序章:命名
少しだけ短めです。
……収拾がつくまで、10分かかった。
跳ね回る“命”を、どうにかして落ち着かせるまでに。
さっきまでただの石だったそれに、今は確かに“魂”が宿っている。
ぬくもりもなければ、鼓動もない。
けれど、否応なく――“生きている”と、わかる。
俺の力によって、命が生まれた。
これはもう、現実なのだ。
だが、理解が追いつくほどに、胸の奥に妙なざわつきが広がっていく。
思い出す。
さっき流れ込んできた、あの膨大すぎる情報。
文字化けのような、不気味な“黒い紙”の記述。
他のやつらは、きっともっとシンプルで明快なものを持っていたはずなのに。
───これは、違う。
漠然とした“不気味さ”が、心の奥に残っている。
まるで、“何か”が背後で嗤っているような……そんな錯覚すら覚えた。
「……普通の能力、じゃないよなぁ……」
その呟きは、自惚れでも、誇りでもない。
むしろ、それは静かな危機感。
そして、ごく微かな――先の見えない“不安”。いや、“焦り”。
「たぁ〜?」
そんなこちらの心境をよそに、御影石が俺の顔を覗き込んでくる。
瞳のようにきらめく光点が、無垢な好奇心で満ちていて――
「情報過多過ぎてなぁ……どこからどうすりゃいいんだ……」
そのまま、頬(石)を擦りつけてくる。
ゴリゴリと。うん、痛い。
物理的に痛いです、石ですし。
黒い紙に書かれた能力が思い浮かぶ。
《生命神》────
そんな肩書きを、俺は背負ってしまった。
あまりにも大仰で、現実感のない名。
だが、それが現実だ。
“命を与える”という力。
世界を変えてしまうほどの“力”。
さて、俺は――まず、何から始めるべきか。
目の前にいるのは、この暴れん坊の石。
まずはこいつの“可能性”を探ってみよう
「名前でも……つけてやるか」
石をじっと見つめる。
……ツヤのある灰色。重量感のあるフォルム。
名は体を表すというけれど、これはまさに“石”。
御影石。……いし、いしー……イッシー?
「イッシーでどうだ!!」
目の前の石が――明らかに、絶妙に、うんざりした“顔”をした。
「やめろ!! そんな顔するな!!」
いや、分かってるよ。
俺にネーミングセンスがないことくらい、百も承知だ。
実家で妹が拾ってきた猫に「犬」って名前つけたら本気で滑り倒したあの日を、俺は忘れない。
「許せ……お前はもうイッシーだ。受け入れてくれ」
「……たぁ。」
……今、ため息したよな。
確実に、今、ため息ついたよな。
魂を持った石に、無言の圧をかけられる日が来るとは思わなかったよ、ほんとに。
「で、お前……なんか得意なこととか、あるのか?」
問いかけに、イッシーがふらりと動き出す。
その先には――俺がちょっと見栄張って買った、高級感だけが取り柄の大理石のまな板。
「お、おい……壊すなよ……!? 頼むぞ?」
「んんん……たぁっ!」
石同士が、共鳴する。
空気がわずかに震えた、と思った次の瞬間――
──ギギ……グリ……
まな板が、変形していく。
まるで粘土細工のように、形を変え、
その両端が、イッシーの体にぴたりと合わさる。
巨大な“腕”が生まれた。
成人男性ほどのゴツさ。
それはまるで、御影石なのに“筋肉”を感じさせるような、重厚なシルエットだった。
「おお……それって……石材を吸収して、身体にするって感じか?すごいな……!」
思わず呟いた声には、感心よりも、もはや感動が滲んでいた。なんかサムズアップしてるし。
俺の力は――ただ命を生むだけじゃない。
“融合”し、“変化”し、“拡張”する。
媒体が違えば、生命の形も変わる。
火に命を吹き込めば、炎の使い手に。
雷に命を吹き込めば、雷の化身に。
……なんでもあり、じゃないか。
SNSでみた他の能力と比べるても、これはラノベやアニメでしか見なかった“チート能力”。
けれど、素直に喜べないのは……
あの曖昧な記憶の中に漂っていた、不穏な気配のせいだ。
思い出すのは、あの黒い紙を開いた瞬間。
脳裏をよぎった、黒い影のような何か。
そうだ。
俺は忘れていた。
この世界が、もう“昨日の世界”じゃないということを。
すべてが変わってしまったということを――。