飛べない少女
少女の影はゆっくりと、船からコンクリートでできた桟橋へ進む。
おどおどしているようにも見える。
いきなり襲い掛かってこないのを確認すると、灰賀さんはUIを開いた。
「『飛べない少女』……ふむ。童話っぽいかな?」
視認したことで名前が表示されたらしい。
僕もUIを見ると同じ名前だけが出ていた。その下に隠されたテキストがいくつかある。
こういう風に見れるとは知らなかったな。
「……!灰賀、あいつ何か取り出してる!」
灰賀さんはUIを閉じ、右手の日本刀だけを構えたと思った。が、彼の左手には灰一色のハンドガンが握られている。
「とりあえず基本から。先制攻撃だ」
彼は躊躇せず、2発を少女へとぶっ放した。彼はどうも屈折体に容赦がない。
放たれた弾はなぜか青い軌道を描いていて、2発とも少女に命中したとわかるのだが……
少女はなんの反応も示さなかった。軌跡を見るに、そのまま通り抜けていったのだろう。実体がないのか?
「ま、そうそう効かないよなあ。当たっても殴るくらいの衝撃しかないしな~」
灰賀さんはあまり残念そうじゃない。
屈折体に銃が効きにくいのは分かっているのだろう。
遠距離攻撃無効化とか、単純に硬いとかは屈折体にありがちだ。
そのため、多くのクローザーは銃を使わないが、これは日本だけで海外は違ったりする。
ただ、国外だろうと上位層はほとんど使わない。
ある強さを超えると銃の対処は簡単なためだ。
灰賀さんはUIを出し、歪具と思われるハンドガンを外した。日本刀を正面に構えなおす。
その間、少女はポケットがあるらしい場所を探り、黄緑色のストローのようなものを取り出した。
それを口元にもっていき、少女は息を噴き出すように体を震わせる。
すると、ストローの先からしゃぼん玉が出てきた。吹き具だったのだろう。
1吹き分のしゃぼん玉はまっすぐこちらへ飛んでくる……と思いきや、一部は少女の周りへと戻っていく。
明らかに自然な動きではない。
屈折体の持つ歪具だろう……どんな効果があるのか。
「灰賀、私誰かに変わったほうがいいかな?アスタあたりが出るべきじゃない?」
「まだだ。とりあえずあいつの能力を見極めよう」
「オーケー」
話をしながら自然に2人は横並びになった。僕は後ろで待機しろということだろう。
ルナさんには分かるだろうが、一応後ろを警戒しておく。
ふよふよと浮かんでいたしゃぼん玉は透明だったが、黒くなっていった。
内側から徐々に大きくなっていくが、そのスピードには差がある。
よく見るとその黒は……人だ。人が映ってる。
黒い帽子に黒い顔、黒いネクタイに黒いスーツ。各しゃぼん玉に一人映っている。全員同じ真っ黒。
それはこちらに向かってきているのか、魚眼レンズでズームしたように大きくなり……
いつのまにか、桟橋の上に立っていた。
そいつらは全員、薄気味悪くこちらへ顔け向いている。
―――突然、黒い大男……「異黒人」達はこちらにカツカツと歩き始めた。
「来る!とりあえず攻撃してみよう!」
「わかったわ!」
「は、はい!」
異黒人の歩みはかなり遅い。が、桟橋の陸地側に展開されても困るので打って出る。目の前の2人がそれぞれ数体と接敵した。
「足音があるってことは、お前らには実体があるんだろ?」
灰賀さんは日本刀を数回振り、足、腕、首を各個体から切り離していった。血なんかは出てなさそうだ。
過積債のときとは違い、かなり脆い屈折体のようだ。
「はああ!」
ルナさんは静的な彼とは異なり、かなり激しく剣を振るう。
切ることよりも押すことに特化してるのか、当たった敵は後ろを巻き込んで倒れる。
奴らの体は攻撃された場所が欠けていた。
2人ともそれなりのダメージを与えただろう。が、異黒人は切られた部分が陽炎のように消え、切られた場所が元通りになっていく。
倒れた奴らも元通りに立ち上がり、こちらに向かってくる。
前の2人がこちらへ来ないようにしていたが、1体だけ僕のそばまでやってきた。
(ハンマーを使って……いや)
どう戦うか考えた時、一ついいものがあったのを思い出した。
ポケットに入れてあったスタンガンを取り出す。
(このスタンガンは敵を動けないよう長時間麻痺させるタイプだ。うまくいけば……)
そう考え、近づいた男が手を振りかぶってくるのを回避する。動作は遅く、そこまで脅威じゃない。
安産装置を外し、起動するのを確認して……
「はあっ!」
異黒人の体にスタンガンを当て、ボタンを押す。奴の体をバチバチと電気が流れていく。
無効化される可能性もあったが杞憂だったようだ。
そのまま倒れる。時々びくっと動くが、起き上がる気配はない。
「よし……」
◇
そんな風に、2人にメインで敵の対処をしてもらいつつ、抜けてきたやつは僕が動きを止める。
が、奴らの体力は底なしなのか、数を減らすことはなく、痺れていたのも徐々に起き始めた。
しかし増える様子もない。出せる数には上限があるのだろうか。
あと、異黒人をある程度傷つけるとしゃぼん玉が黒く光るのも見えた。
灰賀さんもそれには気づいたらしい。
「光!こっちに来てくれないか? たぶんこいつらの本体はしゃぼん玉なんだろう。俺がサポートするから、奴らの動きを止めてくれ! 」
「は、はい!」
言われた通りに灰賀さんのもとへ近づく。
彼は何体か止めてくれと言っていたが……何体にスタンガンを当てればいいのだろう。
さっきは十数人だった異黒人は優に百を超えた。
数回打ち込んだ所でどうにかなる数じゃない……
僕がそう考えたところで、灰賀さんは僕に対して声をかけた。
「わかってると思うがこの周りは海水だ! あいつらにぶっかけるからまとめて感電させてやれ! ルナ! ベルと交代だ!」
「了解! ベル代わって!」
疲労している様子のルナさんは叫んだ直後、体から白い光を放ち始めた。
空気が揺れ、ブウウウン…という低いうなりが空間に響き渡る。
同時に彼女の体全体に光が巡ったと思うと、彼女の周りに異黒人が集まった。
◇
「バケツ代わりに働くのは気が進まないですが……カステラで許します」
光がパッと消えると、そこにオレンジ色の髪を後頭部に団子で留めた女性が現れた。
パリパリっと音がして、周りの異黒人が円状に展開したバリアに押し出されて後ろへ倒れる。
視線がこちらへ向けられた。ルナさんの青かった目と異なり、鈍いオレンジっぽく光る眼。
体形はあまり変わらないが服装はオレンジ色がメインに変化している。
プロテクターが増えてより頑丈そうだ。
「私の能力は……まあ、聞いてないでしょうね。とりあえず見ていてください」
そういうと、彼女は手を横に向ける。またパリパリと音が鳴り、先ほど見たオレンジ色のバリアが一面に広がった。
形状を自由に変えられるのか、バケツみたいな形をしている。
「【光の守護】。一定面積のバリアを展開できます……が、それだけじゃないです」
彼女は伸ばした左手を後ろに手を引く。バリアもそれに追従して動いた。
彼女が手をアンダースローのように振り抜くと、バリアは水の抵抗を無視して海水を拾い上げる。
そのまま左手を右向きに払い、バリアの中の海水は異黒人たちへと降りかかる。
「自分の意志で動かせるってわけです。少し工夫すれば、こんなことも」
彼女は指をパチンと鳴らす。
バケツ状のバリアは展開されていき、彼女の前の1枚だけになった。
3メートル四方くらいの大きさだ。
よく見ると、バリアの前側に面で作られた突起が張り詰められている。
「はあっ!」
彼女は手を前に掲げ、異黒人のほうへと走る。
進んできたバリアに対して、彼らは抵抗できないまま押されていき、多数が密集したため、数体が海へと横に押し出された。
どうやら、海に落ちるのはダメなようで、そのまま沈んでいく。
それとは別に、手前のほうにいた奴らは突起物のせいでボロボロ。体が動かせないみたいだ。
「全部押し出すのは非効率……落ちた分はあの少女がしゃぼん玉を作るでしょうね。そうなる前に光さん。スタンガンを」
彼女の言う通り、後ろのほうで待機していた少女はしゃぼん吹きを構えだす。
もたもたしてられないということか。
僕は動けない先頭の奴らのもとへ駆けよる。
途中、まだ動ける奴が僕に手を振りかぶってきた。
が、灰賀さんが刀でそれを防ぎ、倒れている異黒人のほうへと蹴り飛ばす。
「やってくれ! 光!」
「はいっ!」
いつでも使えるようにしておいたスタンガンをボロボロの一体へ突きつけ、ボタンを押す。
―――バチバチバチッ!!
数十体はいるだろう異黒人に対し、一斉に電流が流れる。
その全てが動きを止め、倒れた。
六分の二が出せました
先が長いよ~1話書くのに結構かかるし……
言い訳はよくないですね、遅くなってすいません。なるべく3日に1話は出せるよう頑張ります
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