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第一章:突入

前回の後書きに討魔士のランク制度についてまとめました。


記録は、どこにも残っていなかった。

あれほど鮮明な光景を見たのに──まるで夢の残滓のように掴めない。

疲れていたのだろうか?そう思い込もうとしたが、あの時に映った景色は、あまりに生々しく、否応なく現実感を伴っていた。


キャビンから降りる際、思いがけず高坂さんに手を差し伸べられ、エスコートされた。

……その瞬間、仕事の癖が出てしまったのだ。条件反射のように能力を発動し、彼の手から記憶を読んでしまった。


私の《追憶読取(メモリアリーディング)》は、人の記憶までも拾い上げる。年齢を越えるほど深くは潜れないが、それでも──触れた一瞬で垣間見えた映像は、困惑せざるを得ないものだった。



(……まるで、楽園のような……。)



短く覗いただけだった。数日分の記憶しか拾えなかったはずなのに、その景色はあまりに異質で、美しすぎて、心の奥を震わせた。


討魔士組合の資料庫を漁り、似たような事例や能力の記録を探したが、成果はなかった。

結局、謎は謎のまま。だからこそ、このことは彼には伝えないと決めた。もし何か事情があって隠しているのだとしたら──軽々しく触れてしまった自分は、許されない。

何より、人の記憶を勝手に覗かれたなど、気分のいいものではないはずだから。


…昔から歴史が好きだった。

そして、私の憧れの人。あの世界樹や、春に散った亡骸を目にするたびに思った。枝葉に覆われた空の下で、人々を守り続ける“英雄”の存在を。



「嫌われたく、ない……。」



思わず口から零れ落ちた呟きに、我ながら赤面する。

その時──



「お、いたいた。静香、こっちは試験終わったよ。」


「ひゃいっ!!!」



高坂さんの声に飛び上がりそうになった。思考に没頭しすぎて、背後から近づかれても気づけなかったのだ。よりにもよって、変な声まで出してしまって……ああ、恥ずかしい。



「お、お疲れ様です。その様子なら、合格出来たようですね。」



何とか取り繕って返す。



「うん。ただ、この後面接長は能力証明書を確認するんだよね?変に詮索されないかだけ不安かなぁ……。」


「それでしたら安心して大丈夫だと思います。ここは国の組織ですので。」



静かに答えながらも、胸の奥で波打つざわめきは収まらなかった。


高坂さんの能力証明書は既にGIAに提出されている。討魔士組合は入団者の能力成長や行動を記録する義務があり、いずれ間接的に黒紙の内容も照合される。

手続きが即日ではない以上、今ここで深く詮索されることはないだろう──そう思えば少し安心できた。


だが同時に、私はまだ、あの記憶を胸に抱えたままだった。



◇◇◇◇◇



静香と合流し、再びキャビンを呼び出した。

渡された生活用品の中には、どうやらこの時代の最新鋭らしい“スマホ”のような端末もあった。

試しに操作してみるが……。


……どこをどう押せばいいんだ、これ。スマホ講座に通うおじいちゃんの気持ちだ…。


慣れない指先が空しく画面を彷徨う。文明の進歩はすごいが、こういうところで自分の時間のズレを痛感してしまう。



「今からはいよいよ任務です。既に現場側の準備は整っているそうですので、私たちが合流した時点で突入開始になります。」



隣に座る静香が、凛とした口調で告げる。その横顔は緊張を隠しているようで、どこか硬い。



「ふぅ……緊張するね。」



思わず息が漏れた。

起きてから初めての戦闘だ。今の時代の能力者たちがどれほど戦えるのか、俺にはまだ分からない。だからこそ、決して過信せず、油断もしないで挑まなければならない。


──それに。

能力者が力を振るう姿を見るのは、実に五百年ぶりなのだ。


心を引き締める。胸の奥に微かな鼓動が高鳴り始めていた。




しばらくして辿り着いたのは、中心街から少し外れた一角。細い路地を抜けた先に、背の低い建物がひっそりと佇んでいた。

人気はとうに途絶え、さっきから人の気配はまるでない。どうやら道も封鎖され、外界から切り離されているらしい。──仕事が早いな。



「着いたようですね。浅葱さん達と合流しましょう。」



静香が小さく頷く。



「はい。……足元、気をつけて。」



思わず、前と同じように彼女の手を取る。赤面しつつも、前ほどぎこちない反応ではなかった。それが少しだけ嬉しかった。



「圭くーん!!!思ったより早かったね!こっちは準備万端だよっ!!」



明るい声が奥から響く。千歳だ。



「おい馬鹿、でけぇ声出すな。」



低くたしなめる鷲尾。その手には、漆黒の斧が握られている。普段と変わらない飄々とした千歳と、緊張感を纏った鷲尾──対象的な二人がこちらに歩み寄ってきた。



「ネームプレートあるし、合格できたんだね。」


「うん。割とすんなりと。力加減も掴めたし、準備万端だよ。」


「おお!気合い十分だね!それじゃあ突入といきますか!!」



千歳が肩を回し、大げさに息を吸い込む。その無邪気な調子が場の緊張を少し和らげてくれる。ここは彼らのペースに合わせよう。



「涼さんはこちらの合図で裏口から突入します。目的は能力証明書控えの原本です。既にこちらの警告は突っぱねられていますので、遠慮なく入っちゃいましょう。」


「……あぁ。ったく、余計な仕事増やしやがって。」



鷲尾が斧を肩に担ぎ、ぼやくように吐き出す。



「ほんとですよ…。では、私は後ろからついて行きますので、お願いします。」



静香も共に入るらしい。待機かと思っていたが、どうやら現場に立ち会うつもりのようだ。


それぞれが装備を確認し、深呼吸する。俺も遅れてはいられない。

右手を掲げ、再び《ヴィータ・セプター》を顕現させた。背丈を超える大杖が光とともに姿を現す。



「おぉ……でっかい杖だね!それ使って戦うの?」



千歳が目を丸くする。



「うん、基本は後衛かな。一応、殴り合いくらいはできるけど。」


「それは俺らに任せとけ。お前はあくまで同行だからな。」



鷲尾がぶっきらぼうに言い放つ。その言葉には不器用ながらも頼もしさが滲んでいた。



「そうそう!ふふ、圭くんは見てるだけになるかもねっ!」



千歳が楽しそうに笑う。

──頼れる仲間がいる。それだけで心強い。



「それでは……ネクサス13、突入します!」



静香の声が合図となる。

こうして、俺の“初めての戦闘”が幕を開けた。


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