言われて海里は、周囲に積まれた薬瓶や巻物を気にしながら、自身と反対側の壁際に無造作に置かれている剣を手に取ってみた。


「これは.....」


手に取ったのは、幅広の刀身を持つ重厚感あふれる片手剣だった。借りていた騎士の剣よりは明らかに重さを感じたが、ルクスの身体能力を得ている海里の筋力でなら扱うには困らないといえた。


「問題なく扱えそうだね、買っていくかい?」


海里の様子に店主は目を細め提案してくる。


「はい、そうします。この剣の金額は?」


「ふむ、これだね」


そういって店主は、指で小さな輪を作り、金額を示した。


「え?妙に安くないですか?まさか曰く付きな剣とか?」


海里は驚きのあまり声を上げた。


「はっはっは!もし呪われた装備と思っているなら杞憂だよ。その剣が安いのはもっと別な理由だよ」

店主は愉快そうに声を上げて笑い、その笑い声は店内の薬瓶に軽く響いた。


「この剣は、魔力を蓄える性質を持つ鉱石で作られている。だが、剣の素材の鉱石自体に重量があるから、それはそのまま剣に重さが現れているから扱える人間が居なくてね。それで壁際に置かれてきた。そんな剣を君は容易く持って見せた。安くするのは、その剣に日の目を浴びさせたいと思ったんだよ」


海里は自分の失言を恥じ、頭を下げた。


「.......曰く付きな剣とか言ってしまい失言でした。申し訳ない」


「気にしなくていいさ。単なる物理攻撃でも強力だが、一緒に戦うものの魔法を利用して、魔法剣のように使うこともできるだろう。もし、この剣が安くて気が咎めるというなら、魔物に有効な魔道具でも一緒に買っていってくれ。冒険者というなら魔物と戦う機会も多いだろう?」


「そうですね、魔道具ですか.....」


海里は周囲を見渡した。店内の棚には色とりどりの薬瓶が並んでいたが、ふと、床近くに無造作に置かれている灰色の土塊が目についた。


「この土塊はどんな効果がありますか?」


「それは土塊に見えるが少し特殊な煙玉だよ」


店主は身を屈めて土塊を指し示した。


「植物の胞子を凝縮していて無味無臭の煙が出る。強く握りつぶすことで使用できるから、嗅覚に優れた魔物なんかに効果覿面だね。なにせ、魔物からすれば突然匂いが感じられなくなって大混乱するという代物さ。因みに、人間には何の効果もないから安心してくれていいよ」


「......嗅覚」


この時、海里の脳裏には、以前遭遇したサメ頭の異形の魔物の存在が頭に浮かんでいた。何故か、あの魔物とは必ずまた遭遇するという予感があった。見た目通りサメの特徴を持っているなら、嗅覚に優れているのでは?という考えが浮かんだ。


「すごく実感がある説明ですが、もしかして使ったことがあるんですか?」


「ああ、あるとも。もっとも私の筋力だと強く握りつぶすという使用条件のほうが難儀だった」


店主は苦笑いした。


「分かりました。これも何個か買っていきます」


海里は剣以外に煙玉の購入も決めた。


「毎度ありだよ、冒険者の青年」


会計を済ませた後、予想外の剣や道具で手に入れたことで、海里は上機嫌になった。


「ありがとうございました。この場所は今日まで知らなくて、いい買い物ができました」


「それは良かった。また来てくれると嬉しい」


「はい、是非。つかぬことを聞きますが、何故こんな奥まった場所に店を?大通りにあってもいいと思いますが?」


店主は組んでいた腕を解き、手のひらを軽く広げた。


「商売繁盛が目的ではなく私の道楽という理由も大きい。それ以上は秘密さ!」


「.....何だか最近誰かに質問すると、秘密と言ってはぐらかされてばかりだ」


海里は困ったように肩をすくめた。


「それは失敬」


店主は柔和な笑みを浮かべたまま、少し目を細めた。


「…君の周りには、そうした悪戯好きな女性がいるようだね」


「はい。からかわれることが多い気がします」


苦笑する海里に店主は、


「冒険者の青年、君の名前を聞いても?」


「俺の名前は海里です」


「私の名はシモン。海里君、またのご来店をお待ちしているよ」


挨拶をかわし、海里は新しい剣の重みを確かめながら店の外に出た。もともと借りていた騎士の剣は宿に置いてからジュノアに会いに行こうと思った。


次の予定のために行動する海里は、シモンが「悪戯好きな女性がいる」と言っていたことの意味をこのとき気に留めることはなかった。




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