第一章:世界について
程なくして、魔物そのものについての確認は終わった。そしてやはり、現代社会においては「魔物にどう立ち向かうか」が、すべての中心にあるのだと痛感させられる。
「では次に──その魔物に対抗するために生まれた、“討魔士”についてですね。」
静香が楽しげに指を立てる。その声に麗華が頷き、横に控える赤髪の女性へと視線を送った。
「小鳥遊様。討魔士については、ぜひセレナから教えて差し上げてくださるかしら?」
不意の指名に、セレナは思わず目を見開いた。
「な……っ」
言葉を失った彼女に、麗華は微笑を崩さぬまま軽く肩を竦める。
「ふふ。セレナったら、私の“天啓”であったにもかかわらず、高坂様をずっと警戒し続けていたでしょう?これくらいはしていただかないと、申し訳が立ちません。」
「いえ、お嬢様、それは……お嬢様の安全のために必要なことでして……!」
「それを踏まえても、討魔士のことならあなたが最も適任でしょう?」
観念したように長く息を吐き、セレナは諦めたようにこちらへ顔を向けた。
「……はぁ。お嬢様のご命令とあらば。私の知る範囲でお伝えいたしましょう。」
「俺からも、ぜひお願いします。」
促すと、彼女はしばし姿勢を整え、淡々と語り始めた。
GIAが設立された後、各地で自衛のために魔物を狩っていた能力者たちを集め、組織としてまとめ上げたもの──それが討魔士組合だという。
国や市民の声を汲み、依頼を受け、魔物を倒す。そのための明確なルールを設け、報酬を与えることで活動を成り立たせた。
今では鹿島大和が扶桑連邦支部の長を務め、組合を率いている。
「討魔士組合は、国やGIA、それに市民から依頼を受け、魔物を討伐し、組員に報酬を払う。……大雑把に言えば、そういう仕組みです。」
語るうちに肩の力が抜けたのか、セレナは足を組み替え、ほんのわずかに表情を和らげる。
「そして討魔士には、世界ランキングや能力の階級とは別に、ランクがあります。最も低いウッド級から始まり、アイアン、ブロンズと続き……そしてさらに上位には、オリハルコン級まで存在するのです。」
なるほど、ますますラノベっぽくなってきたな。いわゆる冒険者ギルドのような制度、と言えばわかりやすい。力を測る物差しがここにもあるのだ。それに世界ランキングというものも非常に気になる。
「ちなみにね!」
唐突に飛び込んできた元気な声に、思わず視線が逸れる。千歳だ。さっきまで夢の中を漂っていたような顔をしていたのに、今は妙に生き生きしている。
「GIAの認可があれば、討魔士は“能力犯罪者”への対応だって任されるんだよ!」
そして勢いそのままにセレナを指差し、満面の笑みを浮かべた。
「それに、このセレナさんはね……なんと“ダイヤ級”…世界ランキング37位の超実力派討魔士なんだから!」
指を突きつけられたセレナの眉がピクリと動き、露骨に不機嫌な色を宿す。だが千歳の瞳は悪戯っぽさを含みながらも、そこに確かな尊敬が混じっているのが伝わってきた。
ダイヤ級に、世界ランキング37位──その響きに、思わずワクワクしてしまう。どうやら彼女は、思った以上の実力者のようだ。
「まあ、私たちも自由に取り締まれるかって言われたら……そうでもないんだけどね。へへ……。」
千歳がぽつりと呟いた。
自分で言っておきながら悲しくなったのか、肩を落とし、すこしばかり情けない顔を見せる。その無邪気さに思わず口元が緩む。
……そういえば、当たり前のようにこの場に混じっているが、彼らはネクサス13──GIA直属の特務班だったはずだ。
静香の博識な解説は確かに助かった。けれど、どうして彼らがエルンテリアに居合わせていたのか。どういう集団で、どんな役割を担っているのか。まだ見えていない部分は多い。いずれ改めて、彼らについても聞いておく必要があるだろう。
場の流れを見計らうようにして、月影首相が襟を正し、穏やかな声音を響かせた。
「では気を取り直して──世界の現状について、私からお話しいたしましょう。」
その姿勢は、ひとつの時代を背負う者らしい威厳を帯びている。
「まず、現在の世界には、この扶桑連邦を含めて7つの大国が存在します。そしてそれぞれは、さらに複数の区域に分かれております。」
言葉を区切り、ゆっくりと空気に染み込ませるように語る。
「我が扶桑連邦でも、この常磐市を含めて40以上の市町村が立ち並んでおります。もっとも……いかに世界樹が巨大であろうとも、その加護が及ぶ範囲だけに都市を築こうとすれば、どうしても狭さは否めません。」
静謐な口調で語られる世界の姿に、俺は自然と背筋を伸ばしていた。
五百年という時を経て変わり果てた人類の営み。その全貌が、今まさに目の前で形を帯びようとしている。
「他の6つの国々も、それぞれの“世界樹”とは異なる方法で、魔物への対策を講じています。語ろうと思えばいくらでも申し上げられますが……今は必要なことだけに絞りましょう。」
月影首相の声音が、ひときわ低く落ち着いた響きを帯びた。その表情は先ほどまでの柔和さをわずかに消し、ひときわ真剣なものへと変わっていく。
「現在──いえ、“天異の黎明”の当時から今に至るまで、もっとも大きな問題となっているのは、やはり魔物への対処です。恐ろしいことに、我々がいくら間引いたところで、彼らは増殖も成長も止めることはありません。」
語る姿には、国家の首脳という威厳だけでなく、一人の人間としての疲労が滲んでいた。長年にわたりこの問題に向き合い続けた者だけが纏う、深い陰影。眼差しの奥には、不屈と倦怠とがないまぜになって沈んでいる。
「それに……時折、異常なまでに強力な個体が姿を現します。そのたびに少なくない犠牲が生まれてしまう。さらに厄介なのは、時の経過とともに、そうした個体が着実に強力になりつつあるという事実です。」
言葉のひとつひとつが、部屋の空気をじわりと重くさせていく。
「彼らの前で言うのは心苦しいのですが……能力者による犯罪も増加の一途をたどっています。人々は能力と科学によって発展し、繁栄しているように見えるかもしれません。ですがその裏で、社会は静かに、着実に蝕まれているのです。」
月影首相の声は静謐だったが、その奥底には国を背負う者の切迫が潜んでいた。
程なくして、俺はおおよそ気になっていたことをすべて聞き終えることができた。
胸の奥の熱がまだ残っていたが、ひとまず礼を述べる。
「皆さん、ありがとうございました。おかげで色々と学ぶことができました。」
「高坂様の成されたことを思えば、これは私どもにとって義務のようなものです。」
麗華が微笑み、続いて月影首相がゆるやかに口を開いた。
「それで、高坂殿──これから、いかがお考えでしょうか? 正直に申し上げれば、かの英雄が目覚めたとなれば国中が揺れ動きます。」
その問いかけに、胸の奥で思考が揺れる。だが、答えはすでに定まっていた。
「はい。とりあえずは素性を隠して、討魔士になろうと思っています。魔物と戦うにせよ、誰かを助けるにせよ、この国を拠点にするなら資格が必要でしょうし。」
「そうなの!? てっきりすぐに扶桑を出て行っちゃうのかと思ってた!」
千歳が椅子から飛び跳ねそうなほどの勢いで声を弾ませる。
「それは、本当に光栄なことです。素性を隠されるとはいえ、高坂殿がこの国に留まってくださるだけで、人々の不安はどれほど和らぐことでしょう。」
月影首相が重みを持って告げる。その響きにむず痒さを覚えつつも、胸の奥では小さな安堵が広がっていた。
「まことに幸せなことです! 高坂様がこの国に根を下ろしてくださるのであれば、住民権や能力証明書の提出を、私らがお手伝いいたします!」
「麗華の言う通りです。できる限りの援助はさせていただきます。それにしても──能力証明書。高坂殿の能力については、誠に興味深いですな。」
──その瞬間、空気がぴたりと固まった。
誰もが言葉を選んでいた話題を、月影首相が代弁したのだ。
「え、えっと……能力ですか。そうですね。皆さんなら……構いませんよ。」
少し肩をすくめ、右手を軽く振る。
次の瞬間、空間が揺らめき、黒い紙が音もなく掌に収まった。まるで初めからそこにあったかのように。
そういえば静香は先程これを黒紙と呼んでいたな。
「よ、よろしいのでしょうか? 本来なら重要な個人情報として厳重に管理されるべきものですのに。」
「はい。俺も自分の能力が、現代の常識から見てどう評価されるのかを知っておくべきですし。それに……皆さん、気になって仕方がないようですから。」
苦笑を交えながら答える。
内心では、現代における自分の力がどのように映るのか──確かめたい気持ちが強かった。
「そ、それでしたら……是非、見させていただきたいです!!」
やはり真っ先に身を乗り出したのは静香だった。だが彼女の興奮は、他の者たちも心中で同じ思いを抱いていることを物語っていた。
黒い紙をそっとテーブルに置く。
指先が触れた瞬間、表面に淡い白光が流れ、静かに広がっていく。
かつては表示不可とされていたそれも、今の俺ならば──ルーメルと共にある今ならば──正しく記されるはずだ。
やがて光は収束し、そこに浮かび上がったのは伝説の名。
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高坂 圭
「能力:生命神」
「階級:S+」
「属性:神性/起源/概念」
【生命力:S+】
【霊脈量:S+】
【総合身体能力度:通常比100〜%】
【能力技:10件記録《生命魔法(全)》《吸収》《凝縮》《放出》《付与》《変換》《生成》《再生》《因子干渉》《精神世界》】
【能力熟練度:Lv.MAX】
──生命神たる力を完全に操り、世界に干渉する能力。
万物に宿る生命を自在に操作し、癒やし、変換し、創造する。
治癒においては桁外れの力を発揮し、ときに死者すら蘇らせることが可能である。
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沈黙が広がった。
静香は目を丸くし、口を押さえて息を止める。
千歳は「うわぁ……」と呟いたまま、呆気に取られて動かない。
涼は冷静を装いつつも、その瞳に驚愕の色を隠せなかった。
鷲尾の拳は机の上で震え、セイラの瞳には畏怖が揺らめく。
月影首相と麗華だけが、静かに深く頷いた。
その仕草には畏敬と納得が宿っていた。
「……生命神。」
誰かが小さく呟いた。
それは神話が現実となった瞬間を、確かに示す響きだった。
五百年前、ただ一人で災厄に立ち向かった存在。
その証明が、今ここに白い光の文字となって刻まれている。




