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第一章:これから

彼らからの感謝を受け取り、椅子に背を預け直す。胸の奥に残る熱はまだ消えていなかったが、しばらくして場が落ち着くと、再びやり取りが始まった。



「……あの時は、ただ必要に迫られて戦っただけです。英雄だなんて、自覚は薄いですけどね。」



口に出すと、どこか自嘲のような響きになった。

けれど同時に、ふと気になったことがあった。



「そういえば……どうして俺がその、“本物”だという前提で動けたんですか? 正直、自分でも怪しいことこの上ないと思ってるんですが。」



そうだ。

都合が良すぎる。目覚めた瞬間に首相の娘が居合わせ、さらにGIAの者たちが揃っている──偶然と片づけるには、あまりに筋が通りすぎている。

もし本当に偶然だとしても、鷲尾やセイラのように警戒を強める方が自然だろう。



「ははは。なるほど……確かに英雄殿のお立場からすれば、不自然に感じられるのも無理はありませんな。それでしたら──麗華。」


「はい。それでしたら、私からお話いたしましょう。」



月影首相に促され、麗華が姿勢を正す。まだ頬の熱が冷めきらないような面持ちで、それでも凛とした声を響かせた。



「実は先日、私の“能力”によって──英雄様がお目覚めになる、という天啓を得ておりました。」


「天啓……。そんな能力があるんですか。」



思わず息を呑む。

偶然ではなく、必然。俺がここに導かれた理由が、彼女の言葉によって少しずつ形を取り始めていた。



「はい、私の能力は代々受け継がれてきたものです。そのため──えっと……あなたが英雄様だと、すぐに理解できました。ただ、千歳さんたちが居合わせたのは、本当に偶然でした。」



麗華の声は丁寧で、けれどどこか歯切れが悪かった。

なるほど、そういうことか。少し不自然だったことが、ようやく線で繋がっていく。だが……今の口ぶりには、違和感を覚えた。そうか俺…。



「……もしかして、俺、自己紹介してませんでしたよね。」


「は、はい。まだお名前を伺っていませんでした。ですが、こちらからお聞きするのも失礼かと思いまして……。」



忘れていた。

彼らはずっと「英雄」と呼び、当然のように俺を知っているような態度だったから、すっかり油断していた。

……剛さんは俺の名前を伝えていなかったのか?何か意図があるのだろうか。今度大和支部長に会った時には、その理由を確かめたほうがいい。



「すみません、隠すようなことでもないので……少し恥ずかしいですけど、改めて。」



頬をかきながら、言葉を整える。



「高坂圭です。眠りについたのは19歳の時で……でも今は521年経ってますからね。もうおじいちゃんかもしれません。」



平凡すぎる名前を口にした瞬間、胸に妙なこそばゆさが走った。

年齢のことも、どう答えればいいのか分からない。十九歳のまま時を越えた自分と、五百年を背負った今の自分。どちらが本当なのか……正直、自分でもわからなかった。



「……普通だな、なんか。」



鷲尾の低い声が部屋に響いた。



「はい、あなたは私が殺します。お覚悟ぉッ!!!」


「だぁっ、なんだ! 寄るな!!」



椅子が軋み、前方が一気に騒がしくなる。静香が鬼の形相で鷲尾に飛びかかり、鷲尾は慌てて身を引く。まぁただのじゃれ合いにしか見えないのだが……。


……うん、無視しよう。



「高坂殿、ですな。」



月影首相の落ち着いた声が空気を整える。



「きっとその名は、これからの歴史に深く刻まれることでしょう。」


「いえ、そんな……。」



思わず言葉を詰まらせる俺に、静香が机を叩く勢いで身を乗り出した。



「そうですよ!! そもそも英雄様のお名前が判明しただけでも、世界的な大ニュースですから!!」



……どこまで本気なのか。だが彼女の瞳に宿る熱は誇張ではなく、純粋な憧れと尊敬に見えた。


こうして、ようやく自己紹介も済んだ。

場の空気も少し落ち着いたところで──今度はこちらが、ずっと気になっていた「現状」を把握する番だ。



「それでは、いくつか気になることを聞かせていただきますね。」


「はい。かの小鳥遊氏もおられますし、歴史的な話もくまなく語れるでしょう。」



月影首相の穏やかな声音に頷き、俺は深く息を吸った。

ここからは、俺が知るべき世界の“現状”だ。


まず気になるのは──魔物のこと。能力者のこと。そして、この世界がどんな姿にあるのか、ということだ。


かつて俺が「異形」と呼んだそれらは、今では「魔物」と呼ばれている。

その存在は陸に、海に、そして空にまで広がり、地球全土に影を落としているらしい。



「基本的に魔物は放っておくと増え続けます。天異の黎明が起こった当初から、世界人口は八十億人から三十九億人へ激減──まさに人類滅亡の危機と言える大打撃を受けました。」



静香の澄んだ声が、重く沈んだ事実を告げる。


胸の奥が冷えた。

そう──それこそが魔物の最も恐ろしい性質。間引かなければ際限なく増え続け、世界をじわじわと蝕む。まるで星そのものを蝕む“癌”のようだ。



「ですが同時に、人類全員が余すことなく能力者となったことで、抗う余地も生まれました。……もっとも、お察しの通り能力者もまた“癌”となりうるのです。そこでGIAが設立され、秩序が整えられるまでに長い歳月が必要でした。」



彼女の言葉に、剛と肩を並べて戦った日の記憶が蘇る。あの戦いは特別ではなかったのかもしれない。世界の各地で、多くの人が魔物に抗い、時に名を残すほどの凶悪な魔物と刃を交えたのだ。



「……そもそも、魔物とは一体何なのでしょうか?」



アルカディアで幾つも仮説を学び、考えたことはあった。だがこの世界での“答え”を、俺は聞いておくべきだ。



「魔物について説明するには、まず“霊脈”についてお話ししなければなりませんね。」



静香が小さな指をぴんと立て、まるで講義を始めるかのように声を整える。



「この地球には、地中全体を血脈のようにめぐる“霊脈”が存在します。そこには霊力というエネルギー、そして魂や記憶が流れているとされているのです。」



彼女の言葉に、俺は自然と頷いた。

アルカディアで学んだことと一致している。いや──彼女たちはここまでの理を独自に解き明かしたというのか。



「また霊力は、生きとし生けるものすべてが持つエネルギーです。その蓄えられる量や、霊脈から吸い上げる力を、黒紙(こくし)を参考に“霊脈量”として数値化しています。」



追い上げるようにして話を進める彼女は、まるで息をするように知識を並べていく。



「つまり、魔物とは──霊脈に流れる魂や記憶、特に“負の感情”が霊力によって形を成した存在。私たちはそう考えています。」



静香の言葉が空気を震わせた瞬間、部屋の全員が静まり返った。


負の感情が形を取り、魔物として生まれる……。

霊脈を“血管”だとするなら、魔物はそこに凝り固まった瘴血の塊。星そのものが吐き出す病の具現なのかもしれない。


胸の奥がじわりと重くなった。

──あの異形たちは、やはり偶然生まれた存在なんかじゃない。世界の理そのものに根ざした、必然の産物だったのだ。



「ですが!!そもそも霊脈は“天異の黎明”以前から変わらず存在していたとされています!創造神ネアルがどう手を加えたのかは明らかではありませんが、当時“幽霊”や“怪奇現象”と呼ばれたものの多くは霊脈に由来すると考えられています。……いわゆる“霊感の強い人”というのは、霊力に適性のある者──霊脈量が高い者、というわけです!!」



一気にまくし立てられて、思わず目を瞬かせる。

だがその内容はどれも興味深く、不思議と胸の奥に腑に落ちるものがあった。



「す、すみません……つい熱が入ってしまいました。とりあえず、魔物について分かっているのはそんなところです。」


「いえ、とても役に立つ情報でした。幽霊の話も……なるほど、って感じですね。」



思わず口元が緩む。アルカディアで考えた仮説と、彼女たちの知識が重なっていくのが不思議だった。



「やっぱり幽霊のことをご存じなんですね!? 現代ではあまり普及していない概念ですし、それが一般的だったなんて──ぐぇっ!」


「静香ちゃーん、まだ大事なお話の最中でしょ?」



隣から涼の冷ややかな声。気づけば静香は首をがっちりと捕まれ、じたばたともがいていた。

相変わらず賑やかなやり取りだが……その饒舌さのおかげで、俺の中の霊脈に対する理解は一層深まっていた。

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