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序章:再開・弟分



「……ん、よし。これで良かったのか? 兄ちゃん」



鹿嶋剛(かしまごう)──作業服姿の屈強な男が、血に濡れたモンスターの死骸を一体ずつ丁寧に引きずり、橋のたもとの一角に積み上げていく。

その動きには、粗野さと不器用さのなかに、どこか職人めいた手際があった。


圭は無言で頷き、山のように積まれた骸の中心へと、迷いなく歩み寄る。

そして、掌をひらき、躊躇うことなくその中心に──手を、深く、突き刺した。



「えっ、えぇ!? なにしてるんですかあなた!?」



後方では、助けた女性、久本日向(ひさもとひなた)がようやく剥がれきった溶岩の外皮をパラパラと払いながら、目を丸くして叫んだ。

額に汗を浮かべながら、顔は引き攣っている。いや、もはや完全にドン引きされている。……とほほ。


だが圭は、二人の反応を一切振り返らなかった。

今はただ、全神経をその先に注ぐ。


……感じる。

深く、静かに眠る、命の余燼。

そこに確かに残っている、生命の“記憶”たち。

魔性でありながら、かつて地を這い、空を睨み、血を這わせた「生」の残響が、掌に流れ込んでくる。



メキ……メキメキ……ッ。



骸の山が、軋みとともに膨れあがり、ゆっくりと姿を変えていく。

肉と骨と憎しみの残滓が、緑へと昇華されていく。

やがて、それは幹となり、枝を伸ばし、空を覆う天蓋となった。


それはまるで、天へと昇る祈りのかたち。

これまでにないほど巨大な《樹》──命の還元が、この地に根ざしたのだ。


柔らかな光が、ふわり、ふわりと風に舞い、周囲を満たしていく。

温かく、優しい。

だがその根は、枝は、葉の一枚に至るまで──

「魔」を拒む。


それは、神性の力。

否応なく浄化を促す、命の鎮魂。



「……《神聖なるアーバ・ディヴィーナ》」



圭が小さく、呟く。

静かな風が吹いた。

橋の側…かつて戦火に包まれたその場所に、新たな希望が、深く根を下ろしていた。



「………。」



「やはり、か……」



二人はそれぞれ、対照的な反応を見せた。

日向は、まるで時間が止まったように、ぽかんと口を開けたまま空を見上げたままだ。


一方の剛は、どこか静かに頷いていた。

あらゆる状況を飲み込むには、あまりに情報が多すぎたが──それでも、彼の瞳は何かを悟っているようだった。



(遠くに見えていた《樹》。……モンスターを倒して回っていた青年。それが、こいつだったんだな)



その納得は、重ねた戦いの疲労とともに、剛の身体を静かに崩れさせた。

「どんっ」と音を立てて、その場にどさりと座り込む。



「はぁああ……。疲れた……。正直、もうこれ以上能力を使うのは限界だったんだ」



肩を揺らし、息を吐く剛の額には、乾ききらない汗がにじんでいた。

その手に握られた光り輝く戦斧──使うたびに、体の奥から何かが削られていく感覚がある。

使ったことのない筋肉が強引にねじ曲げられ、重力のあるはずのない場所で力を振るうような奇妙な疲労感。


そして何より、自分の内部に眠る“得体の知れない何か”が確実に減っていくのを、剛は本能で感じ取っていた。



「ここは、安全……なんだろう? これほどの規模じゃないが、他の場所に見えていた樹にも、人が避難しているのを見た」



それは、確かに、変化の兆しだった。

この異常な世界に──少しずつだが、「理解」が広がりつつある。

能力に適応し、戦う術を持つ者たち。


《神聖なる樹》の加護。


それらが、言葉ではなく、肌で伝わってきているのだ。



「ふぁぁ……もう、頭がパンクしそうです……」



日向もぺたりとその場に座り込み、のろのろと上体を仰け反らせて空を見上げた。

額にこびりついた溶岩片がはらりと落ちる。

空に浮かぶ葉の隙間、その向こう側に見えるのは――裂け、滲んだ夜空。

まるでこちらをじっと見下ろしているかのように、不穏な圧を帯びていた。



「………。」



圭は黙って、それを見上げたまま、思考を沈める。

このまま、戦い続けていって──果たして、全員を助けることなど本当にできるのだろうか。


今この瞬間にも、誰かが死んでいる。

命が、間に合わずに失われている。


心の奥が、静かにざらつく。



……と。



その時、突如として地鳴りのような音が響いた。

怒号かと錯覚するような──足音。



「なんだ、また化け物か!? ここは安全なんじゃっ……」



剛が警戒の色を浮かべ、戦斧を再び握りかけた──その直後。



「だぁあああ!!☆」



ずぅぅん!!!



空気を押し割るように、石の巨体が上空から降ってきて、圭の目の前にドンと着地した。



「たぁあい!!」



「イッシー!!」



叫ぶよりも早く、圭の胸に感情があふれ出す。


命を吹き込み、力を授けた存在。

その姿は、今や“使い魔”という域を超えていた。

家族のように、愛着が芽生え始めていた。



「会いたかったよ。……ていうか、明らかに姿、変わってない?」



そう、かつては掌に乗るほどの岩の塊だった。

だが今では、膝ほどの高さにまで成長し、身体の各所には黒曜石のように黒く艶めく鉱石が埋め込まれている。

そして何より──彼は、誇らしげに胸を張っていた。

圭の表情が、自然と綻ぶ。



「敵……じゃ、ないんだよな。……ゴーレム?」



「あがっが、あがご」



剛は再び腰を抜かし、日向は驚愕しすぎて、もはや顎が外れているかのようだった。


本当に外れていないか、確認すべきかもしれない。

……面白い人だな、この人。


そして以外なことに、日向の方へと意識を向けたのは、他でもない。


イッシーだった。


のしん、のしん──と、岩の巨体がゆっくりと近づいていく。

そのたびに地面がわずかに揺れ、周囲の砂粒が小さく跳ねる。



「あ、あげっ……あ、あい……!?」



日向は、困惑を通り越して、もはや絶句寸前だった。

まだ顎が完全に戻っていないのか、言葉もまともに出てこない。


額に汗を滲ませ、白濁した瞳がイッシーと圭を交互に見つめている。

見るからに心の整理が追いついていない。


だが、そんな彼女の戸惑いなどどこ吹く風。

イッシーが興味を示したのは、どうやら日向本人ではなく、その身体にまとわりつく「溶岩」の方だった。



「んんん……たぁい……」



ごつり、と音を立てて地面の欠片を拾い上げたイッシーは、興味深げにそれを見つめると、

自分の右肩にぎゅうっと押し当ててみた。


……が、じゅぅう、と熱をはじくような音。


小さく身を引き、肩を振るわせた。どうにも相性が悪いようだ。



「たい……?」



しばらく考えるように動きを止めていたイッシーだったが、

やがて何かを思いついたように、手に持った溶岩片をぐいっと圭に差し出してきた。



「たい! たぁあい!!☆」



その仕草に、なぜか圭はすぐに意味を理解した。

直感というより──言葉を介さずに、感情が流れ込んできたような感覚。



(……なるほど。弟分が欲しい、ってことか)



あの時、初めて無意識に使った“あの力”。

《命を吹き込む力》。

それは生命神から授かった力のほんの一端にすぎない。

だが、あまりに本質的すぎて、圭はどこかで、その使用を本能的に避けてきた。

軽々しく使うものではない気がしていた。


躊躇い。畏れ。あるいは……微かに記憶の底から滲む、言い知れぬ背徳感。



けれど、今。



その力を、イッシーが“求めている”。



「……わかったよ、イッシー」



この小さな巨人も、きっと一人で頑張ってくれていたのだ。


避難してきた人々から“石の守り神”の噂を耳にしたとき、圭はうすうす感づいていた。

あの静かな働きの裏に、確かな意思があることを。


そっと、イッシーの掌から溶岩の欠片を掴み取る。



「……あっつ……!」



じゅっ、と掌から白い煙が上がり、皮膚が焼け、裂け、ただれ、肉が焦げる。


だが───それでも離さなかった。


再生の力はある。

しかし痛みは、ちゃんとそこにある。

それすらも、今の集中を妨げることはなかった。


命を吹き込む。

その意味を、圭は今、ようやく腑に落とし始めていた。



(……きっと、これこそが《生命神》の本懐。だからこそ、俺は怖れていたんだ)



意志を与える。感情を与える。存在の“核”となるものを注ぎ込み、生の定義にその形を刻む。


圭の周囲に散っていた溶岩の破片たちが、まるで意志を持ったかのように震えだす。

そして集まり、形を作り、中心へと集束していく。

圭の掌から放たれた光が、それらを優しく包み──



しばしの静寂。



やがて。




「ごぉぉお! ごん!!! ^_^」





ずぶんっ、と音を立てて、地面から赤黒い液体が噴き上がる。

それは、溶岩の池のような半球体から、にゅるりと上半身だけを浮かび上がらせる──奇妙な、そして、どこか愛らしい存在だった。


謎にマッスルポーズを取るそいつの顔は……何故か満面の笑みで、にこにこしている。



(やっぱり、笑ってるよね……?)



下半身は地面に埋まり、粘性のある、どこか頼りないフォルム。

けれどその眼差しはまっすぐで、確かに“生まれた”意志を感じさせた。


イッシーが横で、誇らしげに腕を組んで頷いている。



───どうやら、マッスルポーズが気に入ったらしい。




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