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五話

 外は空一面を白い雲が覆っており、月は姿を見ることも叶わない。王都の窓から漏れる黄色い灯り以外は黒い闇のみである。


 仕事が終わり、ブラジェナは家の中にいた。彼女は家を借りて一人暮らしをしている。王都の一人暮らし用の貸し家は皆似た様な間取りである。室内は魔導具で照らされ、部屋の細かい部分まで良く見える。魔道具が起動しているため、彼女にとっては寧ろ温かいくらいである。彼女が今いるリビングは寝室とキッチンなどと繋がっている。


 木や石で作られた暖色系の女性好みの家具が配置されている。本棚には様々なその本が綺麗に並んでいた。その中でも魔法薬やその素材などの研究に関する内容が目立つ。棚の一部には魔法薬や素材などが置かれていた。


 ブラジェナは壁の前に立っている。彼女はカレンダーを睨んでいた。カレンダーは彼女の手によって捲られ、二月の日付や行事が出ている。


「一ヶ月後……バレンタインね。」


 ブラジェナは目を閉じて考え込む。ジーノには話したし、護衛でもお世話になってるし。彼女は目を開けた。甘味……。焼き菓子、作ってみようかしら。


 彼女は振り返ると、本棚に足を進めた。上から一冊一冊に目を通す。ある一点で目が止まった。手を伸ばし、本を引き出した。あった、これね。


 表紙には「魔法で作るレシピ」と書かれている。彼女は表紙を一瞥した後、パラパラと捲った。前半には幾つか折り目が付けられていた。後半になるにつれ、それは減っていく。


 彼女はあるページで手を止めると、覗き込んだ。そこには挿絵で焼き菓子が描かれている。魔法での作り方が書かれていた。彼女は折り目を付けると、本をパタンと閉じた。振り返り、机に近付くと、中心にパタン、と軽い音を立てて本を置く。


 彼女は顔を上げた。表情を引き締め、右手を握る。心には燃え盛る炎。


「お菓子作りは慣れないわ。けど、頑張るしかないわね。」


 彼女は目を細めて笑顔になった。それに、作りながら食べれるし。楽しみだわ。


 次の日から、ブラジェナは焼き菓子作りを開始した。調理は器具に魔法をかけて作る。レシピには、小麦粉・卵・蜂蜜・バター・麦芽糖、そして林檎などの果物を入れて作るように、と書かれていた。


 ブラジェナは白い布を頭に巻き、キッチンで紺のエプロンを着ていた。杖を持っていない手で額の汗を拭う。宙には泡立て器などの調理器具が浮いている。テーブルには中身が混ざったボウルなど。向かいのテーブルには本が開かれた状態で置かれている。キッチンに漂う甘い香り。


「なかなか上手く行かないわね……。」


 最初は上手くいかず、上手く混ざらない。固すぎる時や生焼け、焼き過ぎて焦げるなどの失敗もあった。彼女は混ぜ方を変えたり、捏ねる時間を変えた。温度や時間なども必要に応じて調整するなどの工夫も行った。料理とはまた違って難しいわね。魔法薬なら失敗しないのに。


 数日後、その週の金曜日。ブラジェナは手紙に上手く行ったクッキー数枚を添えて友人ージュディットに向けて送った。


 ブラジェナは予め手紙でお菓子作りが得意なジュデイットに試食をお願いしておいたのである。今週は休みが合わなかったので、送ったものを食べてもらうようにお願いした。


 後日ジュディットからの手紙には、もっと捏ねる時間を調整したり、温度調整に気を付けるように書かれていた。彼女の頑張って!との文字にブラジェナは目が細まり、口元が緩んだ。


 作って行くうちに、徐々に失敗することが減って行く。ブラジェナは丸だけでなく三角、四角と言ったクッキーも作った。彼女はクッキーを前に微笑む。段々上手く出来てきたわ!


 更に一週間後、土曜日。ブラジェナは手紙を送った二十代の女性、ジュディットと遊んだ。その際に、事前に焼いたクッキー数枚を保存して、渡して食べてもらった。彼女は一口食べると、赤い瞳を細め笑みを浮かべた。


「美味しい!ちょっと焦げてるけど上手く出来てる。頑張ったね。」


 明るい声で言うジュデイットに、ブラジェナは笑顔になった。


「本当!?良かったわ。」


 ジュディットは笑顔のまま頷いた。ミディアムの赤い髪が揺れる。


「これからも作るの?また送ってくれる?私も今度送るから。」


 彼女の言葉にブラジェナは顔を輝かせ、身を乗り出した。


「勿論!私もまた貴方のを食べたいわ。」


「本当?嬉しい!」


 ブラジェナ達は花を飛ばしながら笑い合った。


 その後目を輝かせたジュディットに誰に贈るの?男性?もしかしてジーノ?と揶揄われたわ。はぐらかしたけれど、誤魔化せたか怪しいわね……。これはブラジェナにとって忘れたい記憶である。

 


 ジュディットと会った次の日。ブラジェナは家での紅茶を飲んでいた。彼女はふと目を細めて考える。


 何で私こんなにジーノに贈るために頑張ってるのかしら。別に作って欲しいと言われたわけじゃないのに。でもバレンタインと言う行事について話しちゃったし……。彼女は口元に手を当てる。甘い物は好きだけど、自分でお菓子作りをしたことは今までなかったのに。


 ブラジェナはジーノについて考える。彼女は彼に恋愛面で好意は抱いていない。彼は仕事での護衛であることもある。プライベートでは友人同士で会うこともあり、時には一対一で会うこともある。本人には言わないけれど、ジーノは友人……かしら。


 そこまで考えて、彼女は眉間に皺を寄せる。ジーノも多分友人とは思ってくれてるわよね?それなら仕事以外で様付けはやめて欲しいわ。


 ジーノは他の友人と会う時に、皆呼び捨てかさん付けである。何故かブラジェナだけ様付けなのである。彼女も友人達も最早慣れた。


 それでも、とブラジェナは目を伏せる。恥ずかしいは恥ずかしいわ。昨日会った友達とかは時々生暖かい視線を向けてくるし。それに彼と会う時に女性達に囲まれてるのも面倒ね。彼女は何度も友達と顔を見合わせたことがある。


 彼女は眉間に皺を寄せ、紅茶を啜った。ふう、とカップを置き、目を細めてため息をつく。まあ、友人、のために頑張るのは普通とは言えば普通ね。昨日ジュディットとも約束したし。


 彼女は微笑む。数秒後、彼女はニヤッと笑った。ジーノはどんな反応をするかしら?驚く?固まる?彼女はクスクスと笑う。楽しみね。


 ブラジェナにとってジーノとはそんな相手である。

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