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Closer  作者: 篠原 祐
第一章 黒い雨が降る
1/7

現実逃避


1人の少年が電車の窓から外を見る。


「歪みのご依頼○万円から! 詳細は―」

「屈折体による被害なら○○○保険―」

「○○社製の護身用スタンガンがあれば安心!」

「―――への挑戦者求む」

「新人でも可! クローザー募集中―」


 電車の窓から見える広告は次々と流れていく。


 ◇


 1960年代、地球上のいたる所で”歪み”という現象が起こり始めた。

 歪みは異世界と繋がっており、そこから屈折体という化け物が出てきて、人類は大きな被害を受ける。が、半世紀以上経って人類はこの現象に適応した。

 歪みを道具やエネルギーとして使い、歪みで手に入れた武器、装備、アクセサリー、能力を使って屈折体を倒したり、それらを戦争に使ったり……

 しかし、大半の歪みは放置すれば大きな被害を出す可能性がある。そのため、ほとんどの歪みは閉じてしまう。

 それを仕事とする人で特に強かったり、有名だったりする者は”クローザー”と呼ばれ始めた。

 ただ現代、クローザーは歪みにまつわる仕事をする人の総称でしかない。


 ◇


 広告を見ながら考えを巡らせていると、いつの間に都市部を通り過ぎてしまったのか、海岸沿いを走っている。


「次、終点です」


 電車が止まり、まばらにいた乗客とともに電車を降りてホームを出た。

 すぐ後ろには海という辺境だ。

 こんなところに来たのは、とある歪みに関係がある。

 その歪みは金稼ぎと身体強化の両立で有名だったらしく、初仕事のために遠くから来た。

 バッテリーの少ないスマホを開き、目的地を確認して歩いていく。


 しばらくは海沿いだったが、坂道になり、周囲は畑へと変わる。

 小石だらけの道に躓きながら進んでいき、探していた林を見つけた。


 林には人が通った痕跡があり、それを辿ると木の隙間から光が漏れていた。

 その光は途中で不思議な方に曲がっている。

 よく見るとその奥にある木の輪郭も()()()いるとわかる。

 空間の一部だけがずれているようだ。

 これが「()()()」だろう。


 目的地にたどり着いた感慨もそこそこに、歩き続けて疲れたので、落ち着ける場所を探してあたりを見回す。

 すると、看板を見つけた。看板には


「この先歪みあり。一般人は近寄らないでください!」


 と書かれている。


 全ての歪みから屈折体が出るわけではなく、その歪みに屈折体がいない場合もある。

 外部から危険性を判断する方法はないため、新しい歪みが発見された場合は中に入って調査しなければならない。

 ただ、その歪みがどれくらいの大きさか、どれくらい空間が歪められているかによっておおよその危険度はわかる。

 この見た目なら9級だろう。全体的に少しずれているだけだ。


 持ってきたハンマーの降り心地を確かめたり、スタンガンが起動することを確認した後歪みに入る。

 屈折した空間に足を入れた瞬間、視界がぼやけていく。


 ◆


 次に目を開くとランタンで照らされた炭鉱に自分はいた。

 振り返ると、歪んだ空間がそこに残っている。

 調べていた通り再度そこに入れば戻れるらしい。

 ひとまず道なりに進んでいくことにした。


 坑道はところどころの壁がへこんでいて、鉱石があったらしい場所は削られている。

 1番の目的じゃないけど、少しでもお金になればと考えていただけに惜しい。

 

 少し進んだ所、数メートルほど先にツルハシが落ちていた。

 これが何かは知っている。対処法も含めて。


 近くに落ちていた小石を拾い、ツルハシのもとへ向かって投げる。

 カッ、と小石が音を立てた時、地面から1mほどの腕が飛び出し、ツルハシを掴んで小石が落ちた場所へ勢いよく振り下ろした。


 僕は息を殺して近づき、手に向かってハンマーを振り下ろす。人の手とは違いぶにぶにしてて、大きなダメージを与えたとは思えない。が、手はツルハシを掴んだまま地中へと戻る。


 人生初の屈折体との遭遇は、あっさり終わった。

 一体一体はあまり強くないのだろう。

 とはいえ何度も相手するわけにもいかない。ここから先10m内にもツルハシが2つ落ちてる。

 調べていた通りの対処を続けた。

 落ちている石を拾っては投げ、手が小石を壊したのを確認して進む。


「……!」


 目線を下げながら歩いていると、()が光の影にあった。これは蒸気が吹き出す罠だ。

 僕はそれに気づき、煙が噴き出す前に足を下げれた。

 ただ、半端な生き方をしていると上手くいかないんだろう。


 下げた足は、もともと地面があった場所を踏んだ。そう思っていたが、足は固いものを踏むことなくどくまでも下がっていく。自分の体も同じように引かれ、落ちて―――


「うっ、うわあああ――!」


 やってしまった、と思った。

 踏んだ場所が音もなく、下の階層へ続く穴となるトラップ。

 初歩的ではある。でも目先に別の罠があれば……気が緩んでも仕方ない。

 だからこれは、運が悪かっただけだから―――


「がはっ!」


 このまま死んでしまうのも、仕方のないこと。


 周辺はさっきよりもかなり暗く、上に空いた穴から光が見える程度。背中からいったのか、背骨が痛む。

 近くからはコウモリの鳴き声...? だろうか、キィキィという鳴き声が聞こえてくる。


 起きたいけど、体が痛い。

 筋肉痛なんて比じゃない痛み方をする。

 頭は大丈夫かと思って手を当てたら、液体に触れた感覚がする。


「僕の……血か」


 ああ、もう死ぬのか……

 どさっと力が抜けていく。


 あっけない終わり方だけど、自分らしくはある。

 本気で生きようとしなかった自分らしい。

 未練はない。と思ったけど、浮かんでくるものだ。

 母さんはいまどうしてるかとか、あのゲームの続編やってなかったとか、新しいラーメン屋に行けなかったとか……


 意外と、生きたかったんだな。

 でも、もう終わりだ。さっきから聞こえてた鳴き声らしい音も少しずつ近づいてきている。

 覚悟を決めて、目を閉じる。いや、ただ怖いだけかな……









 ……音が消えた。

 死んだのか?

 恐る恐る目を開ける。

 ただ暗いだけだと思ったけど…

 自分が天国に来たんじゃないかってくらい、眩しかった。


 そこには、金色に光る鉱石があった。

 拳ほどの大きさで、手に取れそうな———


 気が付いたら、それに手が伸びていた。

 これを取るべきだ。そういう感覚がする。

 迷うことなく、体を起こして、よろめきながら進んだ。

 そうして、鉱石に触れようと手を伸ばしたら、


「そこの金髪少年、触れちゃダメだ。ひどい死に方するよ?」


 そう声がして、肩を掴まれ後ろに引かれた。


 瞬間、鉱石の周りから触手が現れて、光が見えなくなるように覆いかぶさっていった。

 頭から血が引いてくのを感じる。


「う~ん、気色悪い動き方。飲まれるのは御免だな」


 そうして暗くなり、突然現れた20代半ばくらいの、黒髪に黒めな恰好をした男が持つランタンの光だけが残った。

 彼の服装と髪には白色がところどころ混じっている。手には真っ白な日本刀が下げられていた。


「あ、ありがとうございます」

「……君の所属と階級と、あと名前は?」


 男は僕に質問してきたが、詰める感じはなかった。

 答えるしかないだろう。


「……所属は、何もしてません。階級は10級、名前は……宮田(みやた) (ひかる)


 事務所はほとんどのクローザーが所属している、小さなものから大きなものまである会社だ。

 社員がチームになって歪みを閉じたりする。

 

 また、階級はその人がどの難易度の歪みに対処できるかを表しており、歪みにも同様に階級が設定される。1~10級まであるが、その上もあるらしい。

 10級はもちろん最低ランクだ。


「へー……個人ね。俺は黒依(くろい) 灰賀(はいが)。この近くで『Close up』っていう事務所の所長やってるんだ。勤めてるの数人で社長感ないけどね。あはは」


 と軽い冗談を返された。こちらは愛想笑いするしかない。


「あはは……」


 気まずいのだろうか。黒依という人は僕の左側へ視線をそらし、ランタンを置いた。


「あー、あとすまん。少し左側に避けてもらっていいか?」


 真剣な雰囲気を感じたので言う通りに動く。

 同時に視線も動かす。


「グルルォオオアアア!!」

「ひっ……!」


 自分の立っていた場所に、体中から石炭が突き出している男が飛び出していた。


「やっと会えたな……。目立つ見た目してるくせにコソコソとしやがって」


 刹那、石炭男のそばに黒依が現れ、持っていた刀を振るった。刀は石炭ではない部位に当たったが、ギャリっと音を立てただけで、切れたわけじゃなさそうだ。


 しかし衝撃は伝わったようで、石炭男がふらつき、倒れる。

 黒依も身を引いた。


「肉体の部分だろうと堅いね。あれを使うしかなさそうだ」


 そういうと、彼はずいぶん手慣れた手つきで左腕の前腕部分に浮かんでいるU()I()を操作する。

 右手に持っていた日本刀が消え、両腕に籠手が現れた。


「使いやすいサイズに解体してやるよ!」


 そういって彼は起き上がりかけていた化け物……いや。屈折体に対し籠手を向けて突っ込んでいく。


「ギリリリリリリリリリリ……!!」


 黒依は屈折体の胸元へ左手をかざした。

 彼は右手を掲げ、左手に向かって振り下ろす。

 同時に、屈折体も石炭と同化した左手を横向きに振った。


「ガアアアアアアア!!」

「【撃鉄(げきてつ)】!!」


 左手が右手に当たった瞬間、それは爆発した。あたりの風景が鮮明に見えるほど明るくなり、何も聞こえなくなるくらい大きな爆発音が鳴り響いた。


「ッ――!」

「アアアオオオオ!?」


 耳がキンキンする。そして風が吹き、砂も飛んでくるせいで目が開けられない。




 ◇


 そうして風が止まったころ、目を開けると石炭が散らばっていた。

 黒依は爆風で飛んで行ったランタンを拾い、こちらにやってきた。


「や~狭い場所でああいうの使うとやっぱ大変なことになるね~。今度は気を付けないと」

「は、はあ」


 どうやら、さっきの爆発で屈折体はバラバラになったみたいだ。

 人間でもないし、倒すしかない存在ではあるけど少し哀れに思う。

 ただ、彼は何とも思ってなさそうだ。


「それで、一つ頼みたいことがあるんだけどさ、散らばった石炭集めるの手伝ってくれない?今、左手まったく動かないんだ。多分あと1時間くらいこのままなんだよね〜。集めるの手伝ってくれたら一部は君にあげるよ?どう?」

「……分かりました。ただ、その前に手当してもらっていいですか?」


 血を流しているであろう僕の頭を指で示した。


「手当?その頭についてる泥を取ってくれって?」


 ランタンが僕に向けられたので少し明るくなった。そして、自分の手を見て……うん。ただの泥だ…というかよく考えたら落ちたの背中からだし、頭を怪我する要素はないな。


「はぁ……」


 思わずため息が出て、前屈みにしゃがみ込んだ。とりあえず、頭の泥を手で軽く払い、ハンカチでも頭を拭う。


「いえ、やっぱ大丈夫です。汚いですし」

「そう? …じゃあ手伝ってもらってもいいかな?」

「はい」


 しゃがんだまま石炭を拾い集める。爆発でバラバラになり、手で持てるくらいの大きさだった。入れるものがないので1か所に集めて置いていく。暗闇に目が慣れたのか、床に置かれたランタンの光だけでも十分石炭を探せた。




「……ちなみにさ、このハンマーって君の?」


 言われて振り返ると、いつのまにか落としてしまったハンマーを彼が持っていた。

 正直に答えるべきだろうか。


「……そうです。僕のです」

「ふーん…これかなりの業物だよね。君くらいの子が持ってるような代物じゃないよ?」

「……持っている理由を、聞きたいんですか」

「教えてくれるの?」






「……言いたくありません」


 彼が何か試しているような気がした。


「そう、か。 ならいいよ。ほら」


 彼は右手に持ったハンマーをこちらに渡してくる。気にしてる様子もない。


「ありがとうございます」

「あ、あと集めるのはそれくらいで大丈夫。ちょっと待ってて」


 黒依はさっきと同じようにUIを操作した。

 ほんのちょっと彼のそばの空間が歪んだと思うと、先の見えない、モニターくらいの大きさの光る板? が現れた。


 彼はそこに次々と石炭を入れていく。

 多分、収納用の能力なんだろう。


 入れるのを手伝っていると、段ボールくらいの量を入れた段階で、石炭はなくなった。

 彼もそのことを確認すると、ゲートは消えた。

 そして、黒依は僕が落ちてきた穴の真下に立つ。


「さて、俺はもう外に出ようと思うんだが…君はまだ残るかい?」


 あれだけ醜態を晒しといて残るつもりはない。


「いえ、僕ももう出ま……出たいです」


 よく考えたら、帰り道が全く分からない。


「まー、出口もわからないよね。というか、ここを出たって行くところがあるようには見えないな」

「うっ……」


 図星をつかれた。実際、今日泊まる所も決まってない。しばらく宿泊できるだけのお金はあるけれど、泊まる場所ができても数日しか持たない。


「もしそうならさ、俺の事務所に来ないか? 君が寝泊まりする場所はあるよ?」

「…助けてくれたのは感謝してます。ただ、知らない人のとこで泊まるのは、ちょっと」


 今のご時世でほいほいと人についていくのは危険だろう。


「知らない人、ね」


 彼はなぜか嬉しそうだった。


「それじゃ、事務所に入らないかい?」


 僕は思いがけない一言に固まってしまった。そんなあっさり入れていいのか?

 彼はコホン、と咳払いをしてこう続ける。


「仕事内容は、依頼の受付と、解決を同時にやってもらうのが1つ目。定期的な歪みの見回りが2つ目。あとは事務作業にも必要があれば参加してもらうかな。雇用形態は、最初のうちは非完全所属にしようか。ひとまず3か月。その後に完全所属にするかは君の頑張り次第だね。勤務時間は宿直勤務制と固定時間制の並立になるよ。ただもちろん休む必要があれば休んでもいい。残業時間は月10~80時間で、時間に応じて残業代を出そう。それを踏まえた全体的な給与としては、最大で年○百万ってとこかな。一般企業と同じ意味じゃないけどボーナスも出るよ。初任給は○十万でどうだろう。もちろん給与は頑張りで上がっていく。福利厚生として、ジェネフィクス保険と、リマインド保険は事務所として契約してある。あと、お茶菓子付きだ。どう?」


 と、とんでもない勢いでまくし立てて来た。

 どう、と言われても……


「え、えーと、歪みに強制的に入らされたりしますか?」

「いや。入りたくなければ入らなくてもいいよ」

「じゃ、じゃあ、人に危害を加えるような仕事はしますか?」

「対人系の依頼は受け付けてない。お金を積まれてもやらないかな」

「…事務所の目標はなんですか?」

「ふむ、強いて言うなら…有名な1級事務所になる、ってことかな。これは全員目指してる目標だね。今はまだ9級だけどさ」


 …それは、理想とは違った。でも、どうなってもいいという気持ちが勝ったのだろう。


「わかりました。一緒にやっていきましょう」


 黒依…いや、灰賀さんについていくのに十分と思った。


「お、本当に!? それじゃ…これからよろしくな、光君。君のためにも、頑張っていこう!」


 そういって彼は右手を差し出してきた。

 普通に手を取れば良かったのだろうが、僕は言わなくていいことを言わずにはいられなかった。


「……僕のために頑張るのは、嫌です。こんな自分のために頑張るのは反吐が出ます」


「……ふぅん。じゃあ、しばらくは俺のために頑張ってもらおうかな。でも頑張る意味は自分で決めた方がいい。いつか必要になる」


 彼はそこまで深く聞いてこなかった。それは理想的な距離感に思えて、悪くなかった。

 僕も右手を差し出し、握手した。


「それじゃ、外に出ようか」

「ええ、案内をお願いします」


 ……灰賀さんはなぜか手を放してくれない。


「ただな、俺結構深くまで潜ってきたんだよね。通路沿いに戻ると、かなり手間かも。そこで、真上にちょうどいい穴が開いてるよね?」

「……何が言いたいんですか?」


「……しっかり掴まっててね」


 なんとなく展開が読めたので、手に込める力を強くしておく。


「【畳返し(たたみがえし)】!」


 彼が力強く床を蹴った直後、明らかに物理法則を無視した力が働く。

 地面がせりあがって、体が―――


「うわああああああああ!!!」


 ―――空中へ、弾き出された。

次回は数日中に出します。

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