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どうも、大好きな本の世界に転生したけれど、悪の帝王の姉ポジだったライラです。
世界と自分のために弟と仲良くなろう作戦を実行しようとしたところ、弟が蟻をプチプチつぶしていました。
無感情でやっているところがまた怖い。
さすが未来の悪の帝王。
よくよく考えなくても悪の帝王として残忍なことができたってことは、元々かなり善悪の価値観がゆるいのではないだろうか……?
ということは、好感度を多少あげたところで『嫌な感情はそこまでないけど、ごめんね?』にっこり、みたいなフランクさで消されるかもしれない。
でもまあ、優しい殺してくれるならいいのか……。
いやよくないだろ!
いずれ死ぬ運命のキャラクター。
それが私である。
私は、ブラッドレー伯爵家の長女として生まれた。現在7歳。
ブラッドレー家といえば、かつて国に結界を構築した四大魔法使い名家のひとつという由緒ある名門貴族なのだが、それもカビの生えた大昔の話で、現在はお金もなければ社交性もないただの没落貴族です。
いま住んでいる屋敷も見た目だけは一丁前なのだが、中身はよく言えば古風。
はっきり言えばボロい。
使用人も最低限しかいないので掃除が行き届いていないし、お金がないので雨漏りしても放置している惨状。
カーテンや絨毯なども昔のまま使っているので骨董品のようだ。
どことなくおばあちゃんの家の匂いすらしてきそうな仕上がりっぷり。
そんな落ちぶれたブラッドレー家だが、やがてそれを建て直すのが我が弟アスラン・ブラッドレーであり、決定的に断絶させるのもまたアスランである。
私が、ここが『大魔法使いアリシアの冒険』という本の世界と同じだと気がついたのは、数週間前。
はじめて弟に会ったときのことだった――。
***
「お前の弟だ」
その日、いつものように朝食を食べ、サンルームでだらだらしていた私は玄関ホールに呼び出された。
そうして向かった先には当主であるお祖父様とお父様。そして見知らぬ男の子が立っていた。
「お、オトウト…………?」
びっくりしすぎてはじめて人語を話した悲しい怪物みたいな喋り方になってしまった。
弟って突然できるものだっけ?
お母様はだいぶ前に亡くなっているのだが、お父様の隠し子ってこと……?
そろーっとおとなの顔色をうかがうと、いつも厳めしい顔をしているお祖父様が今日はめずらしく機嫌がよく、反対にお父様は陰鬱な顔をさらに陰鬱にしている。
目の前にいる弟は、ぼさぼさの銀髪と血のような赤い眼をしていた。
歳のころは4歳といったところだろうか、ろくにご飯も食べていないのかやせ細っていて服装もボロボロだった。
緊張しているのか、何も考えていないのか、紹介されている間もただただジッと突っ立っているだけで、姉である私のことをどう思った様子もない。
視界にすら入ってないかのように虚ろな目をしていた。
感情の見えない表情がなんとなく、こわいと思ってしまった。
というかこの赤い眼、どこかで見たような気がする……。
魔法があるからか、「遺伝子? それっておいしいの?」とばかりに色とりどりな見た目の世界ではあるが、赤い眼はかなり珍しい。
とはいえ、まったくいないわけでもなく、ブラッドレー家の初代当主様も赤い眼をしていたという。
魔力の多い人間にはときどき出る特徴らしいので、この少年もそうなのだろうが……。
(赤い眼に銀髪の……ブラッドレー……?)
やはり、どこかで聞いたことがあるような気がするけれど私のざんねんな頭ではなかなか思い出せない。
ブラッドレーは自分の名前でもあるので、聞いたことがあるというのも変な感覚なのだけれどそうとしかいえないので仕方がない。
(んーー、なんだっけ……ここまで出てるのに思い出せない……!)
小骨がのどにひっかかったようで気持ちが悪い。
私がひとりでうんうん考えているうちに話は進み、お祖父様は顔見せは済んだとばかりに使用人を呼んで、少年にこう言った。
「アスラン、お前は今日からここで暮らせ」
その言葉を聞いた瞬間、雷に撃たれたように私のなかに前世の記憶がよみがえる。
アスラン・ブラッドレー。
自分に歯向かうものすべてを殺しつくし、世界征服しようとした史上最悪の魔法使い。
前世で私が大好きだった物語に出てくる――…
(悪 の 帝 王 だ !!!)
そして、私はそのまま気絶した。