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第一章:別れ

「あれ……なんだったんだろうね。」


任務を終え、建物から出たところで千歳がぽつりとつぶやいた。

手には証拠となる原本、背後では拘束した男たちが静かに並べられている。



「黒く染まったあの能力……心当たりがないわけではありません。こちらで詳しく調査する必要があります。」



静香は顎に手を当て、眉を寄せる。

俺も思わず記憶を辿った。500年前の天異の黎明の日、俺は確かに似た気配を持つ人型と対峙したことがある。

だが話を聞くと、あの手の存在は時折確認されているらしい。ただ、それらが魔物と同じ“気配”をまとっていた、という点については初めて耳にしたようで、やはり無関係ではなさそうだ、という結論になった。



「お疲れ。すごい音がしてたけど、大丈夫だった?」



裏口から涼が姿を現す。数人の男をまとめて縛り、まるで荷物のように引きずってきている。

雑な扱いに思わず目を逸らす。……いや、人権とか大丈夫なのか?



「涼! お疲れ様! 圭くんね、すごかったんだよ!完璧すぎる援護で、もう一人でも何とかできちゃうんじゃないかって感じ!」



千歳は無邪気に弾け、俺を指差してはしゃいだ。



「へぇ……見逃したのは惜しいな。次は一緒に戦いたいね。」



涼の視線がまっすぐ突き刺さる。どこか悔しそうでもあり、楽しそうでもある。

俺は思わず肩を竦めた。



「いい経験になったよ。……俺も涼の戦いを見たかったけどね。」



「はは……涼はまぁ、パワフルだよ…。」



「なんで目を逸らすの? 褒めてるんでしょ?」



涼に鋭く指摘され、千歳が遠い目をする。……どんな戦い方をしたのか、逆に気になる。



「と、とにかく!! 任務は無事終了! 国も後押ししてくれるだろうし、圭くんの能力犯罪者への対応許可もきっと出るよ!」



胸を張って宣言する千歳に、静香が頷く。



「はい。私たちだけでは申請を突っぱねられたかもしれませんが……高坂さんは“英雄様”です。こんな所で躓かせるわけにはいきません。」



「ありがとう。とりあえずは、目標達成ってところかな。」



必要な資格は手に入れた。これでようやく世界の現状を、この目で確かめることができる。

麗華さんたちの支援に頼り切りになるわけにもいかないし、まずは自立しなくては。



「圭……やっぱり行っちゃうの? もう少し、一緒にいてもいいんだよ。」



涼の言葉はあまりにストレートで、思わず息を詰めた。



「お世話になりっぱなしってわけにもいかないし、宿も用意できそうだからね。今日からはそっちで動こうと思ってる。」



そう口にすると、仲間たちの間に小さな沈黙が落ちた。

けれどそれは寂しさだけではなく、これからを共有する仲間としての覚悟を確かめ合うような静けさだった。

彼らの顔が一つずつ目に焼きついていく。笑い、からかい、渋い励まし。どれもが、思い出の断片として胸に積もっていく。



「ぐずぐずしてても勿体ないし、俺はここで別れようと思う。皆、ここまで何も知らない俺を手伝ってくれて、ありがとう。この恩はきっと返す。」



言葉は短くても、含まれる重みは深い。俺は軽く頭を下げる。受けた親切をそのまま受け流すことはできなかった。恥ずかしさを振り払って、率直に感謝を口にするのが、今の自分に出来る一番まっとうな礼だと思ったからだ。



「…きっとまた、会いましょう。」



静香の声は小さく、しかし確かな約束に満ちていて、耳に残る。



「そうだよ!これで最後じゃないんだしね。またね!」



千歳はいつもの調子で叫びつつも、その瞳には寂しさの影がある。冗談めかしてみせることで、場の温度を保っているのだろう。



「なんなら、気が向いたらGIAに就いてもいいからね?」



涼は含みを残して言う。半ば冗談、半ば本音。彼女の言葉は、遠回しな勧めにも聞こえた。



「はっ、世話してやったんだ。精々死なずに返せよ。」



鷲尾は無骨に、しかし温存した優しさで言い放つ。言葉は荒いが、重みは確かだ。


皆の声が重なり、送り出してくれる。目を合わせ、笑い、また少し照れくさげに頷く。静香の一瞥、千歳のはしゃぎ、涼の含み、鷲尾のぶっきらぼうな温情――それぞれが、今の俺にとっての財産になっていく。



「じゃあ、また!」



振り返らずに歩き出した。振り返れば、確かに笑って手を振る仲間の姿があった。名残惜しくないはずはない。でも、これからは自分の足で世界を見て回らなければならない。学んだことは得た。常識も、最低限は押さえた。あとは経験を重ね、道を刻むだけだ。


歩幅を整えると、不意に風が頬を撫でた。世界はまだ広い。まだ知らない景色、知らない人々、知らない敵──すべてが、これからの歩みを待っている。


心の中で小さく誓う。ここで受けた恩は、いつか必ず返すと。

そしていつかまた、あの面々と顔を合わせたとき、互いに胸を張れる自分でありたいと。


その思いを抱え、俺はゆっくりと町外れの道へ踏み出した。夕刻の残り香が街に溶けていく。世界を見て回る旅が、今、始まったのだ。

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