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二話

 杖を仕舞い、ブラジェナはスッと椅子を引いて立ち上がる。スカーフで縛られたエメラルドグリーンのポニーテールが揺れた。


「まあ良いわ。打ち合わせは終わり。」


 立ち上がったことにより研究所の中の様子が見える。並べてある大きな棚には瓶に入った魔法薬や薬草などの植物、更にモンスターの素材などが並んでいる。近くには実験用の魔道具や器具。壁の近くには温度湿度調節用の器具などが置かれている。ブラジェナが体を横に向けると、茶色い木製の扉が目に入った。彼女にとってはいつもの風景。椅子に座っているジーノも、もはや彼女にとって慣れた光景である。


 そんなブラジェナに続き、ジーノも立ち上がる。そして扉に向かう彼女の横に並び、追い抜いた。そして、扉を開けてその横に立っている。そんな彼に心の雲がスッと晴れた。


 彼女は彼に軽く頭を下げ、扉を潜る。全くこう言うところが何と言うか……。腹を立ててるのが馬鹿馬鹿しくなるわ。だからと言って何かを言うのも変だし。彼女は口をもごつかせたが、一文字に引き結ばれた。



 至る所の研究室から人の声が聞こえて来る廊下。前から白衣を着た五人程の人間や獣人と言った人々が歩いて来る。ブラジェナ達は端の方に寄る。彼女達は互いに頭を下げこんにちは、と笑顔で挨拶を交わし合った。


 歩きながらブラジェナは横を歩くジーノの顔を盗み見る。彼の視線は前を向いたままである。


 改めて思うけどやっぱりジーノは背が高いし鍛えてるわね。騎士で、王都魔道騎士団の第七番隊隊長をやってるだけあるわ。歳も向こうが一つ上だし。そこまで考えてブラジェナは眉を寄せ、首を横に振った。


 ちなみに、本来は魔導騎士団と言う。騎士団は通称である。ジーノ達は普段は騎士と呼ばれているが、正確には魔導騎士と言う職業である。


 そんな彼女は上からの視線を感じ、そちらに視線を向ける。ジーノは静かに青紫色の瞳を向けていた。彼は首を横に傾ける。


「どうかなさいましたか?」


「いえ、何でもないわ。」


 ブラジェナは首を横に振って、再び視線を前に向ける。頭上から視線を感じたが、彼女はそれを無視した。



◇◇◇



 ブラジェナとジーノは外に出た。ブラジェナは白衣を着たままである。再び研究所に戻るので、そのままで来たのである。上にはコートを羽織っている。


 街の建物は大きく、王都と言うこともあり殆どが煉瓦作りである。あちこちからは商人の声や人の雑談の声など、様々な声が飛び交っており、活気付いている。街中には建物だけでなく、背の高い木も植えられていて、風に煽られサラサラと揺れていた。


 ブラジェナやジーノを見て、声をかける者もいるのおり、二人は手を上げたり、応対などをした。すれ違う女性の中には、ジーノを見て頰を赤くしたり、黄色い声を上げる者もいた。女性の中には自分に視線を向けている者もおり、ブラジェナは眉を寄せ、軽く首を横に振った。ジーノとはそんな関係じゃないって言うのに。


 ブラジェナの勤めている研究所は大きく、ブラジェナも研究者としての実力は高い。でありながら、彼女の所属する研究室の人々は王都の人と打ち解けていた。呼び方も様々で、さん付けの者もいれば、ブラジェナ先生と呼ぶ者もいる。


 ブラジェナは見た目は整っており通り様に見て来る者もいる。しかし、彼女のことを知っていてわざわざ声をかけて来る男性は殆どいない。たまに告白してる人はいるものの、顔だけしか見ていない男性ばかりなので、ブラジェナは断っている。数少ない真剣に告白して来る男性にはきちんと対応してる。


 ブラジェナ達の横を緑の帽子に緑色の服を着た子供が通る。見た目は整っていて、理知的な瞳をしていた。その次にイヌ科の耳と尻尾を生やしブラウスにスカートを履いた女性が友人らしき女性達と共に通り過ぎていった。


 王都は人口が多く、人間の他に、獣人、たまにエルフなども見かけた。しかし妖精は滅多に見ることはない。人間の女性はワンピースを着ている。獣人の女性はチュニックかブラウスとスカートを履いている。エルフの女性は人間の女性と同じようである。


 獣人は力が強く、五感が鋭い。エルフは警戒心が強く、王都でもあまり見かけない。緑色の服に帽子、皆見た目が綺麗なのが特徴である。


 冬場と言うこともあり、空気は凍て付くような寒さである。ブラジェナが息を吐くと、白い空気が青い空に昇って行く。寒いわね。ブラジェナは杖を懐から出すと、白い光を灯して自分の周りの空気を暖かくした。一度目を瞬かせてから、横に向けて小さく杖を振る。彼女は横から視線が向けられたのを感じた。


「ブラジェナ様。ありがとうございます。」


「いえ、ついでよ。」


 穏やかな声に、ブラジェナはそちらを見ることはない。彼女は前を向いたまま淡々とした声で答えた。大したことはしてないし、お礼を言われる程のことじゃないわ。


 目的地が同じ方向らしく、二人は並んで歩いていた。不意に、ブラジェナは顔を上げた。青い空が目に入る。そこで、彼女は、あ、と声を出した。あのことを忘れていたわ。彼女はジーノの方に目を向けた。口を開けたが、すぐに閉じた。


 どうしようかしら。話って言ったって、すぐに終わらないし。ブラジェナは歩きながら考える。私は用事があるし、彼もあるだろうし。彼女はチラリと横の彼を見た。いっそ護衛の日に言うとか?それだと忘れそうだわ……。だったら。彼女は一度目を閉じた後、彼に顔を向けた。


「ねえ、ジーノ。」


「何ですか?」


 ジーノは顔をブラジェナに向ける。彼女は手で道の端に寄るように示した。彼は軽く頷き、彼女に倣う。そして、二人は向き合った。


「それで、何でしょうか?」


 ブラジェナは背中の後ろで手を組んだ。


「実は、話したいことがあって。今はあまり時間が取れないでしょ?急で悪いけど明日の土曜日、午前中に会えないかしら。」


 ブラジェナは目を細めてじっとジーノの様子を窺った。彼は青紫色の目を数回瞬せた後、微笑を浮かべたままゆっくりと頷く。


「土曜日ですか。私は構いませんよ。」


「良かったわ!」


 ブラジェナは笑顔になった。


「明日の午前十時はどう?」


「午前十時ですね。大丈夫です。場所はどうしますか?」


 首を傾げるジーノ。彼女は目を閉じて考える。あそこが良いかしら。瞳を開けて答える。


「中央広場はどう?」


「分かりました。」


 ジーノは首を縦に振った。ブラジェナは彼に笑顔を向けた。


「ありがとう。じゃあ明日、よろしくね。」


 ジーノは微笑みながら頷く。その後の分かれ道で二人は別々の方向へ向かった。


 一人になったブラジェナは、ふと視線を斜め上に向けた。今朝の夢で、目が覚める直前に聞いた声を思い出す。ジーノの声に似てた気がしたけれど……。彼女は頭を横に振った。気のせいよね。



◇◇◇



 土曜日。雲は少なく、白い日が東に位置している。十時の五分前。ブラジェナは中央広場に到着してた。ワンピースの上にコートを羽織っている。アクア色のスカーフでエメラルドグリーン色の髪をポニーテールに縛っていた。右手にはいつも持ち歩いている茶色い鞄。彼女は視線を巡らせる。さて、ジーノはどこに……。


 広場は広く、緑の芝生には等間隔で木製のベンチが配置されている。中央にある大きな噴水が勢い良く水を噴き出している。


 休日と言うこともあり、多くの人々が集まり、話し声があちこちからブラジェナの耳に入る。人々はベンチに座ったり、芝生に座るなどして思い思いに過ごしていた。中には魔法を使っていて遊んでいる人々もいた。ブラジェナの目の前をはしゃいでいる数人の子供が走って通り過ぎて行く。彼女の目元が緩み、笑みが浮かんだ。可愛いわね。


 右の方を見て、彼女は眉間に皺が寄った。目を細めてじっとそちらを見る。探すまでもなかったわね。分かりやすい……。


 ブラジェナから少し離れた位置。一本の木の周りには五人くらいの女性達が群がっていた。彼女達はキャイキャイと高い声を発している。そして合間から見える青紫色の髪。


 間違いなくてあれだわ。ブラジェナは空笑いをした。私、あそこに近付くの?でもあのままにしとく訳にもいかないし……。

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