第76話 エピローグ(2)事件の終わり方
「あの、リュージ様が本当に素直で優しくて穏やかで、若干どころか激しく困惑している私がいるんですけれど? 本当に大丈夫ですか? 頭を打っていませんか? お医者様を呼びましょうか?」
「心配してくれてありがとうアストレア。だけど俺は全然なんともないから安心してくれ」
「そ、そうですか……」
まるで憑き物が落ちたかのように穏やかになったリュージの言動に、アストレアはどうにも困惑を隠せないでいた。
あまりに今までのリュージとは別人過ぎて、ぶっちゃけ気持ち悪いまであった。
もしかしたら生き別れの双子かなにかで、完全に別人なのでは? などとも思ってしまう。
「ところでアストレア」
「はい、なんでしょう?」
「師匠は――俺が倒れていたところに、俺の刀を持った大男の亡き骸がなかったか?」
リュージが真剣な表情でアストレアに問いかけた。
「報告によるとあったみたいですね。……でもそうですか、あの方はリュージ様のお師匠様だったのですね」
アストレアがわずかに目を伏せながら、呟くように言った。
「俺の剣の師匠でさ。同時に人生の師匠なんだ。最後に一番大切なことが何かを、命を賭して俺に教えてくれた」
リュージの口調にわずかな悔恨のようなものを感じ取ったアストレアは──聡明すぎるがゆえに──他でもないリュージが師匠を斬ったのだと察しを付け、なんと言おうかわずかに悩んだものの。
「それは……ええ、本当に良かったですね」
それには気付いていない振りをして、当たり障りのない答えを返した。
2人の関係をろくに知らない自分ごときが、アレコレ口出ししていい話ではないと判断したからだ。
「ああ、本当に素晴らしい師匠だったよ」
「その件について一つだけ申して添えておきますと、彼がこの事件の犯人ということでこの一件は落ち着きそうです。なにせ凶器である剣を持って現場に倒れていましたので」
「まさか、師匠はそこまで考えて俺の剣を預けろって言ったのか――」
もし万が一にでもリュージという復讐者の存在が明るみになり、さらには女王アストレアとの関係まで神聖ロマイナ帝国に知られてしまったら。
そうなれば皇子を殺した責任を取らせるべく、神聖ロマイナ帝国はその強大な軍事力でもってシェアステラ王国に攻め込んでくることだろう。
サイガの存在が、リュージという復讐者の存在を闇に葬ってくれたのだ。
「きっとリュージ様の身代わりになってくれたんですね」
「そう……みたいだな。最後までありがとな、師匠」
最後の最後までサイガに面倒を見てもらったことを知って、リュージは改めてサイガに深い感謝の念を抱いた。
故人を偲ぶ心地の良い沈黙が、少しの間、室内に立ち込める。
穏やかな沈黙にしばらく浸ってから――けれどこんなしみったれた自分を見たら天国のサイガは笑って酒も飲めないと思ったリュージは──場の空気を換えるべく、極めて明るい口調でアストレアに言った。
「ところでアストレア」
「はい、なんでしょう?」
「アストレアに伝えたいことがあるんだ」
リュージの声が明るいだけでなく、とても真剣な声色を帯びていることを、アストレアは機敏に感じ取る。
アストレアは背筋を伸ばすと思考を一国を差配するクイーン・アストレアモードへと切り替えた。
「伝えたいこと? あ、ザッカーバーグさんのことでしたら、ちゃんと東部辺境伯の一人として、小さいですが領地持ち貴族に取り立てますよ。今朝の会議で最終決定をしましたから」
「そういや、そんな話もあったけか。でも今はその話じゃないんだ、もっと大事な話がある、すごくすごく大事な話だ」
「と言いますと?」
アストレアはまったく見当もつかないと言った顔で、あごに人さし指を添えて首をかしげた。
何かあったかな、と片っ端からあれこれと思い浮かべてみるが、そんなに真剣な顔をして話すようなことには一つとして思い至らなかった。
「契約の話がしたい」
「契約の話……ですか?」
アストレアが右手の人差し指を口元に当てながら小首をかしげた。