第一章:能力犯罪者
「ガサ入れじゃごらぁあ!!!」
鷲尾が豪快にドアを蹴り飛ばす。破片が宙を舞い、重い衝撃音が建物全体に響き渡った。突入というよりも、もはや制圧だ。
……いやカタギじゃないだろこの人。
中はオフィスのような造りで、乱雑に置かれた机や棚の影に数人が潜み、すでにこちらを警戒していた。
「きたな政府の犬が! お前らァ、ここで食い止めるぞ!!」
先頭に立つ、胡散臭いスーツ姿の男が怒鳴り声を上げる。手には黒光りする銃──。
普通に銃火器!? 異能者同士の殴り合いを想像してたんですけど。
「はぁ〜い、それ没収〜。」
俺が杖を構えるより先に、千歳がひらりと動いた。
次の瞬間には敵の背後に回り込み、銃をすらりと抜き取って、そのまま元いた場所へと戻ってくる。
だが俺の目には、鷲尾の隣に──動かないままの千歳の姿も残っている。
「え……?」
二人いる? いや違う。これは──。
ここに向かう途中、静香から大まかな事は聞いていた。
千歳の能力、《錯乱虚影》
彼女は自分の虚像を作り出し、まるで同時に存在しているかのように錯覚させることができる。
本体は瞬間的に移動し、虚像を残すことで敵の意識を攪乱する。今のも、銃を奪いに行ったのは実体の千歳で、残っているのは幻影。
だから敵の銃口は最後まで“そこに立つ千歳”を狙い続け、奪われたことに気づくのが一歩遅れたわけだ。
「ふふっ、こういうの得意なんだ〜。」
銃をひらひらと振って笑う千歳。その姿は無邪気そのものなのに、やってることはえげつない。
「っああくそ!! 死ねぇ!!!」
武器を奪われ、やぶれかぶれになった男が怒声を上げて突っ込んでくる。
手の甲が鈍く光り、ジャリジャリと嫌な音を立てながら、鎖が体へと巻きついていった。やっと能力か──!
「自暴自棄かよ、下手くそが。」
鷲尾の声は低く冷え切っていた。
次の瞬間、容赦のないヤクザキックが放たれる。重い靴底が鎖ごと男の腹にめり込み、鈍い衝撃音を響かせながら吹き飛ばした。
「ぐはっ……!!!」
血を吐きながら転がる男。その光景に一瞬呆気を取られていた仲間たちだったが──すぐに現実へと引き戻される。
「うて、うてぇぇ!!!」
誰かの叫びを合図に、複数の銃口が火を噴いた。
銃声が連続し、火花と硝煙が空気を裂き、こちらに雨のような弾丸が殺到する。
「──黒武召喚。」
鷲尾の低い声と同時に、彼の腕から黒金の装甲が噴き出した。
金属が軋み、瞬く間に巨大な盾の形を取る。重厚な黒の壁が目の前に現れ、次々と弾丸を弾き返していった。
ガンッ!ガンッ!ガガガガガッ!!!
火花が散り、金属音が鼓膜を揺らす。
盾の表面はまるで生き物のように波打ち、撃ち込まれる弾を飲み込み、返す刃のように弾き飛ばす。
「……チッ。相変わらず物騒だな。」
鷲尾は顔をしかめながらも、微動だにせず盾を構えていた。
その背中に隠れるように立ちながら、俺は改めて理解する。
──《黒武装》
金属を召喚し、武具とする能力。盾一枚でこれだけの銃撃を押さえ込めるのなら、前衛としてこれ以上頼もしい存在はいない。
「援護する!!」
俺は声を張り上げ、ヴィータ・セプターを突き出す。
杖の先端に生命力を凝縮させ、渦を巻くように圧縮したのち──《放出》する。
ぶわ、と空気を震わせながら深緑の光が奔流となって迸った。
それは薙ぎ払う鎌のように、一直線に敵の前を薙ぎ、弾幕の雨を一瞬で沈黙させる。
閃光に目を奪われた敵たちは、思わず怯んだ。
床を叩く銃弾の跳弾音だけが、遅れて静かに響く。
「圭くんナイス!このまま進むよー!!」
千歳の声は、まるで遠足の掛け声のように明るい。
だがその笑顔の奥に潜む緊張感は、彼女の小柄な背中からも伝わってきた。
……この人、こうやって雰囲気を軽くしてるんだな。
俺もつられて肩の力を抜きつつ、それでも心は戦闘の只中にあることを忘れない。
「原本は恐らく三階の社長室です。気を引き締めましょう。」
静香が冷静に告げる。
その声はささやくように小さいのに、不思議と凛としていて場を締めた。
一歩先に立つ千歳、無骨に盾を構える鷲尾、その後ろで息を整える静香──。
そして俺。
ようやく実感する。
これは遊びでも訓練でもない。
ここから先は、討魔士としての「初陣」だ。
そこからは怒涛の展開だった。
千歳が生み出す幻影は敵を翻弄し、どこから襲いかかってくるのか分からない影武者のように相手を混乱させる。
鷲尾は黒き武具を召喚し、斧や盾で敵を粉砕しながら俺たちの盾となる。
その背中は、まるで揺るぎない城壁のようだった。
俺は後衛から援護する。杖の先端を振るい、深緑の光弾を《放出》して敵の射線を削ぎ、突撃の隙を作る。
さらに《付与》を使い、瓦礫の破片に仮初めの生命を吹き込み、這いずる兵士のように敵を引き裂かせた。
驚きと悲鳴を上げる敵たち。その隙を逃さず、俺は杖を地に突き立てる。
床を破り伸び上がった根が蛇のように絡み合い、敵兵を縛り上げ、次々と地面に引きずり倒していく。
生命力は止まることなく循環し、戦場に緑の奔流を作り出す。
幻影が敵を惑わせ、黒武具が肉を裂き、緑の光がすべてを絡め取る。
俺たちは、圧倒的に押し切っていた。
「二階は制圧完了だね!」
千歳が笑いながら振り返る。頬には汗が光るのに、声だけは明るかった。
「逃げた分は裏から来てる涼が何とかしてくれるはず!」
いよいよ三階──社長室。
こういう状況では、大抵一番厄介な“ボス”が待っているものだ。
俺たちは階段を駆け上がり、重厚な扉の前に立った。
胸が自然と高鳴る。これが俺の「初陣」の本番か。
「行くぞ。俺が前に出る。お前らは援護しろ。」
鷲尾の声は低く、鋼のように揺るぎない。
戦力として数えられている──その事実が、妙に誇らしかった。
「行くぞッ!」
重い音を立て、鷲尾の蹴りが扉を粉砕する。
突入と同時に目に飛び込んできたのは、豪奢な社長室だった。
奥のデスクの前に、スーツ姿の男が悠然と座っている。
「ふふふ……やっと来たんですね。待ちくたびれましたよ。」
男は立ち上がり、ゆっくりとこちらに手を広げる。
右手に握られているのは、不気味に光る紫の──心臓。
鼓動しているように脈打つその肉塊から、禍々しい瘴気が漂っていた。
鷲尾が即座に盾を構えた。俺も杖を握り直す。
これはただの脅しではない。嫌な気配が肌を刺してくる。
「ずいぶんと嫌われたものですね……。まぁ、テストには丁度いいでしょう。」
……胸の奥で、悪寒が走る。
その心臓は、何か“異質なもの”だ。握られてはいけない。
男はゆっくりと笑いながら、それを握りつぶした。
どす黒い血があふれ、彼の体を覆い、皮膚を腐らせながら侵食していく。
「はハ……いいぞ……イいゾ……!!」
変容は加速する。
骨が軋み、筋肉が膨れ、皮膚が裂け、異形へと姿を変えていく。
「な、なにあれ……っ!きもっ……!」
千歳が思わず声を上げる。
「見たことのない能力です……鷲尾さん!!」
静香の声も震えていた。
「あぁ、分かってる!!」
鷲尾は即座に黒い斧を召喚し、地を蹴って突撃した。
“やられる前に叩く”──その判断は正しいはずだった。
だが。
振り下ろした斧は、異形と化した男の腕で受け止められる。
鈍い衝撃が床を伝い、建物全体が震えるほどの余波が走った。
『…………。』
沈黙したまま、異形の男は動かない。
その静けさが逆に不気味で、まるで巨大な影が生き物のように息を潜めているようだった。
「ちっ……!」
鷲尾は舌打ちをし、すぐに斧を引き抜いて後退する。
一撃を受け止められた衝撃で、腕が痺れているのか僅かに肩を回した。
あれほどの威力を易々と耐えたのだ。──ただの敵ではない。
次の瞬間だった。
異形の男の右腕が、膨張していく。
筋肉の線が膨れ上がり、骨の軋みが空気を切り裂き、やがて腕は元の三倍以上に肥大化する。
それはもはや人の腕ではなく、黒い柱のような塊だった。
『…………ッ!』
沈黙を破り、影のような巨腕が閃光じみた速さで襲いかかる。
その速度は目で追うのがやっとで、空気が裂け、床板が悲鳴を上げた。
「クソがッ!」
咄嗟に鷲尾が盾を顕現させ、巨腕を正面から受け止めた。
金属が悲鳴を上げ、衝突の余波で壁が揺れる。
衝撃波が部屋を駆け抜け、書棚やガラス窓が一斉に吹き飛んだ。
「ぐっ……おおおおッ!!」
全身に力を込め、鷲尾は押し返す。
黒武装で形作られた大盾は、軋みながらも決して折れず、巨腕の一撃を食い止めた。
だが、敵の力は重い。
大盾ごと押し潰されるように床が沈み込み、亀裂が走る。
「鷲尾さん!!」
静香の悲鳴が響く。
「下がれッ! まだ……押し返せる!!」
鷲尾の額には汗が流れ、歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてきた。
まさに力と力のぶつかり合い。
だが──このままでは押し切られる。
俺の胸にも焦りが走った。なにせ俺らあいつに似た人型の異形を、知っている。
「鷲尾さん!!! そのまま!!!」
直感が全身を走り抜けた。あの男の死んだかのような沈黙、握り潰された心臓から溢れた魔の気配──戦い続けるよりも、いま“消し去る”べきだと告げている。
俺は杖を突き出し、深く息を吸い込んだ。
生命の奔流を解き放つ。生命魔法による、浄化。
切っ先から迸る光は一本の川のように溢れ出し、瞬く間に室内を満たしていく。
壁も床も天井も、すべてが眩い緑の輝きに包まれた。
『…………。』
黒く膨れ上がった男が光の中で暴れ狂う。巨腕が盾を叩き、床を割るが、抗うほどにその輪郭は掻き消されていった。
不気味に膨張していた右腕が崩れ、影のような輪郭が裂け、血肉のように黒煙を撒き散らしながら削られていく。
『…………………。』
絶叫は響くほどに弱まり、やがて光に呑まれた。
抵抗する意思も、残された形も、すべては霧散して──
塵となって、消えた。
濁った瘴気の残滓が空中を漂い、それすらも淡い光に溶けて消えていく。
室内には、もう異形の影ひとつ残っていなかった。
杖を下ろし、大きく息を吐く。
「……ふぅ。」
浄化の余韻が静寂となって広がり、焼けた木材の匂いと、ほんのりとした青草の香りだけが残った。




