序章:黒い紙
とりあえず、情報収集だ。
少しだけ落ち着きを取り戻した俺はスマホを手に取り、反射的にSNSを開いた。メッセージの通知が数件来ていたが、それらは今はどうでもいい。
画面に飛び込んできたのは、検索する間もなく目に焼きつく“トレンド”の数々。
『#黒い紙』『#能力』『#創造神』
「……うわ、なんだこれ」
思わず声が漏れた。
世界の異常が、既にバズワードとしてネットを支配していた。
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>「創造神きちゃwwwwwww」
>「最近のAI発展しすぎだろwwww勘違いくん生まれちゃうて」
>「普通に考えて技術どうこうの話じゃなくね?俺風呂入ってたんやが問答模様やったぞ」
SNSの反応は、玉石混交だった。
陰謀論を騒ぐ者、楽しげに便乗する者、恐怖や混乱を晒す者――
人間の数だけ反応があり、世界の“変容”をどこか現実感のないまま消費していた。
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>「なんか黒い紙出てきた人他にもいる?いつの間にか持ってたんだけど」
>「黒い紙開いたら特殊能力貰えるぞ!wwwwwww俺空飛べるわwwwwwww」
>「能力貰えるってマ?開けばええんか?」
>「爪が硬くなる能力……泣いていい?」
情報は一気に加速していく。
どうやら、“黒い紙”は俺だけじゃなかったらしい。
>「火を出せるようになった。嘘じゃない、家の壁焦がした」
>「『空間転移』って書かれてたけど、1センチしか動けない。バグか?」
>「“夜を裂くもの”って能力名なんだけど、カッコよすぎてビビった。これ最強きた?」
>「能力の強さに差あるっぽくね?俺の“骨を喰らう声”って何……?属性とかランクも書いてる」
次々と流れる能力報告。
火、水、風、重力、透明化。
それらはもう、ただのジョークやコラ画像で片付けられるレベルではなかった。
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>「黒い紙、開いたんだけど中に“能力名”と“ランク”、あと属性って書いてあった」
>「“流水操作(Eランク)”……水ちょっと揺れたぞwww」
>「“瞬間記憶(Bランク)”って出たけど、今朝食べた米の粒数言える。やばい」
>「“雷速歩行(Aランク)”って書かれてた俺、もしかしてやばいやつ?」
どうやら紙の中身には一定の構成があるらしい。
「能力名」「ランク」「属性」「ステータス」――
それに加え、持ち主の名前と、“説明文”のような一文が添えられているとのこと。
まるでゲームのキャラクターシートだ。
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>「“氷の召喚者(C)”って書かれてた。氷で武器出せるっぽい。自分のこと召喚者って呼ばれるの、なんか恥ずい」
>「“炎を孕む拳(D)”──とか笑ってたら、手がマジで燃えた。なんだこれ」
>「“風刃”って紙に書かれてた技名を叫んだら、本棚吹っ飛んだ。これ、俺の能力?」
>「言葉にしたら発動するっぽい。呪文か?言霊?」
>「俺は考えるだけで発動できる。発動条件って個人差あるんじゃね?」
>「紙の名前読んだ瞬間、体に力が流れ込んだ。“何か”が目覚めた感じがした」
投稿は、次第に検証の域へと進んでいた。
誰かが遊びで作った仕込みにしては、現象がリアルすぎる。
中には動画まで投稿している者もいて、その“能力”の再現度にゾッとした。
まるで、現実に異常が食い込んできているようだった。
───いや、もうとっくに食い込んでいるのかもしれない。
俺の手にも、同じ紙がある。
黒光りする一枚。何の印刷もなく、ただ静かに存在している“それ”。
そして誰もが言っている。
『開けば、能力が現れる』と。
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>「“世界は変わる”とか、創造神が言ってたらしいけど……マジ?」
>「人類、進化するのか。いや、淘汰されるのかもしれない」
目を滑らせていく中で、俺はひとつの投稿に手が止まった。
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>「窓の外に、変なやついた。服着てるっぽいけど、体のバランスが明らかに人間じゃない」
>「写真撮った。誰か見て」
貼られていた画像を開くと、街灯の下に一つの“影”が佇んでいた。
人の形を模しているようで、どこか違う。
見慣れた街並みに、その存在だけが異様に浮いていた。
それはまるで、別の世界の生命が無理やり“人間のフリ”をしているかのような、強烈な違和感だった。
思い出す。
さっき、ベランダ越しに見えた“影”。
形は違った。けれど、“恐怖”の質がまったく同じだった。
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>「お前、それもうモンスターじゃね?」
>「創造神、能力だけじゃなくて敵もくれたっぽいな」
冗談とも本気ともつかないコメントが並ぶ。
ここで、俺はスマホを閉じた。
男の声が、頭に蘇る――「創造神」?
まさか。こんな展開、ラノベだって避けるレベルのご都合だ。
でも、あの“声”は? 直接脳に響いた感覚は?
気持ち悪いほどの現実感だけが、否応なしに心に引っかかっていた。
ふと、視線を落とす。
そこにあるのは、手放したはずの“黒い紙”。
……違う。
いつの間にか、俺の手がそれを“握っていた”。
無意識に。
引き寄せられるように。
「……開けってことかよ……」
低く呟いて、俺は紙を見つめた。
その瞬間、何かが胸の奥で“確かに”始まった。
巨大な、運命の歯車が音を立てて回り出すような。
その中心に自分がいるという、奇妙な確信と共に。
(……まあ、こういう展開に憧れてたのは、否定できないけどさ)
乾いた笑いをひとつ吐いて、俺は黒い紙を――開いた。
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皺ひとつない。握りしめていたのに、まるで新品のように完璧な紙面。
そこに、白く輝く“何か”が現れる。
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「能力:生命神」
「階級:■■■」
「属性:神性/起源/概念」
「ステータス:表示不可」
※全パラメータ:人類規定の枠外に存在