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第一話 

 〇〇年。

 

 ある場所にて。エメラルドグリーンの髪を持つ少女は、吊り目がちの目を輝かせながら本を覗き込んでいた。


──私にとって魔法薬の研究とは、恋に似ている。


──魔術師が魔法を極めるように、騎士が剣の道を極めるように。画家が絵を描くように、作家が本を書くように。私は、それをせずにはいられない。


──新しい正解を見つけたと思ったら、また別の研究に入れ込んでしまう。それは一種の恋ではないか。私は魔法薬に心を囚われている。


──例え私が恋をしても、私から魔法薬の研究を取り上げることは出来ないであろう。


 少女は、本を閉じると、はあああ、と深いため息を吐いた。平民から魔法薬研究者となり、功績が認めれ名誉男爵となった著書、ルフィナ。そんな彼女は、少女にとって憧れの存在であった。彼女は、握り拳を作ると、勢い良く突き上げる。


「私も魔法薬研究員になる!」


「ブラジェナ、ご飯よー。」


 母親からかけられた声に、少女──ブラジェナは手を下ろした。


「はーい!」


 静かに本を閉じ、机の上に置く。そして椅子を降りると、彼女は弾丸のように駆け出した。


 後には、本のみが残った。


──「魔法薬理論」〇〇年──ルフィナ・マズロウァー名誉男爵 ロジッカード王国王都ロジッカード王立研究所所長 魔法薬研究員


 この時ブラジェナは、ルフィナが数年後に失踪したことを知らなかった。



◇◇◇


 バレンタインの日から一週間が経った。


 寒気を纏った空気が辺りを包んでおり、白い太陽が東に位置している。鳥が鳴き声をあげていた。


 研究所の実験室には、何人が真剣な顔で研究者が鍋を覗いていた。あちこちに薬の匂いや煙が立ち上っている。


 ブラジェナから少し離れたところでは、同僚であり青色に青目の女性、エーリカが調合をしていた。


 赤い火にかけられた黒の大鍋の横にて。ブラジェナは銀色の小型のナイフを手袋越しに右手で持った。口元を引き締め、無心で薬草であるドクダミを切り刻む。一通り細かくなると、彼女は石で出来た皿と棒ですり潰した。ゴリゴリ、と言う音が鳴る。そして彼女は中身を鍋の中に入れた。水面が揺らめく。


 数回繰り返した後、今度はブラジェナは瓶に入った赤い毒草を匙で測って入れた。鍋に波紋が生まれ、泡が立つ。シュウ、と煙が湧き上がる。強い匂いが鼻を通った。


 更に、白い増強石を幾つか入れる。ポチャ、と水面が揺れる。


 一通り材料を入れると、杖を振り魔力を込める。表面が白く輝く。長いかき混ぜ棒で鍋を掻き混ぜ始めた。


 後は時計や火の様子を見ながら混ぜるのみである。鍋の横にある魔導型温度計を横目に、ブラジェナは小さくため息を吐く。肩の力が抜けると、先日のことが思い出され、彼女は小さく息を呑んだ。


──ブラジェナ……、ずっと貴方のことが好きでした。


──すぐに私のことしか考えられなくさせてあげます。覚悟して下さいね。


 ブラジェナだけに向けられた言葉とこちらを見つめる熱を持った青紫色の瞳。口に感じた温かさ。


 ブラジェナは度々先日のことを思い出すことがある。その度に、彼女の意に反して心臓が激しく暴れた。鍋に映る彼女の顔は、眉を下げ、物憂げに見えた。


 まるで私が、……ジーノに気があるみたいじゃない。


 ジーノとは友人よ!


 鍋に最近の悩みの種である男の顔が見えたように思え、彼女は頭を軽く振り、水面に渦を描いた。


「ブラジェナ、進歩はどう?」


 後ろからかけられた声に、ブラジェナは体を跳ねさせた。 


──キャア!


 ブラジェナの口から高い悲鳴が漏れた。


「ごめん、驚かせたかな?」


 ブラジェナが目を見開き振り返ると、整った顔立ちと銀髪と同色の瞳が目に入った。彼は眉を下げ、声を落として謝る。


「リーダー……、驚かせないで下さい。」


 ブラジェナが激しく鼓動する胸に手を当てながら、眉を顰めると、アルフォンスは軽く謝りながら笑った。


「ごめんごめん。毒消し薬はどんな様子かな?思ってね。」


 ブラジェナは眉を顰めたまま、首を横に傾けた。ブラジェナは一度毒消し薬の鍋に目を向けてから、アルフォンスに視線を戻す。


「あ、手は動かしたままで良いよ。」


 声をかけるアルフォンスに、ブラジェナは眉を下げ、軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「作成中です。毒消し薬が完成しましたら、回復薬に取り掛かります。」


「うん、宜しくね。」


「はい。」


 ブラジェナが返事を返した後、ふと疑問がもたげた。彼女は周囲に視線を巡らす。


 少し離れたところでは、濃い赤──ボルドー色の短髪にメガネ越しに同色の瞳が見える男性が周囲に巡らしていた。彼は副リーダーのアルマスである。


 ブラジェナと目が合うと目を瞬かせたが、隣にアルフォンスがいるのを見ると、何事もなかったかのように視線が逸れた。


「副リーダー、出来ました!回復薬です。」


「ああ、次は火傷薬だ。」


「分かりました。」


「副リーダー、聞きたいことがありまして。」


「何だ?」


 次々とアルマスにかけられる声を聞きながら、ブラジェナはアルフォンスに視線を戻した。彼は含み笑いをしながら彼女を見ている。彼女は先程とは反対方向に棒を回しながら、彼に尋ねた。


「リーダー、ご用件は何でしょうか?」


「最近、何かあった?」


 小声で尋ねるアルフォンスに、ブラジェナは肩が跳ねた。息を呑み、額を汗が流れる。流石に、ジーノのことは、バレてないわよね?彼女は口元を引き攣らせ、聞き返す。


「特にございませんが……。そのように見えますか?」


「そう?僕はてっきり何かあったのかな、って。」


「お気遣いいただき、ありがとうございます。仕事に支障はございません。」


「そう?」


「はい。」


 ブラジェナが首を縦に振ると、アルフォンスは顔を伏せ数秒考えるような仕草をしてから、笑みを見せた。


「それなら良かった。もし僕に言いにくいことがあったら、アルマスにでも、他の人にでも、相談してね。」


 こちらを見つめるアルフォンスに、内心ため息を吐いた後、ブラジェナは笑みを作った。


「はい。ありがとうございます。」


 ブラジェナは頭を下げる。良かったわ……。もしジーノとのことがバレたら、気まずいもの。青紫色が頭に浮かび、胸が疼く。彼女は頭から掻き消した。


 アルフォンスは、ブラジェナの鍋を見た後、軽く手を上げて去っていった。彼女は小さくため息を吐くと、鍋に意識を向ける。何にせよ、調合に集中しないと。毒消し薬は、先程よりも粘度が上がっている。彼女は温度計に視線を送りながら、薬作りに集中した。


 暫くして。


 出来たわ!


 毒消し薬が出来上がった。ブラジェナは薬匙を手に持つと、瓶に注ぎ入れる。トポポポ……という音が鳴る。瓶を揺らすと、水面が揺れた。独特の匂いが鼻を掠める。彼女は瓶に蓋をすると、次の瓶を手に持った。


 春になると、毒を持つ蜂、アーミービーがあちこちに発生する。小型モンスターなので護衛の冒険者でも対処出来るが、大量発生したり道中でも厄介である。そのため、毒消し薬を作る必要があった。


 ふと、ブラジェナはあることを思い出した。何とかして毒消し薬にアーミービーの毒を使えないかしら?毒性が消えなくて毒薬になることが多いけれど……。可能性はあるわよね?


 ブラジェナは筆ペンを持つと、紙に文字を綴った。今度やってみようかしら。難しいかもしれないけれど……。彼女は口角を上げた。

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