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本日のブラッドレー家の朝食を紹介します。
庭で取れた葉っぱと野菜でつくったサラダと薄いスープ。そしてパン。以上。
貧乏貴族なので凝った料理などはでない。
パンは保存食でかっちかちなので、スープに浸して柔らかくしながらなんとか食べる。
7歳の体なのでそこまで物足りなさは感じないものの、前世の記憶を取り戻した身としてはつらい。
(焼きたてのふわふわのトーストが食べたいなぁ……。バターがじゅわっと溶けたやつ)
ちなみに、柔らかいパンもバターもこの世界に存在する。
ただブラッドレー家にお金がないだけである。
食後は日課の日光浴。
サンルームに向かって、そなえつけのソファーに体を沈めてごろごろする。
(あ、このクッション穴空いてる。あとで繕うか~~)
ブラッドレー家の屋敷は全体的に薄暗い。
年中閉じっぱなしの分厚いカーテンが日光を遮っているし、開けたところで長年掃除がされていない窓ガラスはすっかり曇ってしまっていて、朝でも陽があまり入らない。
加えて、屋敷の人間全員が辛気臭い顔をしているので気が滅入ってくるのだ。
お祖父様もお父様もにっこり笑ったところなんて生まれてこの方、見たことがない。
まあ、笑われたところで不気味なのだけれど……。
唯一サンルームだけはカーテンがなく、また私がせっせと窓を磨いているので明るい。
(あーー…生き返る)
ポカポカした陽気と心落ち着く空間でしばしまどろむ。
こうしていると、ここ数日のあれやこれやは夢だったのではと思えてくる。
***
数日前、弟との出会いで前世の記憶がよみがえった私は気絶し、そのまま寝込んだ。
小さな脳みそでは処理しきれず、いわゆる知恵熱のような状態になった。
今とは違う家族。
今とは違う世界。
そして、アスランが出てくる物語のこと――。
一気に抱えきれないほどの情報と感情が押し寄せてきて、私は混乱した。
前世の私は死んだのか。
どちらが本当の私なのか。
他人事とするにはあまりに鮮明で。怖くて、寂しくて、苦しかった。
様々な思いが交差するなか私は三日三晩寝込み、やがて考えることをやめた。
諦めたともいう。
だって、そんな難しいこと、たぶん一生考えてもわからないから。
わかることは、私はいまこの世界で生きているということ。生きていくしかないということだ。
(――まぁ、弟のせいで死ぬかもしれないけど!)
私が生存するためには、弟に悪の帝王になるのを諦めてもらわなければならない。
とはいえ具体的にどうしたらいいかもわからずに、毎日こうしてぐだぐだしている。
なにせ情報が少ないのだ。
アスランとは初日以来ほとんど会っていないし、時々庭の隅で何かしているのを見かけるくらい。
(本ではアリシアの情報はいくらでもあったけど、悪役の過去なんてそんなに詳しく書いてなかったしなー)
ただつらく苦しい生い立ちだったということと、そのせいで愛も知らず、世界を憎むようになり、力に執着していったということだけ。
そのとき私はひらめいた。
ということは、今が楽しければいいのではないだろうか――!
そんな誰にでも思いつくような安直な発想のもと、私はその足で弟に会いに行き、そして後悔した。
***
「こ……こんにちは、アスラン?」
声がひっくり返った。
ゆっくり振りむいたアスランに、私はごくりと唾をのむ。
(め、目が死んでいる!!!)
光がないよ!
こわい……!こわすぎる!
子どもがする目じゃないよぉ!
内心ガクガクになるが、ここでめげたら試合終了である。
「あっちで一緒に遊ぼう?」
アスランの手をとり、両手で封じるようにギュッと握る。
最悪跳ね除けられるかと思ったがそんなことはなく、握られた自分の手をジッと見つめている。
そんなに強くは握っていないつもりだけれど、痛かっただろうか……?
しかし私とて手を放すわけにはいかない!
アスランの虐殺は私が止める!(物理)
「…………。」
私の決意をよそに、無言のままひたすら握られた手をじっと見つめるだけのアスランに、だんだん不安がおしよせてきた。
え、なに……?
どうやって私の手を切り落としてやろうか、とか考えてたらヤだな……。
怖くなって少し手を緩めた。
所詮、蟻の命より自分の命が惜しい小娘ですみません。
「ご、ごめんね……! 痛かったよね!?」
(お願いだから殺さないでくださいーーー!)
心の中で土下座して謝罪しつつ、慌ててアスランの手をさする。
これで痛みがごまかされますように、などと小賢しいことを念じながら、そーっとアスランの顔色をうかがうと、そこにはキョトンとした顔の弟がいた。
なんだこれかわいい。