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バッドエンドしかない乙女ゲームをハッピーエンドに導くのは異端ですか?

Eroded(イロ―ディッド) hearts(ハーツ) 〜悲しき運命の定め〜」通称イロコイ。

私が最近までハマっていた乙女ゲームだ。


知名度はあまり無いものの、コアな人気を誇るこの作品は

何と言っても「バッドエンドしかない」というそのストロングスタイルが売りである。


でも私はバッドエンドが嫌い…

いや!言い方を変えよう!私は極度のハッピーエンド厨なのである!

だから、主人公の「リリー」や攻略対象達が少しでも報われるifを妄想するのが好きだった。


「だった」と過去形なのは作品を嫌いになったからではなく


「サクラ、本当に大丈夫?まだ記憶がおぼつかないと話していたけれど」


「大丈夫ですわ!『リリー』様!」


この作品のモブとして転生してしまったので

妄想では無くなってしまったからだ。


私は「転生者」、

これから何が起きるかも知っていて、攻略対象の事もよく解っているつもり。

そう!今なら妄想を現実に出来る!

リリーを襲う数多くのバッドエンドから、守ってあげる事が出来るかもしれない!


時期的にはゲーム開始から少し後の最序盤…まだ主人公や攻略対象達が関係値を築いていない頃。

エンドを塗り替えるにはまだ十分な時間がある!

待ってなさい、絶対にこのゲームをハッピーエンドに導いてやるんだから!


ーーー


しかし、私は運が良かった

目が覚めて右も左も分からない所をリリーに保護され、

とんとん拍子に最近辞めたお世話係の後任になれて、

しかも作品の舞台である「エリア魔法学校」にも入学させて貰えるなんて!


前任の子の顔は見た事がある。

眼帯を付けた黒髪の美人メイド…モブにしては可愛いデザインだと思っていたけど

まさかそのポジションに就くことになるとは。


「聞いてる?サクラ」


私はリリーの声にはっとする。


「な、何でしょう」


「貴方の様子が少し心配なの…今だって少しボーッとしているみたいだし

しばらくは私が傍にいるから、変な人とは極力関わらない様にね」


ああ、何ていい人なのかしら!身元も解らない私を拾って雇ってくれただけでなく、

こんな親身になってくれるなんて…!


こんないい人をバッドエンドルートになんか行かせない!

と、決意するのは簡単だけど…

まずはリリーが誰のルートに入ってるのかを確かめないと阻止のしようも無いのよね…


私が頭を悩ませていると、誰かがリリーの肩をポンと叩く。


「きゃ!?」


リリーの小さい悲鳴に私は思わず身構えるが、肩を叩いた人物の顔を見て

思わず顔をしかめ肩を落とした。


「ウィリアム・オーウェン」

作中屈指の軟派男にしてエリア魔法学校の生徒会長

比較的最初からヒロインの好感度が高く攻略難度の低い攻略対象…

と思いきや中盤から急に塩対応になって攻略が難しいキャラだ、

通称「初心者殺し!」


「すまない!驚かせるつもりは無かったんだ!今日も私の『光の巫女』は

 美しいなと思ってね」


「もう…触れる前に声を掛けて下さいね、生徒会長」


まだこんなに気さくに話しかけて来るって事は、きっとルートには入ってないわね。

彼に関しては深入りしなければバッドエンドの道は辿らないはず…


「リリー様、急がねば授業に遅れてしまいます」


私は会話が続かない様にリリーを急かし、ウィリアムに軽くお辞儀をする。


「そ、そうね!ごきげんよう!」


リリーは私の手を引くと駆け足でその場を後にした。


「正直ね、まだ殿方との関わり方が解らないの…

 早く『真実の愛』を見つけなくてはいけないのに」


「彼と無理に関わったところで遊ばれるのがオチです、

 誰にでもいい顔をする必要は無いのですよ」


『真実の愛』…それは彼女の能力を発現させるトリガーになり得るもの。

しかしその正体はゲームをやり込んだ私でさえ曖昧で不確かな条件だ、

攻略対象によっては最後の最後まで発動しない事もあった程である…

そんな物に悩まされるなんて、彼女が不憫でならない。


校門を抜けて暫く歩いた後、人だかりが教室への道を阻む。

「いる」んだ!あの人だかりの中に攻略対象が…!


「リリー様よ」


人だかりがリリーを確認すると、海を割ったようにさっと二つに割れ、中心にいた人物の顔が確認できた。


「ルカ・フェリシアーノ」…隣国の王子で線の細い美青年

理由は解らないが、シャイなのかリリーに中々心を開かず

恋が実るのはルート最終盤の死に際という攻略し甲斐があるのかないのか解らないキャラクターだ。


「やあリリー、今日はいい天気だね」


「ええ、朗らかな気持ちになれますわ」


一方は金髪の美青年、一方は銀色の髪の美少女…なんて絵になる二人なのかしら

しかし二人はそれ以上会話を続けることも無く軽い会釈をするとお互い別の方向へ去ってしまう。


「あのお二人、あんなにもお似合いですのに全く親しくなさそうですわ」


「私達としては助かりますけれど…」


モブの女子生徒達がひそひそと呟く。


いくらお似合いでも仲がいいかどうかは別、か…

ルカの攻略難易度はかなり高い、あの方も放っておけばルートに入る事はまずないでしょう。


残る大きな問題は…「あのルート」

結構簡単にイベントが発生しちゃうから阻止したいのに

そのきっかけとなる人物が登校してこないのよね。


リリーと別れた後教室に入ると、やけに教室が騒がしいことに気付く。


「おい…アベルだ…」


「げー、私もう帰ろうかな」


「アベル・ホーキンス」…!登校してる!同じクラスだったんだ

幼馴染で唯一彼を気にかけ続けたリリーを裏切る悪い奴!

一応攻略対象ではあるものの、パラメーターの上げ方が解らない初心者は大体この男のバッドエンドルートに巻き込まれがち…!

しっかり警戒しておかないと!


「ごきげんよう」


私が笑顔で挨拶すると、彼は不思議そうな顔をしながら会釈する。

リリーの命を奪いかねないあの男をいつか何とかしなきゃね


あ、まずい!こっち見た!

不審な視線送ってたのバレたかな?


ーーーーーーーーーーーー


授業が終わり、私はアベルを目で追った。

リリーとの約束が無ければ後を付けでもして悪巧みを止めてやりたいが、

彼女を待たせるわけにはいかない。


急いで席を立つと、鞄を持って扉へ向かう。


「ねえサクラさん!ちょっといいかしら」


教室を出ようとした瞬間、女子生徒達に声を掛けられる。

あまり話したことの無い面子だ…何の用だろう?


「これからリリー様と合流しなければいけませんの、また今度」


去ろうとする私の腕を掴むと女生徒は


「つれないなー、ちょっと話すだけじゃん?」

そう言って私の腕を強引に引き、何処かへ連れ出した。

振り払おうにも他の女生徒達がブロックしており動けない


「ちょちょちょ、ちょっと!やめて!」


抵抗虚しく連れ行かれたのは、人のいない校舎裏だった。

まずい…これってもしかして()()()()


「あんたさー、『光の巫女』の新しいお付きなんだってぇ?

 前任が辞めた理由聞いてるよね?

 なのに後任努めるとかご立派~」


「り、理由…?怪我としか聞いておりません」


「きゃはは!マジ笑える!最後まで言わなかったんだあいつ!」


彼女達はそう言って笑った後


「前任は、私達に潰されたんだよ」

と一人が耳元で囁く。


なんですって…!?「階段から落ちて怪我をしてしまった」としか聞いてなかったのに…!

大方、この女達に脅されて真実を話せなかったんだわ


「あんたも知ってるでしょー?

 光の巫女をよく思ってない人間がこの学校に沢山いる事…

 私たちもちょっと色々頼まれちゃってるんだよねー!

 これ、何か解る?」


「…薬…ですか?」


「正解!これは高純度の惚れ薬なの!

 飲んだ人間は丸1日眠った後初めて見た対象を好きになる…

 正直相手は誰でもいいから、

 これをあの女に飲ませて能力の発現が見込めるかどうか確かめて欲しい訳」


惚れ薬だあ!?そんなもんで「真実の愛」が見つかったらたまったもんじゃないわよ!

…でもないとも言い切れない、か…ゲームでは特に言及の無かった部分だし。

どうする!?逃げるか、大声で助けを呼ぶか…!


「無理ならいいよー?前任と同じで『やる』って言うまで痛めつけるだけだもの

 ほーら、可愛い声で喚きな!」


彼女の拳が私の腹部に衝突すると思い、固く目を閉じたその時、


「へべう!」


と情けない声と地面に「ドサッ」と何かが倒れ込むような音がする。

私は恐る恐る薄目を開けると、女子生徒達を猫のような金色の目が鋭く睨んでいた。


…アベル…?


「君達、こんな所で何してるの?リリーの友人に手を出すなんて良い度胸じゃないか」


彼はそう言うと彼女たちににじり寄り、


「俺の噂、知ってるよな?あんたらも闇の魔力を伝染(うつ)されたくなかったら消えな」


「そ、それって噂は本当って事…!?」


「…」


彼女達の問いに答える代わりにジッと相手を睨む。


「すみませんでしたー!」


女子生徒達は一人怪我した女子を抱えるとそのまま走り去っていった。


「…あの」


私は言葉に迷ってしまう。

助けてくれた…みたい

だけど…でも、この男は悪い奴だった筈。


「別に礼なら言わなくていいよ、女に容赦なく攻撃する屑となんか話したくないだろ」


仮面の様な冷たい表情に戸惑いながらも、

立ち去ろうとする彼の腕を咄嗟に掴む。


「そんなことない!助かりました!ありがとうございます!」


彼はかなり驚いた様子で私を見ると、


「話聞いてなかったのか?俺の噂は本当なんだ

 『闇の魔力』に触れてしまってから後継者争いからも外されてね

 君も伝染(うつ)されたくなかったら近付かない方が良い」


そう言って眉間に皺を寄せ、

都合の悪い物を隠すかのように黒く染まった右手を左手で覆った。


「闇の魔力」それはこの作品の世界観を構成する上で重要なワード…

この世界の魔法使い達は一度「闇の魔力」に触れてしまうとゆっくり体を蝕まれて魔物に変化してしまう。


アベルも同様にその魔力に蝕まれ、その恐怖から逃れる為これから罪を犯す事になる。


油断しちゃいけない、本編で何度こいつに騙されたか分からないもの!

…でも…助けてくれた事実は揺るがない。

そうよ、気を許した訳じゃないわ…!今回の件には感謝をしたいだけ…!

黙って逃げるのは私の性分に合わない!


「近くにいるだけでは闇の魔力は伝染(うつ)りません

 それは学のない者が流したホラ話ですから

 魔力は精神に大きく影響します、安らかに過ごすことが出来れば

 回復するケースもあるんだとか…

 …いつか、あなたの穢れが癒されますように」


私は振り絞った勇気をそのまま声に乗せ、深く彼にお辞儀をすると

ゆっくりとその場を立ち去った。


緊張した…!緊張した…!それにあんまり好きなキャラじゃ無かったけど近くで見たらすごくかっこよかった…!

何で助けてくれたんだろう?私がリリーの従者だから?


ーーーー


「もう!心配したのよー!」


私が家に帰るや否や、リリーの熱い抱擁を受ける。

かなり心配させてしまったようだ…

でも、無事でめでたしめでたしとは行かない、

「前任」の事についてリリーに伝えないと。


涙目で微笑むリリーを引き剥がし、私は

前任のことについてとアベルに助けて貰った事を彼女に告げた。


リリーをアベルに関わらせていいのか?という部分にはもう答えが出ている、

アベルのイベントはリリーへの好感度が一定数無いとリリーが死亡するバッドエンドに入ってしまう。

裏を返すと好感度を十分に確保しておけば、イベントのフラグが立っても命を落とすのは…


一瞬、アベルの驚いた表情が脳裏に過る。


…私だって彼に死んで欲しい訳じゃない。

もし、死ぬのがリリーかアベルかと言う話になった時

罪を犯した方が罰を受けるのが妥当だ、と

そう…そう思っているだけ…


前任の話を聞いた後、リリーはとても暗い面持ちで

「怪我が多いとは思っていたけど、気付けなかったわ」

と肩を落とす。


きっと真実が伝えられない分主人に迷惑をかけまいと上手い事隠していたのだろう。

ゲームプレイ時には可愛いと思っていたあの眼帯の意味を考えるだけで痛ましい。


「私を良く思わない人間が沢山いるのは知ってる

 それにこんな不安定な状態のあなたを危険に晒すわけにはいかない

 いつもアベルに助けてもらう訳にもいかないし

 学校への同行は中止に…」


「だ、だめ!それはだめです!」


彼女が言い切る前に止めに入る。

舞台が学校である以上そこに介入できなくなったらハッピーエンドへの誘導がかなり難しくなっちゃう!


「強く…なります!私…!」


私があんな輩を吹き飛ばせるまでに強くなれば…!関係ない!


ーーーー


と、決心したはいいものの…

次の日の夕方には私の心は折れかけていた。


「私、才能なさすぎ」

寂れた図書室で一人、力なく呟く。


忘れてたわ…この世界ではモブとネームドじゃ魔法の素養にかなり差があるって事…!

いつもリリーを操って魔法の修練してたから感覚バグってたけど、

普通はあんな簡単にレベル上がらないんだなあ。


物を浮かせる簡単な魔法ですら満足にこなせない…非常にストレスだ。


浮け、浮け…!

消しゴムを睨みながら念じていると、ふわっと消しゴムが浮き上がる。


やった!でき…!


喜びそうになったのもつかの間、背後に気配を感じて振り返ると、

そこには今見たくない男がニヤつきながら立っていた。


「何のつもりですか、アベルさん」


「君の魔法が成功したのを微笑ましく眺めていただけとは思わないの?」


「…これは独り言ですが…!魔力を使うと多かれ少なかれ進行します

 こんな冗談みたいな事で魔法を使わないで…!」


私が言うと彼は楽しそうに笑いながら隣の席に腰掛ける。


「この程度大した魔力消費にならないよ、

 …君、特に名門の出でも無いのに魔法の練習?泣けるじゃん」


この世界では血統が大きく魔力に影響する。

私みたいなモブがその恩恵を受けているとは到底思えない、

恐らく転生前の私に毛が生えた程度しか素養は無いのだろう。


「からかいに来たんですか?次にお前をいじめてやるのは自分だとでも」


「そんなつまらない事しないよ、困ってるなら教えてやろうと思ったのさ」


彼はそう言って一冊の本を私に差し出した。


「君の魔力、どっからどう見ても数値に直したら0.1とか…本当に微々たる位しか感じない

 例えばだけどその物を浮かせる魔法は魔力が『1』いるとする

 君の場合コストが足りないから実行できないんだよ」


「…だから諦めろと」


「違う、魔力は修練でかさ増し出来るんだ

 そのやり方が書いてあるのがこの本…児童向けだけど

 俺が見てきた中では結構わかりやすくて練習効率も高い方」


…しかし、ゲームでもリリーがこんな事やってるの見た事無いし…私を騙そうとしてるんじゃ


「もしかしてリリーを基準に考えてる?

 あの子がこんな事してるの見た事無いって」


「え!?」


何故バレた!


「そりゃ生まれつき魔力が10万とか20万くらいある奴なら

 大元を増やす努力じゃなくて使う努力をするだろ?

 レアケースの方を参考にするなよ」


な、なるほど…

私は彼の差し出してくれた本に目を落とす。

呼吸法とか瞑想とか、結構簡単な事が書いてあるしこれなら私でも出来るかも!


「あり…がとう…ございます

 何故特に話したことも無い私に親切にしてくれるんですか?」


「君がリリーの友達だからってだけじゃ納得いかない?

 リリーの能力…君も知らない訳じゃないだろ

 今の内に恩を売っておきたいんだ、

 彼女の能力が発現すれば俺もこんなものに怯えなくて済む」


彼はそう言って右手を抑えながら拳を握る。


…リリーの能力…光の巫女の力は

「闇の魔力の浄化」だ。


要するに魔物になる時間を刻一刻と待っている様な魔法使い達を救うことが出来るのが彼女であり、

「光の巫女」と称えられる理由。


この飄々とした彼が「魔物になっていく事への恐怖」や

「周りが離れていく事への憔悴」を原因にリリーを裏切ったのかと思うと

どれだけ追い詰められていたかが分かる。

…だからと言って許せるわけでは無いが…


私は席を立つと、


「アドバイスは素直に参考にします、それでは」

と言って彼にお辞儀した。


「あ、そうだ…これもやる」


彼はそう言うとポケットから鈴を取り出す。


「なんですか?これ」


「お守りらしいぜ、今日授業で作らされた」


要は不用品を押し付けて来たって事か…!

彼がだらんとした鈴の根を持つと、鈴は聞こえるか聞こえないかくらいの音を発している。


「この鈴、何故勝手に動いているのですか?」


「悪しきものに反応するみたいだ、俺とか」


「…まあ、貰っておきます

 あなたが邪魔して来ても分かる様になりますから」


私はそれだけ言い捨ててその場を後にする。


彼…なんか…ゲームの印象と違う…

いい人…じゃない?助けてくれたり色々教えてくれたり

いやいや!騙されちゃ駄目!あんな奴裏で何企んでるか分からないんだから!


ーーーー


「まずは瞑想…目瞑ってるだけでいいんだもんね」


自室に戻った私は早速本に書いてある事を実践してみることにした。


目を閉じて…息を吸って…吐いて…うん…何かこれ凄く落ち着くかも

体に微かに渦巻く「何か」を感じながら私は息を整える。


何か、今なら…今なら何か浮かせる気がする!

私は胸ポケットに入れていたペンを取り出すと、杖をかざし振り上げた。


「浮いたー!」


やった!できた…!

一日でマスターできちゃうなんて、私意外と才能があったり!?

モブだけど実は名門貴族の出だったりするのかも!


よーし、やる気出て来た!別の方法も試してみよう!

他には…ふんふん…これなんか良さそう!

寝る前にできる修練…呼吸を整え考えを整理する事で寝てる間に魔力が増える!

今ちょっとやっただけで0.1が1になったんだもの!

寝てる間に増えるなら明日の朝にはすっごく魔力が増えてるんじゃない!?


私はうきうきでベッドに潜り、

本に書いてあった文言を頭の中で復唱した。


呼吸を深くして…階段をどんどん下っていく自分を想像する。

下には大きな光があって、それに向かって進んでいくような感じ…


うわ…これ…すごい…!すっごく…!

よく眠れそう…!


・・・・・・・


『いいから見せなって!』


これ…夢…?


この子はモモちゃん…入学した時は一番の仲良しだったのに

1年の2学期くらいから急に仲が悪くなった子…

これはきっと前世の記憶だ。

この世界に彼女はいないもの。


階段前で口論する私達、そして

モモちゃんの手が私の肩に当たると、私はそのままバランスを崩して


落ちた。


『染岡さん…!何してるの!』


先生の声が響き、モモちゃんが急いでこちらに駆け寄る。

…何か言ってる…けど

ぼやけて聞こえない…


眠い…

記憶の中の私は、ゆっくりと目を閉じた。


『可哀想に』


…これは…

何の記憶だろう?

誰かが私を見て、何か呟いている。


『君に転生者としての力をあげる…

 とは言っても万能じゃないから、

 絶対に無駄使いしちゃだめだよ』


…はっ


…朝…間違いなく「イロコイ」の世界の光景だ。

さっきまで見ていたものが夢だったのだろう、私は何となく安堵して

そっと胸を撫で下した。


今日は休日、学校は無い。

そういえばメイド長から買い出しを頼まれていたっけ、

朝市で調達してくるか!


支度中、私は自分の顔を見つめて考えていた。

転生者としての力…アニメとか漫画でよく聞くやつだけど

夢の中の誰かが言ってたように、私にもあったりするのかな?

もしそうならどんな能力なんだろう?

皆を簡単にハッピーエンドに導けちゃうような万能な物だったらいいのに。


…ま、そもそも魔法の素養がない時点で高望みですかね…


結局寝てる間に魔力は大して増えておらず、

物を2つ浮かせたらおしまいというしょぼい結果だった。

近道は無い、コツコツと行こう!


私は意を決して朝の市場へと出向き、買い物をそこそこに済ませると

早く帰る為に近くの森を抜けて帰ることにした。

朝の森は静かだし空気も澄んでていい、

リリーの家があるこの一帯は割と栄えているから、たまにはこんな自然に触れるのも悪くないわね。


帰路を進んでいると、キーキーと動物のけたたましい声が耳に入る。

鞄に付けていたお守りも微かに音を上げていた。

なんだろう?縄張り争いかな


私は興味本位で声のする方を覗いてみる。

そこには黒い煙に蝕まれた子うさぎと、それを威嚇しているうさぎ達がいた。


あれ…!見た事ある、闇の魔力じゃない?

動物にも感染するの!?


可哀想に、威嚇しているのは親だろうか?

あのままじゃ子うさぎは孤立してすぐに命を落としてしまう…


威嚇していたうさぎの1匹が、必死に近寄ろうとする子うさぎに襲いかかる。


「駄目!」


私は何故か身体が勝手に動き子うさぎを庇ってしまった。

やば…!静観してるつもりだったのに!


うさぎ達は私を見て面食らうと、どこかへ蜘蛛の子散らすように逃げていく。


…やっぱり、闇の魔力だ

残された子うさぎの後ろ足を蝕むそれを指でなぞる。

お守りの鈴の音が「それ以上近付くな」と言わんばかりに鳴るが、

子うさぎは逃げようともせずその様子を震えながら眺めていた。


何故か、昨日の右手を抑えて拳を握る彼の様子が頭に浮かぶ。


「助けてあげられたらいいんだけどな」


なんの気なしに呟いた言葉に応える様に、

私の指先が子うさぎを蝕む黒い煙を吸い込む。


「きゃあ!」


背筋がゾッとして、何かに脅されたような恐怖感が襲う。

まさか、触れてしまったの…?闇の魔力に…!


私に闇の魔力を吸われた子うさぎは、何事も無かったかのように元気に草むらへ戻って行った。


おかしい、闇の魔力は触れても近くにいても伝染(でんせん)しないはず…

それに億が一伝染(うつ)ったとして、うさぎの闇の魔力が消えてしまった説明がつかない。

これじゃまるで


「吸収したみたいじゃない」


自分の放った言葉に思わず身ぶるいする。

まさか…まさか私、闇の魔力を吸収する能力を持ってるの?


もしそうなら最悪だ、完全にリリーの下位互換の能力じゃない!

例え誰か救えたんだとしても、誰かの代わりに私が魔物になってしまうだけ。

そんなの…やだ


襲ってくる恐怖感や不安感を退け、「まだ確定した事では無いのだから」と自分に言い聞かせながら私はリリーの待つ屋敷に戻った。


「げ」


仕事終わりの浴場で、私は見たくないものを発見してしまう。

あの子うさぎから貰った「闇の魔力」は、胸のあたりにほくろぐらいの大きさで残ってしまっていた。


「まあ、この程度なら他人からはバレないか」


私が呟くと「誰かいるの?」という澄んだ声が聞こえて来る。

声の方へ振り向くと、リリーが不安そうに立っていた。


「リリー様…何で?」


「何だ…サクラなら大丈夫ね

 私の部屋にあるシャワー室、調子が悪いの

 使用人の浴場を使わせて頂戴」


彼女はそう言って体を流すと湯船に浸かる。


「サクラは?入らないの?」


「…お邪魔します」


「ふふ、もしかして緊張してる?

 確かに私もメイド長とかに裸を見せるのは少し抵抗があるけれど…」


「私は誰に見られるのも得意じゃありません」


「そういえばサクラ、

 この前魔法の修行をすると言っていたけれど上手く行ってるかしら?」


「ん…多分リリー様が想像している10分の1くらいしか…

 私、魔法の素養が殆ど無いようです」


「あなたは身元も良く分かっていないくらい記憶もおぼついていないんだもの

 例え素養があってもそんな状態じゃ魔法を扱うのは難しいわ

 精神と魔力は影響し合ってる、あまり無理はしないでね」


「大丈夫ですよ!結構タフなので!」


「そう!…私も頑張らないとね…!早く『真実の愛』を見つけて

 光の巫女の能力を発現させないと…!」


彼女は少し引きつった笑顔を私に向ける。

世界の宿命をこんな女の子に背負わせてるなんて、改めて残酷な設定よね…


「あまり思いつめませんように…

 リリー様こそご無理をされてるように見えます、

 焦る必要はないんですよ」


「…」


「リリー様?」


「…あ、あなたは記憶が無いからそんな事が言えるの!

 闇の魔力から救われたい人間の多さを知ったら、そんな無責任な事…!」


私の言葉にリリーが声を荒げる。

しまった、流石にデリカシーが無さ過ぎた…!


「申し訳ございません!私はこれにて」


私は彼女の顔を見る余裕もなく深くお辞儀をすると、足早に浴場を出た。

明日もう一度謝らなきゃ…!

あの優しいリリーを怒らせるなんて私はなんて馬鹿なことを!


翌朝、リリーは案の定私の顔を見て視線を落とす。


「リリー様、昨日は大変失礼致しました!」


「いいわ、気にしてない…早く登校しましょう」


言葉ではああ言ってるけどきっと気にしてるよね…

この世界にとってリリーは唯一の救い、リリーだって闇の魔力に蝕まれている人達の事を思って胸を痛めている筈なのに。


「魔法生物」の授業を終えると、いつもの癖でリリーの元に向かいそうになった足を止める。

「今日は迎えに来なくていいわ」と言われていたのを思い出した…

ああ、どうやったら許してもらえるんだろう。


「ねえ、サクラさんってあなた?」


絶望しながら植物園の魔法植物達を眺めていると、上級生らしき人に声を掛けられる。


「そうですけど…」


「ミュラー先生は解るかしら?『魔法占星術』の…

 彼から『サクラさんを呼んできて欲しい』って頼まれたの、

 ほらこれ手紙」


ふむ、確かに彼の字だし彼の封蠟だ。

しかし何の用だろう?私は普通に授業を受けていただけなのだけれど…


「ありがとうございます!すぐに向かいますわ」


私は手紙を確認すると、彼の指定した教室まで足を運んだ。

旧校舎…何でこんな場所に呼び出されたのかしら?


「ミュラー先生、いますか?」


私が声を上げると、咄嗟に何者かに口を塞がれ、

鞄に付けていたお守りの鈴が今までに無いくらいに騒がしく鳴る。


「くっ…何だこの魔道具は!やかましい!」


私の口を塞いだそいつは、訝しげに言うと鈴を炎で焼いてしまった。


「やあ…君がサクラくんか

 顔と名前が一致していなかったが確かに覚えているよ」


あれ…ミュラー先生本人…?


「何でこんな目に遭っているか解らないって顔をしているな

 単刀直入言おう、君は『光の巫女』の従者らしいじゃないか

 私は彼女に大きな不満を抱いていてね…」


彼はそこまで言うと長い前髪をかき上げ、髪に隠れていた「黒い痣」を私に見せた。


「ーっ!」


「はは、察したようだ!

 あの女…もう年頃だというのに『真実の愛』を見つけるどころか

 この学校にいる如何なる美男子にも興味を示さないらしいじゃないか!

 私は半年前からずっと…ずっと救いを待っていたんだぞ!

 これ以上進行が進めば

 闇の魔力の感染者だとバレて教師を辞めなくてはいけなくなる!」


この男、かなり侵食が進んでる…?いつも黒装束で露出の少ない服装だとは思っていたけど

顔を除く殆どの部分はもうダメなのかもしれないわね。


「この薬、見覚えがあるだろう?

 これをあの女に飲ませなさい、そうすれば君に危害は加えないよ」


これは…!前に私を襲った女生徒が持っていた惚れ薬だ!

なるほど、彼女たちをけしかけたのもこの男だったわけ…!

私は彼の手を思いきり噛むと、その隙に彼の体を強く突き飛ばす。


「ふざけるなこの不敬者!どこまでリリー様を愚弄すれば気が済むのですか!」


「愚弄等していない!

 それこそ、この哀れな我々を愚弄しているのは光の巫女の方じゃないか!

 あちらにとってはただの恋路でも、

 こちらからしたら深刻な問題なんだ!

 何の努力もしないあの小娘が誰かを好きになるのを気長に待てと言うのか!

 何故そんな残酷な使命を私たちに課す!?」


この状況…かなり分が悪い

相手は教師だ、魔法の素養が無い私が戦ったって痛い目を見るだけ。

先程確かめたが出口には錠鍵がかかってる、逃げるのも難しいだろう。


「まあいい、反抗するなら素直になるまで痛めつけてやればいいのだから

 さあその威勢、どこまで持つかな?」


私は額に流れる汗の冷たさを感じて、生唾を飲んだ。


ーーーーーーーーーー


時は少し遡り、サクラが旧校舎に向かった頃

リリーは植物園でサクラを探していた。


…サクラ、今日は生物の授業で終わりだと言っていたのに…何処に行ったのかしら。

あんな態度を取ったせいで傷つけてしまったのかもしれないわ。


私が苛立たしいと思ったのはあの子の言葉にじゃない、

「焦る必要はない」と言われて安堵してしまった自分が情けなかっただけ。


サクラは出会ってからずっと、私を「光の巫女」と呼ばなかった変わった子。

それが何処か嬉しくて傍に置いてしまった事も、

かけられた言葉に「嬉しい」と思ってしまった悔しさで遠ざけた事も

全部私の都合なの、だから謝るのは私の方

彼女に会えたら全部伝えるんだ、そう思っていたのに…!


「はあ…はあ…!どこにもいないじゃない!」


目撃証言を頼りに色々な場所を周ったけれど、彼女の姿は見つからない。

思えばサクラは外見的特徴が絞りにくいんだわ、何か目立つ髪飾りでも付けさせておくんだった!


「あれ、リリー?何してるのこんな場所で」


「あ…なんだ…アベルか…」


「なんだとはご挨拶だな」


「私の従者…解る?ブルネットで三つ編みの…!

 あの子を探しているんだけど…見てない?」


「君も探してたんだ」


「…え?」


「いや、何でもない…彼女のいる場所に心当たりがある、君はここで待ってて」


ーーーーーー


「なかなか我慢強いじゃないか」


暗闇の中、私は10分程彼に痛め付けられ続け、

そろそろ疲弊し始めていた。


…いつ飽きてくれるのだろう?と言う私の思いも虚しく、


「次は骨でも折ってみるか」


と彼が呟いた。

ああ…神様…!折られてもすぐ回復できますように…!


私が覚悟を決めた時、

鈍い音が耳を貫き、教室のドアが勢い良く吹き飛んだ。


「な、何事…!?」


「やっぱりいた」


「アベルさん!?何でここに…」


「鈴、渡したろ?破壊された場所が何となく解るようになってんだよ」


「そん…なもの授業で作れるんですか…!?」


「…」


何で黙るのよ!


「ホーキンス…!

 噂で聞いているぞ?貴様も闇の魔力に触れたそうじゃないか!

 私と同じ立場であろう、なぜ邪魔をする!」


「俺の事はいいでしょう、

 何にしてもあんたはここでお終いなんだから」


アベルがミュラーに攻撃魔法を当てると、ミュラーは壁まで吹っ飛びそのまま床にへたり込んだ。


「あ…」


彼の姿を見て、私の頬に一粒の雫が伝う。


「悪い、助けに来るのが遅れて…泣いてんの!?」


「ごめんなさい…!魔法…使わせて…!」


なぜまた彼が私を助けてくれたのかは解らない。

でも先程の魔法は確実にかなりの魔力を消費したはずだ。


彼の手を見ると、侵食部分は右腕の肘に届くくらいに肥大化していた。

そこでふと思い出す、あの子うさぎの事を…


私は彼の手を握ると、祈る様に目を閉じる。


「君、何して…」


すると期待していた通り、彼の黒い穢れを私の手が吸収し始めた。


「まさか…闇の魔力を吸収してるのか?」


震えた声で言うアベル。

私の首筋には、あの時とは比べ物にならない程の強い恐怖感と不安感が伝った。


「…!」


「おい!その辺にしとけ!何で君がこんな事する必要があるんだよ!」


「私だってわかんない…!

 だけど…だけど私…!リリーにもアベルにも死んで欲しくないの…!」


「…は…?」


蝕まれていく右手を見て、やっと彼らの気持ちが少しわかった。

この体に渦巻くこの「闇」は、有るだけで凄まじい程に心を不安にさせて来る。

バッドエンドルートを辿ったアベルも、床で伸びているあの教師も

彼らはただ、安寧を求めただけだったのかな。


私は魔力を使い切ると、泣き疲れたようにその場に倒れ込んだ。


ーーーーーー


「ん…」


―あれ…何だ…?

誰かの泣き声が聞こえる…

ここは…私の部屋のベッドの上みたいだ。


「サクラ!」


リリー…?あれ、アベルもいる…何で…?


「ごめんね!ごめんね…!私が全部悪いの!」


真っ赤に目を腫らしたリリーが泣きながら謝罪する。


「…アベルさん…えっと」


「君が教師に暴力振るわれて、救助され今に至る」


「説明が簡潔すぎる…」


私はリリーの頭を撫でながら

「リリー様が謝る事ではありません、悪いのは事を起こす不敬者ですから」

と諭すが、一向に彼女の涙は枯れない。


「あの…何故私を助けてくれたのですか?…二度も」


私がアベルに問う。


「一度目は…気まぐれで

 二度目は…」


「二度目は?」


「…君が…俺の手、掴んで…

 言ったろ、癒されますようにって

 少し…闇が晴れた気がしたから」


「…えっ、それだけ?」


「何だっていいだろ!あ、あの教師当たり前だけどクビになったぜ

 君も目覚めて良かったな!お大事に!」


彼はそう言い捨てると私の部屋を足早に出て行った。


「…リリー様、大丈夫ですか?顔がぐちゃぐちゃです」


「私は大丈夫…!大丈夫じゃないのはあなたなのよ!こんなに怪我をして!」


確かに…体中傷だらけだし

…右手には黒い痣も出てしまっている。


「きっとあの教師がストレスを与えたせいよ!許さない…!

 大丈夫、安心してねサクラ!私がすぐに助けてあげる

 私ね、ずっと断っていた社交界に参加してみようと思うの!それにお見合いも…」


「焦らなくていいですから!」

彼女が言い切る前に、咄嗟に口からその言葉が出てきてしまう。


…いや、もう嫌われたって良い

恐らくこれは私の隠す事の出来ない本心だ。


「世界の運命を背負ってても…リリー様はリリー様なんですよ…!

 あなたの人生なんだから

 ゆっくり愛を見つけたっていいじゃないですか!」


彼女は何とも言えない表情で固まると、また泣き始めてしまった。


ーーーーーー

復学初日の放課後、教室には人だかりが出来ている。

その中心にはあの男…アベルがいた。


「アベル君!一緒に帰ろ!」

「アベル!この後遊び行かね?」


はー、最近まで煙たがってたくせに…闇の魔力が無くなった途端これか、現金な奴らだ事

やば、アベルがこっち来た!


「やあ、思ったより戻って来るのが早かったね」


「何ですか、何で寄って来るんですか!」


「あの後色々考えたんだけど…君の能力って便利だと思うんだ!

 俺がまた闇の魔力に触れた時治してもらえるだろ?

 それで暫く監視する事にしたのさ

 他の奴が君の利用価値に気付かない様に」


この男…!やっぱり信用できない!

でも もうリリーを裏切る気は無さそうだ。

純粋に狙う対象が私になったとも取れるが…


この調子でリリーに降りかかるバッドエンドの種を消化していこう!

私はそう決意を固くしたのだった。

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― 新着の感想 ―
 人に好かれる主人公ですね。 闇の魔力を吸収して、どうなってしまうか心配です。  ジャンルが恋愛なので、主人公とフラグ立つとしたらアベルですかね?アベルとリリーのフラグは、どうでしょうね・・・。
この主人公、ゲームをやり込んでたお陰かアベルやリリー個人が欲してる態度や言葉で的確にぶっ刺していく…! 転生モブ名乗っては居るけど サクラには無自覚系たらし主人公の才覚を感じます 闇の魔力を吸収するシ…
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