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序章:鹿嶋剛

別視点です。



肉が、瞬く間に焼き切れる。



だが、それはただ焦げ落ちるわけではなかった。断面は驚くほど滑らかで、まるで熟練の彫刻師がバターの塊をナイフ一閃で切り裂いたかのような、美しさすら感じさせる切断面だった。


血すら滲まず、熱と光によって蒸発し尽くされていた。



「早く! とにかく高い建物から離れるんだ! いつ崩れてもおかしくないぞっ!!」



雄叫びのように叫んだのは、鹿嶋剛。



異形の怪物に囲まれ、空は不穏な光で裂け、現実と夢の境目がねじ曲がる世界の中、彼だけが迷いなく「現実」を生きていた。斧を振るい、人々を導き、怪物を斬り捨てる。


それはまるで、災害のただ中で動く自衛隊の一員のようであり、あるいは英雄譚の最初の犠牲者のようでさえあった。



(くそっ。思ったよりもそこら中にいやがる。どこに逃げても危険じゃねえか……)



剛は今年で四十三になる。


本業は土木作業員で、たまの休日、朝から酒でも飲んで一日中アニメを観て過ごそうと思っていた矢先のこれである。


娯楽もなく、ただ日銭を稼ぐ日々。だが、唯一の救いが「オタク趣味」だった。


古典的なロボットアニメから最新のなろう系、さらには、少し背徳的な同人音声や女性向け創作まで──幅広く愛する知識は、皮肉にもこの異常事態に対する“耐性”として働いていた。



「CooooO……!!!」



 化け物が声にならない鳴き声をあげる。翼を広げた異形、全身が鳥とも蝙蝠ともつかぬ獣。四肢のようなものはなく、羽ばたくたびに瘴気のようなものが巻き上がる。



「どいつもこいつも……見た目が気持ち悪ぃんだよッ!!」



吠えるように叫び、剛は戦斧を振るった。


空間が歪む。


斬撃は音を置き去りにして空を裂き、鳥のような怪物を一瞬で貫く。


爆ぜる閃光、焼け焦げた羽根が空に舞い、その身体は風に吹かれる灰のように崩れていく。


落ちてきた残骸は、すでに“生き物”とは呼べない、黒ずんだ肉の塊。そこから今なお、低い呻きが漏れていた。



剛は一歩後ずさりし、深く息を吐いた。


焼けた皮膚の匂いが、鼻を突く。



────あれは、本当に……生きていたんだよな。



その紙は、彼のもとに「在った」。


気づけば、手に握られていた。


それと同時に脳内に流れ込む奇妙な理解──否、「感覚」。

不気味な黒い紙を開いた時、それはまるで、かつてから知っていた自分自身の一部を再発見するように自然で、理屈ではない納得があった。



能力名は、《光輝燦然(こうきさいぜん)戦斧(せんぷ)》──等級はB。



光を帯び、輪郭が曖昧な斧。光の層が幾重にも重なったような、幻のような斧身。


しかしその威力は幻想ではなく、現実を焼き、断ち切る鋼鉄のごとし。



「……やっぱり、効果自体はすごいが……どうも、疲れる……」



属性は【光】/【斬】/【召喚】。


“召喚”の意味は、“斧”そのものが、その力の一端なのだろう。


振るうたびに感じる異様な疲労──これは、単なる体力の消耗ではない。


剛はそれを“使っていない筋肉を無理やり引きずり出している感覚”と形容した。


筋肉というより、“魂の筋肉”とでも言うべきもの。存在の奥底を引っ張られているような痛みに、彼は息を切らす。


それに、ステータスには自身のスペックが記されていた。


───────


【生命力:C】

【霊脈量:D】

【総合身体能力度:通常比172%】

【能力技:1件記録《戦斧召喚》】

【能力熟練度:Lv.1】


───────


どの数値も意味や基準が曖昧で判断するにはまだ難しい。



……だが、それでも──生きるしかない。



(ああクソ……アニメやゲームの中なら、主人公が強くなってくれるんだがなぁ。こちとらただのオッサンなんだよ)



この世界が一体どこへ向かうのか。

何が正しくて、何が敵で、何が味方なのか。


先が見えない。絶望というより、ただただ「掴めない」。


剛は、地に足をつけていながら、まるで深海に沈んでいくような心地を抱えていた。



そのとき────



「……なんだ、あれは……」



遥か遠方。


空を切り裂き、黒い影をなぎ倒しながら、風よりも速く駆け抜ける“何か”がいた。


正確には、青年──人間だ。


その周囲に舞う生命の光、そして地平線を覆うように、メキメキと音を立てながら空に向かって伸びていく巨大な「枝」。



木だった。だが、常識では到底測れない規模と速さで世界を侵食していく、巨大な生命の“枝”──それはまるで、天へと届こうとする神話の階段のようであった。



鹿嶋剛は、ただ呆然と、それを見上げていた。





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