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十話

 ジャクリーンはえ、と呟いた後、顔から手を離し、石のように固まった。雫が流れる彼女の頰が林檎のように赤くなった。尻尾がピンと立つ。


「何て優しいんだ、ジャクリーン!好きだ!恋人になってくれ。」


 ユーグは頰を赤くし笑顔を向けると、ジャクリーンの唇に噛み付いた。


「あら。」


 目の前の光景に、ブラジェナは一言だけ言った。ジーノは無言である。二人は目を合わせると、苦笑した。


 そこからユーグは暫くジャクリーンから離れなかった。彼女が身体を押しても、ますます顔を寄せるだけである。やっと彼が離れた時には、彼女は目を回していた。彼はジャクリーンを抱き寄せたまま、ブラジェナ達の方に目を向けた。


 ジャクリーンは何とかユーグを押し除け、ブラジェナ達の元へ寄る。そして、声を潜めて話し出した。


「絶対におかしいです!今まであんな……。」


 ジャクリーンは再び頰を赤くさせた。彼女に釣られてブラジェナとジーノは彼の方を見た。ユーグは笑みを浮かべながらブラジェナ達を、正確にはジャクリーンを見ている。おかしい、ね。ブラジェナは半目で彼女を見た。


「花束を投げて、上手く行ったんでしょう?何がおかしいんですか?」


 ジャクリーンは勢い良く頭を左右に振った。尻尾は力なく下がっている。


「ユーグは今までとは明らかに態度が違うんです。寧ろ怖いんです。頭を打ったに違いありません!お医者さんを呼んでください!」


 ジャクリーンの鬼気迫る顔に、ブラジェナはため息を付いた。仕方ないか。


「ジーノ。お医者さんを呼んで来てもらえる?私は彼女達に付いているから。」


 ジーノはユーグの方を窺った後、微笑を浮かべて頷いた。


「分かりました。」


 ジーノが医者を呼びに行った後。ユーグとジャクリーンに道の端に寄ってもらった。彼は彼女が近寄るとすぐに後ろから抱き締めた。


 そのうち先程まで人がいなかったのが嘘のように人が多くなる。何人かはブラジェナに話しかけて来た。隣には冷やかしや生暖かい視線が向けられる。仲睦まじく見える男女にわざわざ話しかける者はいなかった。


 暫くして、ジーノに連れられて医者がやって来た。ユーグを診察した結果、異常がないと言うことが分かった。分かっていたものの、ブラジェナ達はそれを聞いてため息をついた。頭を打ったので早く帰って安静にするようにとのことである。医者を見送った後。


「待って下さい!置いて行かないで!」


「ブラジェナさん。ジーノさん。ありがとうございました。」


 ブラジェナ達は二人に返事をし、縋るジャクリーンを置いて立ち去った。ジャクリーンは彼女達を引き留めようとしたが、ユーグの腕の中にいるために叶わなかったのである。お幸せに。二人の頭上では、ユーグが魔法で浮かした花束が浮いていた。


 見回りに戻った後、暫くして。ジーノはブラジェナの顔を覗き込んだ。


「良かったんですか?」.


 ブラジェナは目を閉じながら頷いた。貴方も付いて来たじゃない、と返すと、ジーノは私はブラジェナ様の手伝いですので、と何でもないかのように言った。


「彼女は彼のことが好きだったんだし。上手く行ったから良かったじゃない?あれで頭打ったから好きになった、ってことはないでしょ。」


 ブラジェナは遠い目になった。ジーノはそれに苦笑しながら頷く。


「ユーグさんは私のことを気にしていましたね。」


 ユーグは明らかにジーノを牽制していた。ブラジェナには意中の雌を取られないように威嚇する雄の目のように見えた。


「ジャクリーンさんは今までと違った、と言っていたけれど。頭を打って一時的に素直になってるんじゃないかしら。」


 混乱してるのもあって理性が飛んでるとか、とブラジェナは笑った。


「何にせよあれ以上いたらお邪魔だし。離れるのが一番よ。」


 そのうち丸く収まるでしょう。ジーノは眼を細め、穏やかに笑って頷いた。


「そうですね。」



「あ、ちょっと待ってて。新薬の記録するから。」


 ブラジェナは黒い鞄から紙を取り出し、レポートを書いた。使用した薬、頭打った、気絶、時間……。終わった。記録が終わり、顔を上げると、ジーノは優しい微笑を浮かべてこちらを見ていることに気付いた。ブラジェナは咳払いをし、レポートを仕舞う。


「何?」


「ブラジェナ様は本当に魔法薬がお好きなんですね。」


 ブラジェナは胸を張って答えた。


「勿論よ!」



 ある時、ブラジェナは、投げられる花を見て、夢で見た男性が女性に花を渡すシーンと、投げられる赤いトマトが重なった。──これは、デジャヴ?


「ブラジェナ様。……どうかしましたか?」


 ジーノの声に、ふ、とブラジェナの意識が現実に戻った。こちらの様子を窺う青紫色の瞳。彼女は自分が少しぼんやりとしていたことに気が付き、内心苦笑した。いけないわね。そして、首を横に振る。


「何でもないわ。大丈夫よ。」


 ブラジェナが軽く微笑むと、ジーノは暫く彼女を見た後、そうですか、と呟き、視線を逸らした。彼女は心の中でありがとう、と呟くと、前に視線を向けた。彼女は先程のデジャヴを思い出し、目を細める。


 あの夢が発端になった、今回のイベント。まるで、予知夢みたいね。魔法はあるけれど、予知夢はあるのかしら?今までこんなことはなかったけれど……。ブラジェナは暫く考え込んでいたが、やがて頭から追い払った。


 予知夢にせよ何にせよ、まあ良いわ。私の専門外だし、深く考えてもしょうがないわね。それに、今、考え込む訳には行かないし。


 ブラジェナは一瞬横に視線を向け、戻す。


 またジーノに心配されるかもしれないし。



 見回りの際、ジーノは基本的にブラジェナと行動している。しかし、警備員や人から頼まれて別れて行動することがあった。


「何?モンスターが街の近くに?分かった!俺も向かう!」


 見回りを始めてから暫くして、ブラジェナは路地裏の方から聞こえて来た声に足を止めた。そちらに視線を向けると、二十代くらいの騎士服を着た整った顔立ちの男性が同年代に見える使いの男性と話をしているのが見えた。騎士は左の腰に剣を携えている。見慣れない騎士服なので、王都以外の騎士団に所属しているのだろうと彼女は予想する。使いがいなくなった後、騎士は辺りを見回す。


 あ、まずいわ。ブラジェナと男性の視線がかち合う。彼は片眉を上げる。コツコツと足音を鳴らしながら彼女の元へ寄って来た。彼は彼女を上から見下ろす。


「貴方は……研究員のブラジェナ様。」


 彼は眉を顰めた。先程とは違い、淡々とした声である。


「聞いてしまわれましたか。」


「すみません……。」


 ブラジェナは気まずさに身じろぎをしたが、騎士に強い視線を向けた。


「モンスターが街に、とのことでしたが。まさか、王都の近くではないですよね?」


 なら、ジーノ達が動いていないのは変だわ。ブラジェナが眉を下げて尋ねると、騎士は微笑み、首を横に振った。


「安心して下さい。こちらに危険が及ぶことは有りません。」


 彼は胸の前に手を当てて微笑んだ。しかし、ブラジェナの気分は晴れない。


「モンスターって、どんなモンスターですか。」


「私から教えられることはありません。では私は、仕事があるので……。」


 去ろうとする騎士を、ブラジェナは引き留めた。彼は眉を吊り上げ、鋭い視線を彼女に向ける。騎士は無愛想な声で言った。


「何か御用でしょうか?時間がないのですが……。」


「ちょっと待って下さい。」


 ブラジェナは鞄を下ろすと、黒い鞄から魔法薬の瓶を幾つか取り出した。魔法薬にはアルフォンスから渡された新薬と本部から支給されたものの二種類がある。今回は二種類が混ざっている。彼女は瓶を騎士に差し出した。


「本当はモンスターの種類が分かれば良いのですが……。これらを使って下さい。」


 騎士は怪訝そうに眉を寄せる。ブラジェナは彼に説明した。


 モンスターを痺れさせたり、混乱させる魔法薬であること。更に一つは新薬でモンスターの好きな匂いを発生させ、気を逸らす効果のある魔法薬であること。モンスターの種類が分からないので専用のものではなく、効果が薄いことが欠点である。どれも投げれば使えるものである。更にいくつか説明を付け加えた。


「本当はモンスターの種類が分かれば専用のを渡せますが……。教えてもらえないとのことで、こちらにしました。どうか、使って下さい。」


 あ、使ったら詳しく教えて下さい。記録しないといけないので。と彼女は付け加えた。騎士は首を横に振ろうとして、止める。彼はため息をついた。真顔で魔法薬を受け取り、懐に仕舞う。


「仕方ありませんね。」

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