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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

C4Killer

作者: 有端 燃

「やはり犯人の顔や特徴は覚えていないのですね。」

 数回目の事情聴取に来たのは、県警本部の高原(たかはら)警部補と所轄の影山(かげやま)巡査部長。二人からは、最初の事情聴取の時に私用携帯の番号もメモされた名刺を貰っていた。

「あなたの首に残る痕は、細い紐状のもので絞められたと思われます。そして同様の手口で我々の仲間が、自宅マンションで殺されていました。あなたが倒れていたのはそのマンションの敷地内です。犯人を目撃したため、口封じをされそうになったのだというのが捜査本部の見解なのですが……」

 絞められていたのは第四脛椎付近。上から四番目の椎骨、英名で略称C4。喉仏の近くでもある。

 この病院で目覚めて三週間。どうやら絞殺されかけたうえマンション七階から落ちたが、たまたま外壁工事を行っており、落下物防止のネットが各階に張られていたため地面への直撃は避けられたようだ。そのため落下の衝撃が吸収され、頭部の裂傷と全身の打撲で済んでいた。医師によれば、普通なら即死だったと言われている。

 入院中に目にしたニュースでは、同様の殺人事件が過去数年で十数件あるものの、今回の警察官殺しとの関係は不明とのことだった。

 マンションから落ちたのは深夜二時過ぎだったが、落下の衝撃音と、持っていたバッグに入っていたモバイルバッテリーが落下の衝撃で燃えたため発見は早く、すぐに救急搬送されていた。

 だが落下時に頭を打ったせいなのか、首を絞められ一時的に脳への酸素供給が途絶えたかで、目覚める前の記憶を全て失っていた。

「何か思い出したら、どんな些細なことでも結構です。名刺の番号に電話をいただけますか」

「わかりました。何度も来ていただいたのに申し訳ありません」

 落胆を隠さず帰りかけた刑事に横になったまま告げる。

「いえ、私たちの仕事ですから、気にしないで療養してください」


 刑事たちと入れ違いに入ってきたのは、二十代後半と思われる謎めいた女。整った小顔に大きな瞳、肉感的な唇がベリーショートの髪に似合っている。身長は自分と同じくらい、女性にしては高身長だ。スタイルも良く、好みによるかもしれないが大抵の男を振り返らせる容姿だろう。

 勝手知ったる様子で病室の隅から丸椅子を持っきて腰かけると、真上から顔を覗き込んだ。

「シン、具合はどう?」

 ベージュと深いブラウンをベースに、黒リップのレイヤード。思わず触れたくなる唇が耳元で囁いた。

「来週のCTとMRIで異常がなければ退院できるってさ」

「良かった。頭痛とか吐き気もない?」

「問題ないよ」

 傷を避け、髪を優しくなでる指は秋らしいボルドー系のネイルだが、爪は意外なほど短く切りそろえられていた。


「これ、新しいスマホと充電器、モバイルバッテリーね。前のは墜ちた時に壊れちゃったから」

 杉浦(すぎうら) 真希(まき)と名乗っている女が携帯ショップの袋と、機種変に必要だった免許証をサイドテーブルに置いた。

 免許証に写るのは間違いなく自分の顔だが、記憶がないせいか他人のようなよそよそしさがある。名前は澤原(さわはら) (あらた)、住所は東京に近い県南都市部だ。彼女は新をもじってシンと呼んでいた。

「じゃあ退院が決まったら迎えに来るから連絡して。番号はスマホにいれてあるから。一人じゃ心配だし、当分は一緒に暮らしてあげる」

「いつもすまないな。でも、杉浦さんは俺と二人で構わないのか?」

 入院後の手続きから着替えなど、彼女が一切を引き受けてくれていた。

「最初に言ったでしょ。私たちは付き合っていたし、あなたは大切なパートナーなの。他人行儀な言い方はやめて、マキでいいよ。それに記憶がないなら、退院して初めてのセックスは刺激的かもね」

 妖艶な笑みを浮かべ病室を後にするマキの唇が、一瞬食虫植物と重なった。


◇◇◇


「高原さんはどう思いますか」

「どうって言うと?」

 高原は、最初にコンビを組んだときから名前で呼び合い、階級は要らないと影山に伝えてある。

澤原(ヤツ)は本当に記憶喪失か、被害者なのか。あとは殺された本山(もとやま)警部補との関係ですね」

「記憶喪失は確かだろう。あれが芝居なら役者になれる。首の索状痕は、本山を含む過去の被害者と同じ第四脛椎に残っていたうえ、絞めた角度もほぼ同じだ。本山には黒い噂も絶えなかったから、関係性については何とも言えんな。使っていた情報屋(エス)の線もあるか」

「杉浦って女は? 奴の彼女だって言っていましたが本当でしょうか」

 彼女の事情聴取は別のチームが行っていた。

「本部で照会掛けたら、駅前のキャバ嬢だそうだ。前科(マエ)はない。鑑取り班が聞き込んだが、付き合っていたのは間違いないようだな」

「確か地元の篠田組がケツ持ちの店ですよね。マルボウ絡みの線はどうですか」

 本山は組対や生安畑が長く、組関係者に顔が利いたはずだ。

「今はまだ何も分かってない。俺たちは言われたことだけやっときゃいいんだよ。考えるのは上の連中の仕事だ」

 タバコに火をつけると諭すように言い、高原は覆面パトカーの助手席に乗り込んだ。


◇◇◇


 CTとMRIで異常が見つからなかった新は、付き添ってくれたマキと会計を済ませ退院した。

 まだ事件か事故かもわからないため、とりあえず実費での請求だ。もっとも、いずれ国保から下りるだろうし、生命保険の特約も使えるから損はしないとマキが代わりに払ってくれた。

 駐車場までの短い道のり、腕を絡めてくるマキからアンバーウッディーノートの香りが鼻をくすぐる。   

 気を遣って病室ではつけず、会計後につけたのかもしれない。

「香水って、女性がつけた時に一番いい香りになるってのは本当だな」

「何言ってんの。シンがプレゼントしてくれたんだよ。メゾンマルジェラのレプリカから出た新作で、秋の君に似合いそうだって」

「俺はそんな恥ずかしいことを言ったのか?」

「それも忘れちゃったの? まあいいわ。今夜はたくさん思い出させてあげる」


「乗って」

 マキの車は濃紺のダッジチャージャーSRT8。エンジンを掛けると6.1リッターV8の咆哮が腹に響く。

「凄い車だな」

「私は車も男も危ないくらいが好きなの」

 新は助手席、並行物の左ハンドル車だから右側のシートに座った。

「途中でお昼を食べて、買い物してから帰ろうか。夜は私が作るから」

「任せるよ。俺は自分の家がどこかもわからないからな」

 無意識にサイドミラーを見ながら言った。

 病院から新のマンションまでの間、サイドミラーにシルバーのセダン、スズキのキザシが二回写っていた。記憶を失っている新だったが、それが殆ど覆面パトカーであることは何故か認識できた。恐らく尾行されている。

 自分が何者なのかわからない不安。恋人だというマキの存在。本能的な警戒心は、尾行をマキに黙っている選択をした。


 新のマンションに着くと、マキは駐車スペースにダッジを滑り込ませた。隣の車両は白いプロボックス。

「これ、シンの車だよ。ダサくない?」

「でも、どこにでもある車種だから目立たないし、荷物も積めて使いやすそうだな。それより、マキの車はそこで大丈夫なのか?」

「私が来るからって、シンは二台分借りてたから平気よ」

 

 新の部屋は広めの1LDKだった。十二畳ほどのLDKと作り付けのクローゼットがある八畳一間。全てフローリングで、八畳間は寝室に使っていたのだろう、セミダブルのベッドが中央に置かれている。

 バスとトイレ、洗面所は独立しており、二人分の歯ブラシやサニタリーボックス、ボディケアやヘアケア用品を見ても、男女二人で住んでいたのは間違いないだろう。

「晩御飯はシンが好きだったパエリアね。多分メールとか溜まってるから、パソコンでも見ながら待ってて。生体認証だって言ってたから、指紋か顔で立ち上がるはずよ」

 記憶を探りながら部屋を観察していた新に、マキが声を掛けてきた。

「わかった。病院食は不味かったから楽しみだよ」

 壁際に置かれたデスクのノートPCを開き、指紋認証の電源を入れると十秒程度で立ち上がる。外付けディスプレイも設置されていることから、それなりの作業で使っていたのだろう。

 メールの殆どはオンライン証券会社からのものだ。口座のIDやパスワードを忘れているので断言はできないが、メールの内容から見ると相当額の株を持っている。

 何の気なしにデスクの引き出しを開けると、そこには百本パックのインシュロックタイと、パッケージに入った十数本のUSBケーブル、ピックツールが置かれていた。USBケーブルは全て新品でメーカーはバラバラだが、長さは一メートルで統一されている。インシュロックタイの長さは五十センチほどか。

『紐状のもので絞められて……』

 刑事の言葉を思い出す。どこか禍々しさを感じて、そっと引き出しを閉じた。


マキの作ったパエリアは絶品だった。海老の頭を潰してミソを溶いたスープや炒めたイカや野菜の旨味、ライスのおこげは家庭では中々出せないだろう。

「旨いな」

「でしょ。お米は洗ったり炒めないんだよ。べちゃっとしちゃうから」

 思わず呟く新に、得意気なマキが返した。

 食事を終えるとソファに移動し、退院祝いのスパークリングワインを開ける。体をあずけてくるマキの手が、新を誘うように太ももを行き来した。

 グラスを空けた新は、優しく抱き締めながら首筋に唇を這わせ、レースブラウスのボタンを一つすつ外していった。マキの小さな喘ぎと吐息が心地よい。

 ブラウスの内側からブラのホックを外し、小振りな乳房とツンと立ったピンク色の乳首を柔らかく含み舌で転がすと、喘ぎが大きくなった。パンツ越しに内腿をなぞる指に湿り気が伝わる。

「……あぅっ」

 声をあげたマキがのけぞった。

 跪いた新はパンツとショーツを脱がし、蜜が滴る叢を舌で愛撫する。尖らせた舌先で叢の奥を、次いで花芯、さらに薄茶色の襞に舌を下げると、マキは腰を震わせ新の頭を太ももで挟んできた。

 その後ベッドに移動し、マキは二回、新は一回果てると、手足を絡めマキの頭を撫でながらキスで余韻を楽しむ。

 二十分ほどじゃれあうと、シャワーを浴びるというマキが背中を向けた。

 次の瞬間、新の首に何かが巻き付いてきた。


◇◇◇


「澤原は児童養護施設出身だ。連帯保証人になった両親が、首を吊って死んじまったんで保護されたらしい。まだ五歳だった澤原は発見されるまで、ぶら下がった両親のそばに二日間いたそうだ」

 高原と影山は車内から張り込み、澤原の部屋を監視している。

「そんな……」

 情に流されやすい影山は、すぐに感情が顔に出る。

「だが、成人してからはIT関連のベンチャーに就職してる。当時から副業の株でも稼いでいて、コロナで早期退職してからは株一本で食っているようだ。与信情報を取ったら、億単位の資産を運用していた。それに奴はまだ被害者と決まった訳じゃないんだ。同情する必要もねえよ」

 澤原の部屋の照明が落ちたのを見計らって、高原は監視を切り上げ署に戻るよう影山に指示をした。


◇◇◇


 一瞬、新は何が起きているのか理解できなかった。マキに後ろから首を絞められていると気づいたときには、USBケーブルが喉仏に食い込み、指の入る隙間もない。

「ごめんね、シン。あんたが最後の被害者で、連続絞殺犯は行方不明ってシナリオなの。悪いけど諦めて」

 酸素が欲しい。遠ざかる意識の中で、新の記憶がフラッシュバックする。

 強引に体勢を入れ替えマキの上になると、背中でベッドのヘッドボードにマキの後頭部を叩きつけた。僅かにケーブルが緩む。息を吸う間もなく、もう一度叩きつけるとようやくマキが動かなくなった。


「お目覚めのようだな。気分はどうだ?」

 インシュロックタイで両手足を拘束し、床に転がしたマキを椅子から見下ろして新は言った。

「もしかして記憶が戻ったの?」

 新の表情と、手にしたUSBケーブルから察したようだ。

「ああ、全部思い出したよ。本山を殺したあと、お前に襲われたのも、殺しの依頼もな」

「最後に楽しもうと思ったのが失敗ね。さっさと殺しとけば良かったわ」

「違うな。お前は最後に俺を楽しませようと情けをかけた。殺すチャンスはいくらでもあったのにな」

「いやな男。でも、どうせ殺すんでしょ。その前に教えてくれない?」

 醒めた目でマキが見つめてきた。

「俺とお前の仲だ。構わないよ」

 掃除屋が来るまでまだ時間はある。

「なぜ殺し屋なんて始めたの? それもUSBケーブルで絞殺なんて非効率な方法で」


 新はマキの求めに応じて話し始めた。

 町工場を経営していた両親。連帯保証人になって財産を失い、それでも従業員に最後の給料を払いたくて街金から金を借りたこと。ヤクザの追い込みに耐えられず、首を括った冬の夕方。

「俺はぶら下がった両親のそばに二日間いたそうだ。警察官が駆け付けて、児童養護施設に保護されたらしい」

 施設に馴染めずグレたこと。中学の時に街をぶらついていたら、たまたま両親を追い込んだヤクザ二人を見つけたこと。

「両親と同じ目に合わせることしか考えなかった。持っていたガラケーの充電ケーブルで、二人とも絞め殺してやったよ。だが、それを警察官、しかも俺を保護してくれた奴に見られてな」


 逮捕されることを覚悟した新だったが、警察官は見逃してくれた。しかしそれは同情などではないことを後に知ることになる。社会人となってしばらく経った新に命じられた殺しの仕事。

 USBケーブルを使ったのは、コンビニや百均をはじめどこでも売っており、二、三本持ち歩いても不審に思われないからだ。()()で使うケーブルに自分のDNAが残らないよう気をつければ、その辺に捨てたところで問題はない。そして()()()()USBケーブルを持っていれば、職質も気にする必要はなかった。

「本山を入れて二十人近く殺したよ。顎の下で狙いやすい第四頚椎を絞めてな。本山が紹介してくれたお前と組み始めたのは三年くらい前か。運転や駐車の心配がなくなっただけじゃなく、お前も()()ができたから、かなり楽になったよ。最後に本山を殺して引退するはずだったが、少し先になりそうだ」


「さてと、そろそろ掃除屋が来る時間だ。漏らされると掃除に手間がかかるから、ちょっと移動してくれ」

 新はマキを立たせ、バスルームに引き摺って行った。ドアを閉めると首にUSBケーブルを巻いた。

「さっきまでセックスしていた誼だ。苦しませたくはないから暴れないでくれ……」

 新はケーブルを握ると、マキの耳元で囁いた。


 三十分後、チャイムが鳴って三人組の掃除屋が来た。冷蔵庫の大きな段ボール箱を持って部屋に入る。今まで使ったことのある中でも一番信用でき、融通が利く。

 彼らがマキを段ボールに収め、バスルームの痕跡を消す間、新は運用していた株を夜間のPTS取り引きで殆ど売った。新が取引している証券会社は、現物なら午前二時まで対応してくれる。

 やがて重そうな段ボールを抱えた三人がバスルームから出てきた。新は彼らに現金で二百万円ほど支払いをすると、改めて依頼内容を確認した。

「今回は楽な仕事でこんなに貰っちゃ悪いけど、まあ口止め料も含めた特殊案件てことで」

 段ボールの重さと真逆の軽い口調で、掃除屋はマンションからマキを運び出す。

 掃除屋が段ボール箱をハイエースに乗せ、すぐに新のプロボックスの後ろに付けたのを窓から確認すると、監視がないのを確認した新はスマホと財布、仕事道具一式をバッグに詰め、部屋を後にした。手慣れた様子で仕事を済ませた掃除屋のハイエースの姿は既にない。

 記憶を取り戻した新たに残された仕事は二件。自身を殺す指示を出した者と、その背後にいる者。今夜中にはケリをつける。


 新が住む街の市長は、月に数日郊外の自宅で家族と過ごす以外、平日は動きが取りやすい庁舎近くのマンションに住むこと、誰よりも遅くまで仕事をすることを公言していた。

 市長の部屋は最上階、平日の今日はまだ帰宅していない。

 新はマンション裏手に回り、非常口のドアをピッキングで開けた。ドア上部のマグネットセンサーが異常を検知、威嚇ブザーが鳴動する。再び施錠し自分の車まで戻り隠れていると、十分くらいで警備員と警察官が臨場してきた。

 だが、発報箇所に異常がないことや侵入形跡がないことを確認すると、警察官が先に帰り、警備員はタブレットで報告書を作成していた。

 そっと近づいた新は、いきなり運転席ドアを開けると反撃の隙を与えずフラッシュライトで警備員の目を潰した。すぐにUSBケーブルで死なない程度に絞め落とし、インシュロックタイで両手と首を、それぞれハンドルとヘッドレスとに繋ぐ。

 データの入ったログイン済みのタブレットとオートロックのカード、マスターキーを奪うと、タブレットで確認した市長の部屋の暗証番号を打ち込む。マスクと帽子で顔を隠しエントランスから侵入、最上階まで階段を使った。

 市長の部屋のドアをマスターキーで開け、玄関に設置された通報装置に暗証番号を打ち込むと警備を解除する。ドアを施錠し、暗闇の中で市長の帰りを待った。

 十五分後、解錠の音と共に市長が帰宅した。新はドアが閉まると同時に、一気にケーブルで第四頚椎を絞める。

「お勤めご苦労さん。せっかく町議から市議、市長にまで登り詰め、知事も見えていたのに残念だったな。お前が始末させた政敵や商売敵と、あの世で仲直りしてくれ」

 新はUSBケーブルを渾身の力で絞めた。


 新はマンションから自分の車に戻ると、運転席のドアに手を掛けた。

「そこまでだ」

 高原の声と同時に、銃口が後頭部に押し付けられた。

「思ったより早かったな」

「マキからの連絡が無かったからな。万が一記憶を取り戻していれば、お前が来るのはここか俺んとこだ」

「来てくれて手間が省けたぜ」

 新は両手を上げてゆっくりと振り向いた。高原と視線が交錯する。

「相変わらず減らず口だな。まあ乗れよ、助手席側からだ」

 銃口に追いやられ、新は助手席から運転席に体をねじ込ませた。


「市長は同級生なんだってな。知事も既定路線だったから、尻尾を振っておこぼれを貰うつもりだったのか。自分の手は汚さずに」

 新は挑発するように言った。

「俺は高校の時に、後輩をレイプして自殺に追い込んでるんだ。それを市長に知られてな」

「それで脅され、都合の悪い奴を俺やマキに殺させてたってわけか。それなりに金は貰ってただろうがな。本山を間に入れたのは、もしもの時には罪をおっ被せるつもりだったんだろ? 俺が殺した人間のことは、全員背後関係を調べてたんだよ。いざって時の保険にな」

「それじゃ、マキの継父がしたことも知ってるよな」

 高原が下卑た笑みを見せた。


「お前の最初の仕事相手、マキの実の父親は市長が市議時代の対立候補だっただろ。もっともマキの母親はそいつの愛人で、認知もしていなかったからお前も知ったのは最近のはずだ。だけどマキが四歳の時に別れて、結婚した相手はクズだったよな。皮肉なもんだ。認知を拒否した生物学上の父親はマキを可愛がっていたが、籍を入れた継父には中学の頃から犯られてたんだからな。補導した婦警から聞いてマキは使えそうだったから、お前に継父も始末させた。だけどマキは、継父の下で腰を振ってよがっ……」

 高原の口が止まった。

「死にたくなかったら、汚い口を閉じてな。こっちは狭い所で待たされてイラついてるんだよ」

 後部座席の足元に隠れていたマキが、高原の頸動脈に包丁を当てている。

「お前、生きて……」

「悪いな。マキはまだ、一応相方なんでね」

 新は高原から拳銃を奪うと、自分の車に戻るよう銃口で促した。


 高原を運転席に座らせると、市長殺しに使ったケーブルや警備員から奪った物を助手席に放り投げた。

「市長を殺ったのは俺で、拳銃自殺って線か」

「絞殺よりは楽だと思うぜ」

 新は銃口をこめかみに突きつけ、強引に高原の手を銃把に押し付けると、躊躇うことなくトリガーを引いた。


「さて、引き上げるか」

 警備員が目を覚ましたのか銃声が通報されたのかわからないが、パトカーのサイレンが響き始めている。

「なぜ私を殺さなかったの?」

 後頭部が痛むのか、頭を押さえながらマキが聞いてきた。

「高原は使っているつもりの本山に脅されていたんだ。本山を消して終わりにするなら、俺とお前の立場が逆になっていてもおかしくはなかっただろう。それに、知らなかったとはいえ自分の父親を殺している俺に、お前は情けをかけた」

「償いならシンらしくないね。同情だったら余計なお世話よ」

「言い訳はしない。どうせ今日でコンビも解消だ。大宮駅まで送るから、あとはお前の好きなように生きろ」

 プロボックスに乗り込みながら言った。


「シン、ちょっとトイレ行きたいからコンビニに寄ってくれる?」

 気まずく醒めきった空気の中、それまで黙っていたマキが無愛想に言った。新は人気の少ないコンビニに車を止め、マキがシートベルトを外すのを横目にスマホを手にすると、売った株の利益を自分の口座から移し始めた。どうせ自分には不要になる金だ。

 次の瞬間、腹部を強烈な痛みが襲う。包丁を突き立てたマキが泣いていた。

「ごめんね。でも、認知はしてくれなくても優しかったし、親は親なんだ。だからずっと殺した奴を探してた」

 因果応報。マキを殺さなかった時点でこうなる覚悟はしていた。直後、マキのスマホに入金を知らせるメールの着信音が鳴ったが、今は気づかれたくない。着信音を誤魔化すように、震える両手で泣いているマキの顔を包むと、最後のキスをする。

 舌を絡めてきたマキだったが、やがて名残惜しそうに唇を離した。

「大好きだったよ、シン。二番目に愛してる」


【 完 】

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