第一章:初めの会合
どうしたものかと悩んでいた折、ふと視線の先に、また別の二組の人影が近づいてくるのに気づいた。
一人は純白のワンピースを纏い、黄金の髪を陽光のように垂らす、まるで絵画から抜け出したような令嬢然とした女性。
もう一人は対照的に、艶やかな赤髪を後ろに束ねた長身の女。仕立ての良いスーツに身を包み、背には身体よりも大きな大剣を負っている──どう見ても只者ではない。むしろ大剣の存在感が気になりすぎて、目を逸らすのが大変なほどだ。
めんどくさい展開になりそうな気配に、ほんの一瞬思考を逃避させそうになった、そのとき。
白き令嬢が歩みを止め、静かに──しかし迷いなく、地へと膝を折った。
え、跪いた……?
「──かの御姿をこの目に仰ぎ奉ること、至上の誉れにございます、英雄様。」
澄んだ声が、厳かに響く。
衣服の汚れも厭わず、令嬢は深々と頭を垂れ、その身を捧げるように地に額を近づけていた。
遅れて、隣に立っていた赤髪の女もまた、勢いよく片膝をつき、剣を支える腕ごと地に伏せた。
……なんだこれ。
いや、本当に、なんなんだこれは。
困惑を隠しきれずにいる俺を前に、白き令嬢はさらに言葉を重ねる。
「大樹の御神体より、その御身が顕現なされる奇跡を、僅かながら目の当たりに致しました。僭越ながらも推察するに──貴方こそ、かの伝承に謳われし英雄様に他ならぬかと。ゆえに、この身勝手を承知の上で……膝を折る栄誉をお許し願いたく存じます。」
過剰なまでに仰々しい言葉。
だが彼女の声は真剣そのものであり、額からは汗が伝い、優雅に見える所作の裏で両の腕は小刻みに震えていた。
……ゲームに出てくる王様とかって、もしかして、こんな気持ちを味わってたんだろうか。
やはり訪れる静寂。
……え、これ、俺が何か言わないといけないやつ?
やばい。言葉がつっかえるというか、頭が真っ白だ。よりにもよって、こんなタイミングで目覚めるとは……おのれ、ルーメル。
ここにいない友へと恨みをぶつけながら、必死に口を開く。
「あ、あぁえっと……。くるしゅうない、面をあげよ……?」
──やっちまった。よりにもよって、偉い人ごっこみたいなセリフを言ってしまった。
いやでも、仕方ないだろ!この空気、そうするしかなかったんだから!
「……っ! か、感謝……致します。」
令嬢は小さく身を震わせながら、恐る恐る顔を上げた。その頬は、赤面に染まっている。
その姿に、こちらがかえって気まずくなる。
ふと──彼女の視線が逸れる直前、自分の身体をかすめたことに気づく。
……眠りにつく前より、明らかに鍛え上げられた筋肉。背丈も、おそらく十センチは伸びている。
誇らしく思うべきかもしれない。けれど。
あ。
後方で、小柄な少女が、必死に黒髪の少女の口を塞いでいるのが目に入った。
そうだ。最初に耳にした、あの叫び声。
……俺。
今──服着てねぇ!!!!!!!
羞恥が胸を焼いたその瞬間、反射のように生命力が奔った。
生命魔法が意志よりも早く展開され、周囲の花々や草木がざわりと揺れる。
柔らかな蔓が伸び、鮮やかな花弁が編み込まれ、まるで生き物のように俺の身体へと絡みついていく。
皮膚を覆うように葉脈が走り、花びらが重なり合って織布となり──簡素ながらも、たしかに衣服の形を成していった。
粗削りなローブ。けれど、むき出しの姿を晒すよりは幾分もマシだ。
不思議なことに、その仕立てはどこかルーメルの衣装を思わせるものだった。
意識したわけでもないのに……長く共に過ごした記憶が、手癖のように形となったのだろう。
「……失礼しました。」
言葉を吐きながら、先ほどまでの威厳を装った声色はすっかり影を潜めていた。
そこにあるのは、虚勢を脱ぎ捨てたいつもの自分。肩にのしかかっていた空気が、ようやく解けていくのを感じた。
◇◇◇◇◇
私は──それを見逃さなかった。
隣に跪く少女を横目に庇いながらも、赤髪の女は目を逸らさなかった。
かの御神体を破り、姿を現した青年。その表情には困惑と羞恥が混じり、伝説の英雄とは程遠い、人間らしい弱さが滲んでいる。だが、そのことこそ彼女をより警戒させた。
《討魔士》として鍛えられた性は、目の前の存在をただ畏れ崇めることを許さない。伝説であろうと、神話であろうと、剣を握る者にとっては敵か味方か、それだけだ。
だが──その瞬間、青年が見せた光景は、彼女の長年の経験をも容易く覆した。
周囲の草花がざわりと揺れ、絡み合い、編まれ、瞬く間に布となって青年の身体を覆っていく。
まるで神話の一場面を切り取ったように、ありふれた草花は神々しき衣へと姿を変えていった。
その異様さに、大剣の柄を握る手に思わず力がこもる。だが次の瞬間、彼女は息を呑んだ。
……《霊力》を使っていない。
能力が発動すれば必ず纏うはずの輝きが、そこにはなかった。
確かに、彼の掌に微かな光は走った。だがそれは霊力特有の煌めきではない。長年、人の数だけあると言われる、無数の霊力の光を見てきた直感が告げる──これは別物だ、と。
世界に満ちる霊脈の力ではなく、花々そのものが、青年の意志に応じて動いているかのように見えた。
まるで、この世界そのものが、彼を迎え入れ、従っているかのように。
若葉祭を目前にしたこの立春の折、御神体が破られるという展開に何者かの陰謀を疑っていた。
だが今、目の前で繰り広げられた光景は、それ以上の何か──奇跡としか言いようのないものだった。
世界が、歴史が、新たな一頁を開こうとしている。
女はそれを、討魔士としてではなく、一人の目撃者として肌で感じていた。




