第一章:星界評議殿
星界評議殿の内部は、外観の堂々たる威厳にふさわしい、優美かつ荘厳な空間が広がっていた。天井は高く、柔らかな光がステンドグラスを通して差し込み、廊下全体を淡く彩る。
大理石の床は鏡のように磨かれ、足音を静かに反響させながら歩く者を迎える。壁面には歴代評議員の肖像画や、連邦国の歩んできた歴史を記録した額縁が整然と並び、時を超えた重みを静かに語りかけていた。
「私は後ほど部屋に向かいます。すまないが、麗華。彼らを第三待合室にお迎えしてもらえるか?」
月影首相の声は柔らかくも、確固たる威厳を含み、静かな廊下にゆったりと響いた。
「かしこまりました、お父様。皆さん、案内いたしますのでご一緒ください。」
麗華は軽やかに一礼すると、自然な所作で廊下を先導する。圭は月影首相に軽く会釈を返し、彼女の後に続いた。
そしてしばらく歩くうち、俺の意識は隣にいる赤髪の女性──。まだ名前も分からないその人に向かっていた。歩行の間、手持ち無沙汰になった圭は、思わず口を開く。
「あの、確か大きな剣を持っていませんでしたか?」
唐突な質問に少し目を見開く赤髪の女性。わずかに呼吸を整えるような仕草の後、淡々と答えた。
「……今はしまっているだけです。お気になさらず。」
言葉は簡潔で、目線はすぐに前方へ戻る。
うーんやっぱり警戒されている。正直俺にとってはこちらの反応の方が、英雄と持ち上げられるよりも自然だとは思う。
「なるほど、ありがとうございます。」
礼を返すと、無理に会話を続けることはやめ、静かに歩みを進める。
心の中で、あの剣をどうやって収納しているのか、技術的な驚きがくすぶる。現代のこの世界の技術は、俺の想像を軽々と超えているようだ。
長い廊下を進むうち、やがて両開きの立派な扉が姿を現す。麗華が歩を止め、振り返って柔らかく微笑む。
「お時間おかけしました。どうぞお入りください。お父様が来られるまで、こちらでご一緒にお待ちください。」
その声は凛と張り詰め、廊下の静寂の中でしっかりと心に届く。
俺はゆっくりと一歩を踏み出し、扉の向こうに待つ光景を思い描きながら、期待と緊張を胸に、扉を押し開ける準備をした。
部屋はやはり優美な装飾に彩られていた。壁に掛けられた織物や細工の施された調度品が整然と並び、重厚さと華やかさを漂わせている。けれど、その中にはどこか落ち着いた空気が流れていた。威圧することなく、訪れた者を包み込むような静謐さがあった。
案内を受け、俺たちは決められた席に腰を下ろす。
「うぅ……。少し疲れました。評議殿は広すぎるんですよ、全く……。」
「首相の娘の前でよく言うな、まったく……。」
ぼすっと座り込む静香に、鷲尾が低く返す。二人の姿からは、普段の余裕よりも先に疲労が滲み出ていた。
俺自身は肉体的な疲れを感じにくいはずだったが、精神の疲れがじわじわと堆積し、頭を重くしていた。
「ここに来るのも久しぶりだねー!前に涼と来たのが最後だっけ?」
「うん、私もそれが最後かな。あんまりいい思い出じゃないけどね……。」
「はは……確かに……。」
軽口を交わす千歳と涼。だがその笑みには翳りがあった。涼の声には苦笑が混じり、千歳の目は死んでいた…。どうやらこの場所には、あまり良い記憶が残っていないらしい。
そうしてそれほど待たずに、重い扉が静かに開いた。
姿を現したのは月影首相、そしてもう一人──きっちりとスーツを着こなした、身長の高い三十代ほどの男だった。服の上からでも分かるほどの逞しい体躯が目を引く。
「お待たせ致しました、英雄殿。本日は大した説明も致さぬままお連れしてしまい、まことに申し訳ありません。」
月影首相は丁寧に頭を下げ、続けて隣の男を示した。
「彼は討魔士組合の支部長であり、私の旧友でもある人物です。勝手ながら、きっと英雄殿のお役に立つと考えお連れ致しました。」
紹介に応じ、男が数歩近づく。その眼光は鋭く、刃のように俺を貫いた。
息を呑む。あまりに強い視線に、思わず身の危険を想像してしまう。
──えっ、俺、殺される??
そんな冗談めいた焦りが脳裏をよぎった次の瞬間。
男は勢いよく膝をつき、床に頭を垂れた。
冗談半分の思考が頭をよぎる。
だが次の瞬間、男は勢いよく膝をつき、床へと頭を下げた。
……で、デジャヴ……!?
「英雄殿!! あなたのお目覚めを、五百年以上前からお待ちしておりました……っ!」
声は涙で震えていた。
鋼のような体を持つ男が、必死に感情を押し出している。
「ええっと……頭を上げてください!」
俺は慌てて言葉を返す。
これほどの大男を泣かせて跪かせているのは、絵面的にもどう考えても良くない!
「いえ、いえ! どうかこの名誉を甘受させてくれ……!!」
叫びと共に男は顔を上げ、笑顔を見せた。
その破顔には、誇りと喜びと、強い決意が入り混じっている。
「私ら、鹿島家は──あなたのお目覚めを、心から祝福するっ!!」
……鹿島。
耳に届いた名に、思考が止まる。
懐かしい音が胸を揺らす。
鹿島剛。
かつてのあの日、共に戦った仲間。作業服を纏い、戦斧を掲げた男。
その名が、今もこうして受け継がれていた。
五百年の時を越えて、彼の志が、血脈が──俺の前に立っている。
胸の奥から、言葉にならない熱がこみ上げてきた。
鹿島さん…。
あなたの願いは、今も生きている。
そう確かに伝えてくるように──。




