第一章:討魔士試験・実践
面接を終えた部屋の窓際には、厚い扉が備え付けられていた。その先を開くと、別世界のような光景が広がる。整然と立ち並ぶ案山子、壁に掛けられた大小さまざまな的、そして外界の音を遮断する分厚い壁。ここは演習場というより──武人の息遣いが刻まれた修練の舞台だった。
奥の方では数人の討魔士が汗を流し、黙々と武器を振るっている。視線が自然と吸い寄せられる。胸の奥がわずかに高鳴った。
おぉ……!これはテンション上がるな。
大学時代はよくゲームの練習場に籠ったけど、実際の場はこうも迫力があるのか。
「よし、この辺だな。それでは今から実践試験を行う。高坂氏の場合、攻撃面および回復面の確認だ。──西園、記録を頼んだぞ。」
神宮寺の声は場の空気を整えるように響き、隣に控えていた若い男性が小さく頷いた。
「承知致しました。」
西園──鋭い眼差しときっちり整った身なり。いかにもエリートといった雰囲気がある男だ。俺は軽く息を吐き、指示された位置に立つ。十メートル先、頑丈そうなマルタ製の案山子がこちらを待っている。
「まずはこの案山子を攻撃してもらう。近距離でも遠距離でも構わん。得意とするものを見せてみろ。」
「はい、では……。」
俺は右手を胸元にかざし、生命力を込める。次の瞬間、光の粒子が迸り、背丈に迫るほどの杖が形を成した。木の温もりを纏った大杖。その節々には小さな花が咲き、まるで生きているかのように呼吸をしている。
──アルカディアで師と仰いだ生命神ルーメルから授けられた杖だ。
「それは……アイテムボックスか? いや、違うな……。」
神宮寺が低く呟く。だが止められる気配はない。ならば、このまま見せよう。
大杖の名は──《ヴィータ・セプター》
切先を案山子へと向け、生命力を《凝縮》していく。光の奔流が杖に吸い込まれ、切先に集まりひとつの塊となる。脈打つ光は生き物の心臓の鼓動のように震えていた。
「いきます。」
言葉と同時に、光を弾丸として《放出》する。この組み合わせは500年前に人型にも使った、最も応用の利く遠距離攻撃だ。
瞬間、光速の矢が空気を裂き、案山子に直撃した。
ドッッッ!!!
耳をつんざく轟音。圧縮された生命力が弾け、爆炎にも似た閃光が場を覆う。深緑の光が混じる煙と砂塵が舞い上がり、やがて視界が晴れたとき──そこに案山子の姿はなく、木屑が散り散りに吹き飛んでいた。
「……ほう。」
西園が無意識のうちに感嘆の声を漏らした。視線を感じる。演習場の他の討魔士までもが手を止め、こちらに目を向けている。
「おお!すごいな……案山子が木っ端微塵だ。これなら既にゴールド級以上の実力と見ても差し支えあるまい。」
神宮寺の言葉に、思わず胸を撫で下ろす。
よし……やりすぎず、けれど印象には残ったはずだ。
「ありがとうございます。」
杖を還し、彼らのもとへ歩み寄る。
「攻撃面は文句なしだな。それに……あれはアイテムボックスではないな? 武器召喚系と解釈しておこう。ならば高階級に分類される。期待できるぞ。」
なるほど、そう誤認したか。セレナが大剣を出し入れしていたのも、そのアイテムボックスを使っていたのだろうか。
「では次だ。攻撃よりも回復が得意と言っていたな。──今のを見る限り、期待は大きいぞ。」
「はい。具体的にどうすれば?」
「そうだな……。おい! 君たち! 怪我をしている者はいるか!」
神宮寺の大声が演習場を震わせる。まさか本当に巻き込むのか、と内心で驚いたが、しばしして男女二人の討魔士が近づいてきた。女性の方は膝を擦りむいており、血が滲んでいる。
「神宮寺さん、お久しぶりです。うちのメンバーがさっき転んで軽傷を……。どうするんです?」
「ああ、今は彼の試験中でな。回復を得意とするそうだ。試させてもらえるか?」
「え、ええ……深くはないですが……。」
女性はためらいながらもその場に座り、膝を差し出した。思った以上にえぐれている。これ、かなり痛むはずだ。
「では、失礼します。少しむず痒いと思いますが、大丈夫です。」
杖は出さず、掌を傷口へ。生命力を注ぎ込み、再生の魔法を発動させる。傷の再生は《付与》や《変換》でも可能だが、現象そのものを直接呼び戻すのは、やはり生命魔法が最も早い。
掌から溢れる光が肌へと染み込み、血の滲む傷口に沿って繊細な糸を紡ぐように広がっていく。切断された神経が次々と繋ぎ直され、細い血管が枝分かれしながら網目を描き、再び流れを取り戻す。やがて赤黒く荒れていた肉は滑らかな肌色に変わり、最後には薄い桃色の皮膚が膜のように覆い尽くす。
「んっ……なんか、むず痒い……。」
おい、あんまり変な声を出さないでくれ…。決して変なことはしてないぞ。
数瞬前まで痛々しかった膝は、まるで初めから傷など存在しなかったかのように整い、光の名残だけが淡く揺らめいていた。
「………。」
神宮寺の眼差しが鋭くなる。驚き、関心、そして評価。その全てが沈黙の中に込められていた。
「……はい、終わりました。問題はないですか?」
女性が恐る恐る膝を確かめると、目を見開いた。
「えっ……!はじめから怪我なんてなかったみたい……。ありがとうございます!」
「兄ちゃんすげえな。ここまで綺麗に治すの、俺は初めて見たぞ…。」
周囲の訓練生たちもざわめき始める。だが、神宮寺はしばし考え込むように黙していた。
「神宮寺さん…?」
促すと、彼はようやく口を開いた。
「……ああ、もちろん問題はない。いや、問題どころか……驚愕していたところだ。私はこれまで何度も回復系の力に助けられてきたが、ここまで完璧な治癒は初めてだ。」
その声音は重く、そして誠実だった。やがて、真剣な眼差しをこちらに向ける。
「高坂圭氏。試験の合否は、この場で告げよう。──当たり前に合格だ。だが……ひとつ問いたい。これほどの力を持つなら、討魔士に留まらず医療の場で尽力すれば、どれだけの命を救えるか計り知れない。それでも君は──戦場に立つのか?」
胸の奥に突き刺さる問い。利害の打算ではなく、人の命を思う者の問い。
俺は迷わず頷いた。
「はい。俺は討魔士として戦場に立ちたいです。……それが、この力を授かった意味だと思っています。」
一瞬の沈黙。だがすぐに神宮寺は、静かに、深く頷いた。
俺とルーメルの、生命神としての目的を果たすには、戦う必要がある。
「……そうか。ならばよい。──高坂圭氏、今日よりあなたは正式に討魔士として認められる。」
西園が手にしていた端末へ淡々と指を走らせ、記録を入力していく。その所作は淀みなく、いかにも几帳面な役人といった風だった。最後に確認の印を押すと、端末の側面から小さな機械音が鳴り、ひとつのプレートが滑り出してくる。
それは、掌に収まるほどの大きさの木製のネームプレート。温かみのある質感の木目に、討魔士の証である刻印が鮮やかに彫り込まれていた。そこには「ウッド級」との文字が刻まれている。最下級とはいえ、討魔士としての第一歩を示す確かな証だった。
討魔士組合ランク制度
◆ウッド級(Wood)
最下位ランク。
討魔士見習い・研修生。同行無しではまだ正式任務にはつけない。
ソロ活動の場合簡単な雑務や異形の死体処理などが中心。
組合への所属証明を持つ程度で、実戦経験は乏しい者が多数。
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◆アイアン級(Iron)
初級討魔士。
小型の獣型異形や単独行動する低位存在を相手にする。
討魔士として「最低限の戦力」と認められる段階。
市民からはまだ「駆け出し」と見られる。
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◆ブロンズ級(Bronze)
一人前と見なされる最初のランク。
小規模な異形出現に単独対応できる力量を持つ。
市民護衛や地方都市の任務を任されるようになる。
報酬も安定し始める。
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◆シルバー級(Silver)
中堅。班長・部隊長クラス。
霊脈異常や群れをなす異形に対処可能。
各地の拠点で中心的役割を担う。
この辺りから名声が広まり始める。
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◆ゴールド級(Gold)
上位討魔士。国家や大都市から依頼が入る。
複数人を率い、戦術を組み立てる能力が求められる。
個の力だけでなく「戦場を動かす」役割を担う。
討魔士としての社会的信用が確立する。
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◆プラチナ級(Platinum)
エリート。国家規模で名前を知られる存在。
単独で大都市を守れるほどの戦力。
組合内部でも特別待遇を受ける。
指導者・英雄候補として扱われ、政界や軍からも接触を受ける。
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◆ダイヤ級(Diamond)
討魔士組合の中枢を担う最強格。
出現率の低い超大型異形を単独で討伐できる。
その存在自体が国家の抑止力となる。
討魔士の歴史に名を残すレベル。
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◆オリハルコン級(Orichalcum)
伝説級の討魔士。
国家防衛の切り札とされる。
異形の大群や、災厄級に近い存在にすら立ち向かえる。
実在するかどうかも半ば伝説扱いの者もいれば、誰もが憧れるヒーローとして最前線に立つ者もいる。市民の間では「英雄譚」の登場人物のように語られる。
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◆アストラル級(Astral)
一般公開されていないランク。
最上位、神話級。
人の身でありながら、もはや「災厄」と同格かそれ以上の存在。
記録上登録者は極小数いるものの、討魔士として規律に準拠して活動しているものは居ない。
神格に近い存在であり、組合の象徴そのもの。




