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四話

 そして、ブラジェナは紙を下ろし、確認し始めた。全く。


「貴方に話そうとしたのよ。研究所で話すのも変だし。」


 ブラジェナは一通り確認した後、ジーノを見上げる。そこで彼女は彼が顔を俯かせていることに気付いた。顔に影がかかっている。


「私に話すために、ですか。」


 ポツリ、と呟くジーノ。それに彼女は聞き流して適当に返事をした。


「そうそう。」


 数秒してから、ブラジェナは首を傾げる。何、今の真剣な声。そんな声をする話題でもないのに、変なジーノ。彼女は半目で彼を見た。彼は笑顔で、目で続きを促している。それに彼女は何処か安心して微笑んだ。一瞬だけジーノが真顔に見えた、なんて。気のせいよね。


「とにかく、聞いて。」


 ブラジェナは羊皮紙を右手で顔の前に持つ。それを見ながら話し出した。


 最初はチョコを送り合っていた光景についてである。彼女は明るい声色で語った。


「色々な人が贈り物をしているのを見て、微笑ましかったわ。」


 そして、彼女は眉に皺を寄せて考える。


「チョコや砂糖みたいな高価なものを送り合うなんて、信じられないわ。貴族と言うわけでもなさそうだし。遠い国……なのかしら?」


 次に、箱に書かれた文字について。彼女は眉に皺を寄せて暗い声で言った。彼女は話し終えた後、腕を前で組む。


「文字だけとは言え、何だか物騒だったわ。」


 この内容について話し出す前。ブラジェナは一瞬言葉に詰まった。


「ブラジェナ様?」


 ブラジェナの表情に、ジーノは彼女の顔を覗き込んだ。前屈みになって様子を窺う彼。目の前に来る端正な顔。宝石のように光る青紫色。彼女は一瞬息を呑んだ。彼女の心臓がドク、と揺れた。


 彼女は瞳を揺らした後、数回目を瞬かせる。いけない、いけない。ジーノの顔を見て、我に返ったわ。彼女の頰が僅かに熱を持つ。視線を逸らす。何も持っていない左手で彼を制した。


「大丈夫よ。」


 ブラジェナは青紫色の瞳がじっと自分を見つめているのが分かった。数秒後、彼は普通の体勢になった。彼女は内心ホッとため息を付く。


 座って話すことなんて、良くあるのに。ブラジェナは目を閉じ、先程の光景を思い出す。近くにあった彼の顔。……少し鼓動が早くなったなんて、癪だわ。見慣れてるはずなのに。


 更に彼女は先程抱き寄せられたことを思い出した。背中に回された鍛えられた腕、彼女よりも大きな手。熱。彼女は胸の中心に火が灯ったように感じた。それに彼女は軽く頭を振る。護衛中にもあるじゃない。何で今更……。


 最後に、赤いものートマトを投げ合っていた光景について。彼女は眉を下げ、苦笑する。そして半分笑いを含んだ声で語った。


 ブラジェナは、トマトが顔面に当たったことは語らなかった。ジーノに言ったら、笑われてしまうわ。


「あれに関しては、何が何だか……。良く分からなかったわ。とにかく赤かったことだけ覚えてるわ。人も街もね。」


 ジーノは一回を除き、黙って話を聞いていた。彼は顔を伏せて顎に手を当てる。目を閉じて考え込んだ。暫くして、彼は青紫色の瞳をブラジェナに向ける。


「バレンタイン……と言う行事。砂糖にチョコ、トマトの投げ合い……に謎の箱、ですか。更に物騒な内容。」


 ジーノは一瞬目を細め、眉間に皺を寄せた。彼は内容には詳しく触れることはなかった。


「街並みもどうやら私達の街とは違うようですね。夢とはいえ、不思議ですね。」


 そう言ってジーノは街に視線を巡らせた。ブラジェナが語った街並みは、王都とは全く違ったからである。


 彼女も彼も、馬で引かない車輪のついた車など見たことがない。砂糖やチョコは大変に高価である。王族や貴族を除いた庶民は見ることも叶わない。彼の言葉に彼女は首を縦に振った。


「でも、どこでも真剣にやっていたわ。」


 ブラジェナは目を細めた。口元は笑顔である。


「……トマトを投げ合うお祭りでも。」


 ジーノはそれを聞いて目を丸くさせた。


「そうなんですね。」


 数秒顔を俯かせた後、顔を上げる。目は伏せられ、眉に皺を寄っていた。


「食べ物を投げ合うとは……勿体ないですね。」


「いえ、どうも違うみたいなの。」


 ブラジェナはコロコロと笑った。視線で続きを促すジーノに、彼女はクスクスと笑いながら続ける。意識は曖昧だったけど、私もそう思ったわ。でも。


「断片的にしか聞こえなかったけど、虫喰いとか、潰すとか言ってたわ。多分食べれないトマトを潰して投げ合っているのよ。」

 

 ジーノはそれを聞いて、ふっと目元を和らげた。


「そうですか。」


 そして、彼は顎に手を当てて目を閉じた。暫くしてから、ブラジェナの方を向く。


「まるで……異世界のようですね。」


 自分で言った後に、おかしくなったのか、ジーノはクスクスと笑った。ブラジェナは笑顔を浮かべて頷く。


「ジーノもそう思う?私もそう思ったわ。まああくまで夢だけど。」


 意見が合ったわ。まあ色々と違い過ぎるのよね。ブラジェナは一度目を細めた後、再び笑って続ける。


「ちなみにバレンタイン、と言うのは二月十四日らしいわ。」


 ジーノは数回青紫色の目を瞬かせた。


「丁度一ヶ月後ですね。」


 ブラジェナは頷いて同意した。今日は一月一四日。一ヶ月後ね。


「そうみたいね。」



「男性から女性に花束を贈ることは不思議ではありませんね。」


 ジーノは青紫色の瞳を細め静かに呟いた。そうね。でもそう言うってことは、ジーノにも良い相手がいるのかしら。ブラジェナは彼をニヤニヤと笑って見上げた。


「貴方にも贈る相手がいるの?」


 ジーノは揶揄うブラジェナにニコリと輝く笑顔を向ける。


「帰省した際に、母親と妹達に。」


 ブラジェナはジーノの家族構成を思い出した。ご両親に、妹さんが二人、弟さんが二人いるって言ってたわよね。バラバラに暮らしてるみたいだけど、花は送るのかしら。


 考え込むブラジェナ。そんな彼女にジーノは青紫色の瞳を瞬かせ、顔を覗き込んだ。彼は輝く笑顔で、瞳も輝いてるのに彼女は気づいた。彼は彼女の耳元に顔を近付け、耳に触れるように囁く。ジーノの青紫色の髪が彼女の頰が触れた。


「宜しければ、ブラジェナ様にも今度贈りましょうか?……折角ですし。」


 響く低音にブラジェナは耳がゾワっとし、全身に鳥肌が立った。くすぐったい!彼女の口元がモゴモゴと動く。目を逸らし、素知らぬフリをしながら彼の肩を押した。彼はそのまま素直に顔を離す。


 くすぐったいのがバレたらまた囁かれそう。そんなのはごめんだわ。彼女は数秒置いてから視線を彼に戻した。


「遠慮しとくわ。貴方に声をかける女性達にあげて来なさい。」


 ブラジェナは揶揄いの笑みを浮かべる。


「何人分になるかしら。」


 ブラジェナは口元に手を当て、目を細めたままクスクスと笑った。ジーノは微笑を浮かべたまま眉を下げる。

 

「いえ、私にはそんな……。」


「またまた、冗談はやめて。」


 二人は目を合わせたままくつくつと笑い合った。



 ふとタタタ、と言う足音が耳に入り、ブラジェナは顔を上げる。横目にジーノも視線を上げたのを分かった。


 少し離れたところから、二人の少女が走って来ていた。一人はショートヘアーで、もう一人はロングヘアである。彼女達は、ブラジェナ達が自分達の方を見ている分かると、可愛らしい笑顔を向ける。


「こんにちは!」


 少女達の明るい高い声が耳に入って来る。挨拶を交わす二人に、ブラジェナは笑顔を浮かべ、こんにちは、と挨拶を返す。ジーノも同じように返した。


「皆で遊んでいるの?良いわね。」


「うん!」


 ショートヘアーの少女は、笑顔を浮かべ、首を縦に振った。そして、彼女は首を傾げた。


「お姉ちゃん達も、遊んでいるの?」


「はい。」


 ブラジェナが答える前に、ジーノが答える。ブラジェナは彼に一瞥した後、少女に視線を戻す。微笑み、そうよ、と答えた。ショートヘアーのヘアの少女は、ロングヘアの少女に嬉しそうに笑いかける。


「私たちと一緒ね。」


「そうだね。」


 少女達は目を合わせ、手を繋いだ。その様子に、ブラジェナは笑みが溢れる。可愛い。癒されるわ。ロングヘアの少女は、ブラジェナ達に視線を向けると、首を横に傾ける。


「お姉ちゃん達も、仲が良いのね。」


 否定はしないけれど……。ブラジェナは曖昧に笑う。何も答えない彼女に対して、ジーノは穏やかな口調で答える。


「ええ、その通りです。」


 ブラジェナはジーノを横目で見る。彼は柔らかい目付きをしていた。子供相手だからか、躊躇なく言うのね。彼女の頰が僅かに熱を持った。


 ブラジェナは前に視線を戻す。ロングヘアの少女が小さく口を開けたまま食い入るようにジーノを見ていることに気付いた。頰がやや赤くなっている。ブラジェナは少女とジーノの交互に視線を向けた後、目を細めた。これは……、あの子、ジーノのことを気に入ったのね。ブラジェナは内心苦笑した。


 少し話した後、離れたところからおーい、と少女達を呼ぶ子供達の声が飛んで来た。ショートヘアの少女がジーノに目が釘付けになっているロングヘアの少女の名前を呼ぶ。そして、心あらずと言った様子の彼女の手を引き、少女はブラジェナ達に勢い良く手を振った。


「お兄ちゃん達、またね!」


 ブラジェナは、微笑んで手を振り返す。隣のジーノも同じように手を振り返しているのが横目で分かった。ロングヘアの少女は、我に返ったように赤い頰のまま手を振った。


 去り際に少女達は顔を見合わせ、賑やかに話している。彼女達は少し離れたところで友達であろう少年達と合流する。ロングヘアーの少女は最後にこちらを──ジーノを見た後、去って行った。



 その後、二人は再び雑談をした。


「魔法が発展すれば、今よりもっと便利になるのかしら。もっと良い世界になるかもしれないわね。私もっと頑張るわ。子供達の未来の為にも。」


 ブラジェナは拳を握り、身を乗り出して言った。彼女の脳裏には先程の少女達と、夢で見た光景が浮かんでいる。ジーノは穏やかに微笑んだ。


「そうですね。私も今後より一層精進します。」

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