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第一章:扶桑連邦


空の上から見下ろす街並みは、まるで絵画から切り抜かれた幻想と、無機質な機械文明が同居するような光景だった。



「やっぱり早いね、最新型! 私、初めて乗ったや!」


千織が窓に張りつく勢いで声を上げる。


「ちょ、ちょっと……はしゃがないでください! こっち側、狭いんですから!」


静香が慌てて彼女を引き戻そうとする。


「……はぁ、窮屈だな。」


鷲尾は天井を仰ぎ、肩をぐるりと回した。


前方の座席から響く彼らのやりとりは、車内に軽やかな喧噪をもたらしていた。

俺は窓の外に広がる異世界の景色に圧倒されつつも、その賑やかさが妙に心地よく感じられる。


座席は前後に分かれ、俺は月影首相たちと同席し、向かいには千織たち四人が座っていた。

その中央で、金髪の令嬢が静かに微笑む。



「ふふ……本当に賑やかな方々ですね。」



ただそれだけの言葉なのに、気品と柔らかさが同居して、まるで舞台上の一幕のように映える。


──というか、千織たちは本当に特務班なのか? どう見てもただの仲良しグループにしか……。


そんなことを考えていると、不意に月影首相がこちらへ視線を移した。



「到着までは、まだ幾ばくか時間がかかりましょう。もしお聞きになりたいことがあれば、今のうちにいくつか答えて差し上げられますぞ、英雄殿。」



落ち着いた声音。その目には僅かに警戒と、しかしそれ以上に押し隠せぬ好奇の光が宿っていた。



「は、はい……。じゃあまず……」



言葉を探しながら、俺はずっと胸に引っかかっていた疑問を口にする。



「先ほど首相は、ここを“扶桑連邦”と仰っていましたよね。……俺がいた国は“日本”でしたけど、その名はもうなくなったんですか?」



「ははは……英雄殿。どうかそのように肩肘張った口調は不要ですぞ。そのほうがお互い、気兼ねなく話せましょう。」



にこやかに笑む首相に促され、俺は小さく息を吐いた。



「ありがとうございます……。でも、敬語はたぶん抜けないので、そこは勘弁してください。」



「うむ、ならばそれでよろしい。さて、先ほどの問いですが──」



首相はゆっくりと足を組み替え、言葉を続けた。



「ええ、確かに四百年ほど前までは、この地は“日本”と呼ばれておりました。ですが“その日”を境に、世界は姿を変えてしまったのです。」



「その日?」



俺の問いに、首相は深く頷く。



「──“天異の黎明(れいめい)”。人々がそう呼ぶ日でございます。能力という異能が突如として芽生え、同時に魔物が大地に溢れ出した日。混乱と絶望は津波のように世界を覆い、人類は存亡の淵に立たされたのです。」



車内の空気がわずかに張り詰める。

窓の外の華やかな光景が、かえって遠い幻のように見えてきた。



「しかし……人々は抗いました。各国の代表、有能な能力者、そして私の祖先でもある月影家の者たちが集い、知識と力を寄せ合い……ついにこの“世界樹”を中心に、新たな旗を掲げたのです。」



首相は言葉に重みを乗せ、静かに言い切った。



「それが、現在の“扶桑連邦”。混乱の果てに生まれた、この時代を支える柱なのです。」



俺はただ呆然と、彼の横顔を見つめていた。


天異の黎明──あの日は今、歴史の呼び名として定着しているらしい。


突如として至る所に姿を現した魔物。

そしてそれに呼応するかのように芽吹いた人々の能力。


混沌に押し流される世界を「国」として再びまとめ上げるには、

それまでの常識という常識を、すべて打ち砕いていかねばならなかったのだろう。



「それはそれは、数え切れぬほどの問題に直面していたと聞いております。

魔物の存在は分かりやすい脅威でしたが、むしろ難しかったのは能力に目覚めた人々の統制でしてな。

今この時代においても、決して完璧とは言い難い状況なのですぞ。」



月影首相の声音には、長き年月を背負う者にしか帯び得ない重みがあった。



「そうそう! それで設立されたのが、能力者や能力そのものを管理する組織──GIAだよ!」



千歳の声が弾むように場を切り裂く。先ほどまでのはしゃぎぶりの延長のようで、だがその口調には確固たる誇りが混ざっていた。そういえば、彼女たちはそのGIAという組織に属しているのだった。



「能力者の中にはね、もちろん魔物を倒したり、人を助けるために力を使う人もいるんだけど……

一方で私利私欲のために他人を傷つけたり、全能感に溺れて事件を起こす人もいるの!」



どこか誇らしげに胸を張る千織は、視線をこちらに向けて笑みを浮かべる。



「だからルールをつくって、みんなが安全に暮らせるように管理する──それが、私たちGIAのお仕事なんだ!」


「なるほど……。」



圭は膨大な情報量に圧倒されながらも、理屈をひとつずつ紐解く。確かに、能力者による凶悪な犯罪は、魔物の脅威と同等か、場合によってはそれ以上に手強いだろう。

GIAとは、言わば世界規模の警察機構のようなものなのか。



「俺がいた世界とは……やっぱり、何もかも違いますね。」



思わず零した独白に、静香が勢いよく身を乗り出してきた。



「やっぱりそうですよね!! 英雄殿の時代と言えば、まだ能力もなければ科学技術も発展途上……!

歴史的観点から見たら、それはもう非常に──!」


「はぁ〜い、静香ちゃんステイ……。」



ガバッと千織たちを押しのけ、瞳を輝かせて圭に迫る静香。

だが、その勢いはすぐさま涼の冷ややかな手によって遮られた。


口元を押さえ込まれ、じたばたともがいている…。


さっきまで窮屈そうにしていたはずの車内が、いつの間にか奇妙に温かい空気で満ちていた。



「続きは星界評議殿でお話しましょう。まもなく到着のようです。」



令嬢の声は凛と張りつめ、空気そのものを引き締めるようだった。窓の外に視線を移すと、大通りの果てに、威風堂々とした建造物が悠然と構えていた。


かつて自分が生きていた時代で例えるなら、ホワイトハウスのような——いや、それ以上の規模感だろう。重厚な石造りの外壁は、光を反射して鈍く輝くガラス窓と幾重にも組み合わされ、都市の心臓部がここにあることを静かに主張していた。



「で、でかい…!」



思わず声が漏れる。街の賑わいも凄まじいが、この建物の圧倒的な存在感には、胸の奥がざわめく。これまで見てきたどの都市の建築とも違う、時間と権威が積み重なった重みを感じる。


車は滑るように広場の一角に降下していく。揺れひとつ感じさせないその動きに、圭は自然と感嘆の息をもらす。高度な技術の前で、わずかに背筋が伸びるのを覚えた。


令嬢は先導するように一歩先を歩き、その背中は堂々としていながらも、どこか軽やかで柔らかな印象を伴っている。圭は自然とその後ろに続く。足取り一つに緊張と期待が混ざり、心の奥底でそっと覚悟を決めた。


——ここから先、一体どんな世界の真実が待っているのか。


深呼吸を一つ、ゆっくりと胸に吸い込み、圭は足を踏み出した。


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