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第一章:友への想い

部屋には九人が集い、いくら広い空間とはいえ、どこか空気が密に感じられた。



「ははは!大和(やまと)が人前でここまで泣く姿を見るのは初めてだぞ!」


「茶化すな……。一族の悲願が果たされたのだ。これ以上の栄誉があってたまるか。」



豪放に笑う月影首相と、それを渋く制した鹿島大和支部長。並んで座る二人の姿には、国を動かす要人というより、歴戦を生き抜いた戦士の風格が滲んでいた。



「驚きました……。まさか大和さんが、剛さんのご子息だったなんて。」



思わず声が洩れる。目の前の姿を見つめながら、五百年という時の隔たりを改めて突きつけられた気がした。分かっていたことだが、剛も、日向も、とうにこの世にはいない。


それでも、あの時災厄へと立ち向かった決断が、彼らの人生に救いを与えられたのなら……そう思えるだけで胸が温かくなる。



「はい。祖先の剛は、あなたを英雄だと、そして友だと語り継ぎました。」



眉間を押さえ、込み上げる涙を堪えながら、大和支部長は続ける。



「まだ目覚めたばかりと聞いておりますので、詳しいことは後日にいたしましょう。ただ──これだけは、今伝えねばなりません。」



彼は座したまま膝に手をつき、頭を深く下げた。



「祖先剛は、目覚めたあなたにこう伝えろと遺しました。──『あの時助けてくれて、ありがとう』と。」


「……っ!」



胸を突き刺す衝撃。


ただ一度共に戦っただけかもしれない。けれど剛は、圭を理解し、背を押し、孤独を砕いた友だった。

あの瞬間、圭はずっと悩んできた。自分の行動は正しかったのか。自分が選んだ戦いが、仲間を苦しめたのではないか。


そして大人である彼にとって、子供の俺を走らせ続けることは複雑だっただろう。彼にもまた、迷いも後悔もあったに違いない。だが今、その心の澱は払われた。


たったひと言──ありがとう。


その重みが、五百年を越えて俺の胸を突き抜けた。



「……はい! あなたを救えて、本当に……よかった!!」



目の前にいるのは剛ではない。だが、どうしても伝えずにはいられなかった。


短い沈黙が落ちる。聞こえるのは、大柄な男の鼻をすする音と、外で枝葉が風に揺れるかすかな響きだけだった。




しばらくの間、部屋には沈黙が漂っていた。


大和支部長が残していった言葉の余韻はあまりに濃く、誰もが胸に抱え込んで噛みしめるようにしていた。

……いや、正直に言えば俺はまだ、心臓の奥が焼け付くように熱いままだった。



「……すまない。今どうしても伝えたかったのはこれだけだ。私はこれで失礼させてもらおう。」



大和支部長はそう言って、ぐっと背筋を伸ばす。椅子が重々しく床を擦る音さえ、何かを締めくくる鐘のように聞こえた。

扉へ歩みを進める後ろ姿がやけに大きく見える。歴史の重みを背負った男の背中は、ただの人のものじゃないみたいだ。



「……英雄殿。またきっと、話を致しましょう。」


「はい、必ず。ありがとうございました。」



俺の返事に、彼はわずかに振り返り、深く頷いた。

ほんの一瞬だけ見せた微笑は、あまりにも人間的で、そして温かかった。

次の瞬間には扉が閉まり、彼の気配は遠ざかっていく。


俺の中では、たった一言の「ありがとう」が何百もの言葉に勝るほどの重みで反響していた。

……正しかったんだ、と。あの時の俺の選択の数々は、間違いではなかったんだと。



「はは……やはり呼んで正解でしたな。」



月影首相の柔らかな声が空気を撫でる。

まるで心の奥に溜まった重苦しさを少しだけ溶かしてくれるみたいだった。



「重要なことだったのでしょう?」


「……はい。とても、大切なことでした。」



言葉にすると、再び胸の奥が熱くなる。

大和支部長が伝えてくれた想いが、確かに俺の心に刻まれた。

あれは、剛さんの声だった。あの時、俺の背を押してくれた友の──。


月影首相は小さく頷き、今度は場の空気を整えるように背筋を伸ばした。



「それでは気を取り直して……これまでの世界のこと。そして、あなたのことについて、お話を致しましょう。」


「はい。ではまず……私のことについてお話させてください。」


「っ!! 英雄様の、お話っ……!」



案の定、静香が椅子を軋ませて勢いよく前に出る。

相変わらずの勢いに思わず苦笑するが、彼女の瞳に宿る輝きは本物だ。長年の憧れが今、目の前で結ばれているのだろう。


だから、俺は語ることにした。

五百年前の記憶を、ひとつひとつ、丁寧に。



──創造神が現れ、黒い紙がもたらした混沌の日々のこと。


──能力を得て、ただ救いたい一心で人々の命を繋ぎ止めたこと。


──そして災厄。すべてを呑み込むあの絶対的な存在に抗い、半ば暴走しながらも相打ちとなり、その力を神聖なる樹へと変えたこと。


語るたび、胸の奥に重石を乗せられたように痛んだ。

けれど同時に、心のどこかで確信していた。これは逃げずに言葉にしなければならないと。



……ただ。

ルーメルのこと、アルカディアでの五百年については、まだ語るべきではない。

あれは俺だけが抱え、考え抜かなければならないことだ。


そう心に刻み、俺は言葉を結んだ。


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