第二十三話
ブラジェナが見回りを再会してから暫くして。後ろから足音と共に、良く通る声がかけられた。
「ブラジェナ様、戻りました。」
この声は!ブラジェナは身体を傾けて振り返ると、ジーノが微笑を浮かべて立っていた。ブラジェナは彼の姿を凝視する。特に怪我は……、なさそうね。小さく息を付き、目と口元が緩んだ。
「戻って来たのね。もう大丈夫なの?」
「はい。解決しました。」
首を縦に振るジーノに、ブラジェナは肩の力が抜ける。心に光が差す。そう、良かったわ。
その後ブラジェナは言葉を選びながら質問をした。騎士団等で王都の見回りをしたらしい。モンスターは他には近くにいないと言うことである。ジーノは隊長として指示等をしていたらしい。そうなのね。
ブラジェナは思考を巡らす。騎士団は魔術師達と連携して安全を確認したと分かった。モンスターを感知する魔導具や魔法も使用したのであろう。モンスターが出現したのが王都の端であるため、見回りが早く終わったと分かった。
後で騎士が情報を伝えに来るようである。
ブラジェナはため息を吐き、微笑んだ。良かった、これで安心ね。
「良かったわ。……ジーノ、ありがとう。」
ジーノは首を横に振り、胸の前に手を当てて頭を下げた。
「いえ、騎士として当然のことをしたまでです。」
暫く会話をした後、ブラジェナはある話を切り出した。
「ルイーザさんもレーヴィ──旦那さんも、本当に感謝していたわ。貴方によろしく、って。」
ジーノは柔らかく目を細めた。
「そうですか。」
「それで、ルイーザ達さんからお礼に食べ物をいただいたのよ。お店の野菜を使った対パンらしいわ。」
ブラジェナは懐から杖を出すと、右手で軽く振った。すると、彼女の目の前に対パンが入ったバスケットが宙に浮いたまま出現した。彼女は左手で抱える。
ジーノは目を瞬かせると、眉を下げた。
「そのような意図はございませんでしたが……。」
「でも、折角いただいたんだし。」
ジーノは数拍置いた後、苦笑して頷いた。
「そうですね。」
ブラジェナ達はベンチを見つけると、そこに並んで座った。
包みを開けると、中には具材を挟んだ対パンが入っていた。中身はレタスやトマトといった野菜に卵、チキンである。ブラジェナは卵を取り、ジーノにチキンの対パンを渡した。
ブラジェナはブレットに齧り付く。咀嚼すると仄かな塩辛さと、卵とパンの柔らかい食感がした。ブラジェナは笑みを浮かべる。流石八百屋さんね。野菜もシャキシャキしていて美味しいわ。もう一口口に入れる。
横を見ると、ジーノは青紫色の目を弓なりにして頬を動かしていた。彼はブラジェナと目が合うと、笑みを浮かべる。
「私の卵のブレット、美味しいわ。流石八百屋さんね。野菜は勿論、塩分も効いているし。チキンの対パンはどう?」
「私のも美味しいです。野菜も新鮮ですし、鶏肉に辛味があり、美味しいですね。」
ジーノは言い終わるや否や、対パンに再び齧り付いた。ブラジェナはジーノの姿にクス、と笑うと、対パンを口に入れた。
後でチキンの対パンを食べたが、辛さが肉の味を引き立てていた。ジーノの言った通りである。
「本当に、美味しいわね。」
「こちらの卵の対パンも美味しいですね。」
二人は笑顔で感想を言い合う。和やかな空気が辺りを包んでいた。
ブラジェナは思考を巡らす。このバスケットどうしようかしら。後で手紙と一緒に送るとか?ジーノに相談すると、彼はブラジェナの意見に賛同した。
二人は短くお礼の手紙を書くと、ブラジェナが代表してルイーザの店に送ることになった。
「ブラジェナ様、よろしくお願いします。」
「ええ。」
目と目を合わせて頼むジーノに、ブラジェナは笑顔で首を縦に振った。
二人は見回りに戻ったのだが……。
ブラジェナは居心地の悪さを感じ、左を見上げた。腕が触れそうな距離に立つジーノは、彼女の視線に気付き、首を傾ける。
「どうかされましたか?」
気になるわ……。ブラジェナは眉を顰め、数秒置いてから尋ねた。
「近くないかしら?」
「そうですか?」
ジーノは含みのある笑みを浮かべた。ブラジェナの口元が引き攣る。
見回りしていた時、こんなに近くなかったわよね!?
「もうちょっと離れてくれる?」
監督にしても、こんなに近くじゃなくても……。ブラジェナが疑問をぶつけると、ジーノはスッと目を細めた。青紫色の瞳に、ブラジェナは鼓動が嫌に速くなり、数歩後ずさった。
な、何?
「先程の戦闘や、盗人の件や、クートさんの件と言い。ブラジェナ様は危険へ走りがちなので。私がかん……、いや、見張っておかないと、思いまして。」
ブラジェナは冷や汗が流れ、心臓が激しく脈を打った。今、監視、って言いかけた!?流石に気のせいよね?生唾を飲み込む。監督役が……、そうでなくても、監視されるなんて、冗談じゃないわ!
ブラジェナは目を逸らさずにジーノを見つめる。彼は笑みを作り、首を横に傾けた。
「私が傍にいるのは、嫌ですか?」
ブラジェナの瞳が揺れる。胸が小さく刺されたような痛みが走る。何か、ずるいわ。見張られるのは、嫌だけど……。目を伏せ、両手の拳を握る。
「嫌、と言うより……。」
「では、構いませんよね。心配ですので暫く我慢して下さい。」
先程より身を寄せそうとするジーノに、ブラジェナは身を後ろに引く。
だから近いわよ!
毛を逆立てた猫のように威嚇するブラジェナに、ジーノは困ったように微笑む。最終的にブラジェナが折れた。
ブラジェナはジーノから見えないようにため息を吐く。心配をかけたのは事実だし、仕方がないか……。
それから暫く、ジーノは離れなかった。
◇◇◇
午後六時。辺りは街灯以外は闇が覆っている。魔導具で拡大された声で責任者が挨拶をした。行事としてのバレンタインの終わりである。
本部の建物にブラジェナとジーノが集まると、責任者や最初にブラジェナに話しかけた女性からお礼が言われた。
来年もバレンタインを行う予定である、彼等は告げた。内容はブラジェナの言っていたように花束の投げ合いはなくなり、焼き菓子を渡し合う行事になるとのことである。今回の騒動からまた相談するとのことである。
構いませんか?と尋ねられ、ブラジェナは頷いた。まあ、来年は内容が変わるし、良いでしょうね。
帰り際。支給され、余った薬品についてブラジェナは責任者に尋ねる。彼は目を細めて持って帰って良いですよ、と微笑を浮かべた。彼女はありがとうございます、とお礼を言う。
その後、廊下の椅子に座り、余った薬品を机の上に並べた。彼女は目を細めた。どうしようかしら……。でも、回復薬はあったら助かるし。少し迷った後、回復薬等を茶色の鞄に仕舞った。そして、残りの薬品は黒い鞄に戻した。研究所に置いていきましょう。
彼女は羊皮紙と羽根ペンを出す。そして筆を滑らせた。メモを残しておけば良いわね。そして、紙を黒い鞄の中に、そして羽根ペンを茶色い鞄の中に仕舞った。
念の為警備員やスタッフなどは何人か残るが、ブラジェナ達は帰宅しても良い、と言うことである。責任者たちの笑顔に見送られ、二人は部屋を出た。
帰り際、彼女とジーノは屋台からのお裾分けと言うことで串焼きなどの食べ物を幾つか受け取った。二人は一階にある机の横にある椅子に向かい合わせに座り、そして、話しながら手に持った物を口にした。
彼女は串焼きに一口齧り付く。香ばしい香りが鼻を抜け、柔らかい肉から溢れる甘い肉汁が口の中に広がった。休憩時にも食べたけれど、串焼き美味しいわね。彼女は顔を綻ばせ、更に食べ進めた。
彼女はチラリとジーノを見る。彼等は笑顔で串焼きに齧り付いている。ジーノはやはり食べるスピードが早く、彼女よりも早く食べ終わっていた。暫くして、彼女は二本目に手を伸ばした。さっきのは豚、今度は……何のモンスターの肉かしら。




