第一章:確信
「ということは……ただの御影石に命を吹き込み、完全に独立した生物として生み出したということですか!? すごいすごい! 明らかに能力の範疇を超えていますっ!!」
「は、はは……。まあ、今あいつがどうなっているかは分からないんですけどね。」
……俺はいま、この小柄な少女に質問攻めにあっていた。
気がつけば、話の流れは完全に静香の独壇場だ。いつの間にか「俺の説明」ではなく「静香のインタビュー」に変わっていたらしい。
「うへぇ……静香ちゃん絶好調だね。」
「さすがにここまで周りが見えてない静香は珍しいね。」
千歳の呆れ声に、涼の冷静なひと言が続く。二人の目は苦笑混じりだが、止めるつもりはなさそうだった。
……いや、そもそも周りの視線は皆、好奇心と探るような光を帯びていた。特に能力について話す時の、鷲尾と赤髪の女性。彼らの目は、まるで鋭利な刃のように俺の言葉のひとつひとつを計っている。
やっぱり彼らからは、俺は警戒されてる。
英雄だの伝説だのと持ち上げられてはいるけれど、彼らにとって俺はまだ「得体の知れない存在」なんだ。
「ふむ……興味深いですな。英雄殿について記された事は数あれど、世界樹──神聖なる樹でしたか。その仕組みや効果については、国の存命にも関わることです。」
月影首相の言葉に、胸の奥で何かが合点した。
……そうか。俺が急ぎ呼ばれた理由、それは世界樹だ。
今やあの大樹は、この国、いや世界そのものを支える要石になっている。だからこそ「その根源を生み出した俺」の意思を確認する。それは彼らにとって避けられないことだったのだ。
「安心してください。神聖なる樹は、元となった生命力によって生き続け、霊脈に根ざします。もちろん生命力が尽きれば効力を失い、枯れ果てるでしょうが……。」
そう言って、俺は花のローブに手を伸ばした。指先でそっと摘んだ小さな花は、手のひらでみるみるうちに青々と芽吹き、瑞々しい香りを立ち上らせる。
「生命力というのは、常にあらゆる生物から溢れているものです。それがある限り、枯れることはありません。」
花弁の揺れを見せながら、俺はそう告げた。
……これはアルカディアで学んだ知識。でも今は伝えるべきだ。黙っていては、彼らに余計な不安を残すだけだから。
生命力と霊脈──この二つの流れは、別物のように見えて、実際には深く絡み合っている。俺はそれを知っている。知っているからこそ、世界樹の未来について断言できた。
「なるほど……。気を使わせてしまい申し訳ない。正直に言って、この国は世界樹に頼りきっていると言っても過言ではないのです。世界樹が枯れればまた……枝葉の伸びる雄大なこの土地は、瞬く間に危険な地へと変わるでしょう。」
月影首相の声音には、国を背負う者だけが持ち得る重みがあった。
俺はただ黙って頷く。
重くのしかかる視線の中で、あの樹が自分にとって「仲間や命を守るための最後の手段」であったことを、改めて強く思い出していた。
「……ひとつ聞きたいのですが、よろしいでしょうか? お嬢様。」
赤髪の女性が静かに口を開いた。彼女が発言する際には、まず麗華に許可を求める。そういう礼儀がこの場では必要らしい。
「ふふ。私ではなく、英雄様にお聞きください。」
麗華は柔らかな微笑みで促した。
「俺はもちろん大丈夫ですよ。ですがその前に──まだお名前を伺っていませんでしたね。」
「……。セイラです。」
名を告げる声には、わずかに不服そうな響きが混じっていた。思ったよりも可愛らしい名前だな、と胸中で呟く。
「セイラさんですね。では、聞きたいこととは?」
「はい。……率直に伺います。あなたの能力は、霊力を使用しないのですか?」
探るような眼差しが突き刺さる。鷲尾の視線も強まったが、それ以上にセイラの関心は真剣で、逃げ場を許さないほどだった。
「霊力を使わない……? そんなこと、有り得るのでしょうか?」
静香がこてんと首を傾げる。
セイラは彼女に一瞥を送り、落ち着いた声で続けた。
「能力を行使するには、必ず自身の霊力を消費します。霊脈量に差こそあれど、それは絶対です。そして発動の際には必ず輝きが走る──」
言葉を切り、彼女の視線は俺の手元へ。先ほど咲かせた花を一瞥し、さらに声を低めた。
「しかし、あなたが能力を使用したときの光は……霊力のそれとは、明らかに異なるものでした。」
……なるほど。この人は目がいい。
確かに俺は霊力ではなく生命力を媒介として力を振るう。だが、霊脈由来の輝きと生命力の輝きを見分けられる者がいるなんて、ほとんど想定していなかった。
「凄いですね……その通りです。俺の能力は、基本的に霊力ではなく“生命力”を消費して発動する技が多いんです。」
自分でも少しややこしいと感じながらも、隠すことはできないと思った。おそらく、この世界で生命力を自在に扱えるのは、生命神の系譜を継いだ俺だけなのだから。
「生命力を……? それでは、命を削っているのと変わらないのでは?」
セイラの声は鋭いが、同時にわずかな動揺も滲んでいた。
「いえ、そこは大丈夫です。それに──霊力を全く使わないわけでもありませんし。」
俺は静かに答えた。
心臓の奥で脈打つ光が、自分にしかない「もうひとつの源」であることを、あらためて実感しながら。
これは……思ったよりも話が長引きそうだな、と胸の内で息をついたその時だった。
「こほん。セイラ、その辺に致しましょう。興味深い話ではありますが──今は英雄様のことが先決です。」
麗華の一声は、場の流れを整える鐘の音のように響いた。
「……承知しました。ありがとうございます、英雄様。」
セイラは不服そうな影を瞳に残しつつも、椅子に腰を戻す。
その横顔を見ながら、俺は心の中で舌を巻いた。霊脈と霊力、そして生命力。この世界に溢れる2つの力の性質は、アルカディアで幾度も叩き込まれた。だからこそ彼女の問いは、核心を鋭く抉っていたのだ。
「こちらの質問ばかりで、恐縮でしたな。おかげさまで、既に一通りは確認できました。そのうえで……」
月影首相はおもむろに立ち上がり、ゆるやかに頭を垂れた。
「探るような真似をしてしまい、申し訳ありません。ですが、改めて確信いたしました。」
麗華もまた隣に立ち、静かに頭を下げる。
そして──
「貴方様は、紛うことなくこの国の、この世界の英雄様でございます。」
その言葉を起点に、空気が一変した。GIAの面々も、討魔士セイラさえも、次々と立ち上がり、揃って頭を垂れる。
圧倒的な静寂の中、ただひとつの声が響く。
「私たちを救ってくださり、希望となってくださり──ありがとうございます。」
月影首相の声音は仰々しくも、偽りのない敬意を帯びていた。
彼らの背が深く折れた光景に、俺は言葉を失った。
ただ一度の戦い、ただ必死に足掻いたあの日の選択が、五百年の時を越え、今この瞬間に「希望」として確かな形を持っている。
胸の奥に熱が灯るのを感じながら、俺は静かにその姿を見つめていた。




