第84話 アフターエピソード(5)チョコレートケーキ・リベンジ(1)
その日もアストレアのための情報収集を終えたリュージが、部屋で上半身裸になって片手腕立て伏せをしていると、
「リュージ様、今はお暇ですか?」
アストレアがやって来た。
ノックもそこそこに気安くドアを開けるが、もちろんリュージがそれを咎めることはない。
「暇だぞ? なにか用事か?」
リュージは腕立て伏せを早々に切り上げると立ち上がった。
戦うために鍛え上げられた一辺の無駄もない痩せマッチョな肉体美を、まざまざと見せられて、
「はわ……っ」
アストレアの乙女心がいたく刺激され、思わず赤面してしまう。
「どうしたアストレア?」
「な、なんでもありません。こほん。えっとですね。実は今からチョコレートケーキを作ろうと思いまして」
「この前、失敗したからリベンジするわけか」
リュージにボロンカスに言われたものの、しっかりと完食されたアレである。
「そうなりますね。せっかくなので詳しそうなリュージ様から、色々教えて貰おうかなと思って、お誘いに来たんです」
「それは構わないが、教えて貰うなら王宮お抱えのシェフに習った方が正確じゃないか?」
「それがなんとも微妙なところでして」
「微妙?」
「ほら、私が作ったら少々出来が微妙でも、シェフは『大変に素晴らしい出来栄えです。文句の付けようがありません』と言うと思うんです」
「まぁ、そうだろうな。一国の女王が作ったものに、おいそれとダメ出しはできないだろう」
「私としては風通しのいい職場を目指しているんですけどね。しかしながら私に関する黒い噂があって、なかなか……」
アストレアがしょんぼりとした。
アストレアは清廉潔白な女王として広く通っているが、(主にリュージのせいで)反主流派からは政敵を暗殺して回るキリング・クイーン・アストレアなどとも陰口を叩かれている。
そういった不穏分子は、先日のモレイオス男爵のクーデター未遂の時に一掃したものの、完全にゼロになったわけではないし、ついた噂はすぐには消えない。
そして王宮シェフが、アストレアの噂を知らないはずもない。
しかしシェフにはその真偽を確かめる手立てがないのだ。
となると万が一の危険を考えれば、アストレアのお菓子作り指導でダメ出しなどできようはずもなかった。
リュージもその辺りのことはすぐに察する。
「なーに。この前のクーデター未遂では1人も死人は出なかったんだ。そのうち噂は消えてなくなるさ……まぁ何人か、捕まる前に自害したり、やけくそ蜂起して討ち死にした奴はいたが」
それはもうアストレアとしてはどうしようもないことだった。
アストレアとしては、国家反逆罪の一味を野放しにしておくことはできず。
向こうは向こうで、捕まって惨めな目に合うくらいならいっそ……といった気持ちになるのは当然だったからだ。
しかし世間というのはとかく、物事を面白おかしく噂にしたがるものだ。
その何人かの件をことさらに大きく取り上げ、クーデターを企む旧態依然とした保守派を、アストレアが容赦なく討ったとかわら版で書き立てられてしまったのだ。
先王の圧政に長らく苦しんだ庶民たちは、『強く聡明な新女王が古き悪を討つ』という構図に今なお熱狂していた。
「世の中ままなりませんね」
「ま、庶民の支持があるのはいいことさ。人あっての国だからな。終わったことを気にしても仕方がない。俺たちは未来のことを――チョコレートケーキ作りについて考えようぜ」
「ふふっ、ですね。それでは行きますか」
「ああ」
リュージは服を着ると、アストレアと連れ立って王宮の厨房へと向かった。




