第75話 エピローグ(1)リュージとアストレア
リュージが目を覚ますと、そこには見覚えのある天井があった。
アストレアから自由に使っていいと借り受けていた部屋の、ベッドに寝かされているのだとすぐに思い至る。
「ここは俺の部屋か? なぜだ? 俺は死んだはずじゃ──」
「ちゃんと生きてますよリュージ様」
「アストレア?」
ベッドのすぐ脇からアストレアの声がした。
リュージは上半身だけを起こすと、声のした方向に視線を向ける。
「おはようございますリュージ様――といっても、今はもうお昼前ですけどね」
椅子に腰かけたアストレアがにっこりと笑って答える。
そのすぐ近くには菊一文字――サイガから譲り受けた刀が所在なさげに立てかけてあった。
「ああ、おはよう。それよりどうして俺は、部屋のベッドで寝ていたんだ? 俺は街道で戦って、カイルロッドを倒した後に力尽きて倒れたはずだが……」
リュージは目をつむると記憶を思い返す――までもなく、それはリュージの頭に鮮明に蘇ってきた。
「それはもちろん、意識を失って倒れていたリュージ様を回収して治療したんですよ。大変だったんですよ? なにせ見つけた時点で生命活動がほとんど停止していたんですから」
「それでよく命が助かったな」
「ほら、前にリュージ様が勧めてくれた怪しげな丸薬があったじゃないですか。あれを大量に飲ませました、一か八かで。効果があったみたいで良かったです。これは王宮御用達の薬屋にでも取り立てないとですね」
「そうだったのか。それは迷惑をかけたな」
「ほんと大変だったんですからね。リュージ様の回収にしても、フランシア王国の騎兵部隊とタッチの差でどうにかセバスが回収に成功したんですから」
「俺を見張っていたのか? 周囲にそんな気配は感じなかったが……」
リュージに限らず、『気』を使う神明流の剣士は、周囲の気配に対して非常に敏感になる。
近くで見張られていたら、気が付かないはずがなかった。
リュージの続けざまの疑問にアストレアが答える。
「見張っていたのはリュージ様ではなく、フランシア王国との国境ですよ。カイルロッド皇子がいつまで経っても到着しないとなれば、フランシア王国から確認のために部隊を送るでしょう?」
「そういうことか」
「はい。そちらの動向を見張っていて、リュージ様に何かあった時のためにと、彼らが現場に行きつく前に先んじて動いたわけです。行商人に扮したセバス達が向かったら、リュージ様が倒れていたそうで、すぐに助けて戻ってきたというわけです。やはり何事も、保険はかけておくに限りますね」
アストレアがえっへんとばかりに、ちょっと得意そうな顔で説明をした。
今回に限ってはリュージの行動予定があらかじめ分かっていたこともあり、聡明なアストレアはリュージにすら内緒で、次の手を用意していたのだ。
「本当に色々と迷惑をかけたな、ありがとうアストレア。アストレアには感謝してもしきれない」
そんなアストレアに、リュージはいつものように軽口をたたくでもなく、素直に心から感謝の気持ちを伝えた。
「いえいえ、私たちは一番最初からの共犯ですからね。助け合うのは当然です。ですがこれで1つ貸しですからね?」
「本当にアストレアには頭が上がらない。この借りは一生かけて返す」
リュージは再びお礼を言うと、大きく頭を下げた。
「え? ああはい……。あの、なんだか今日のリュージ様はやけに優しいというか、とても素直ですよね?」
そんなリュージの反応見て、アストレアはやや戸惑ったように言った。
「そうか?」
「リュージ様のことですから、『俺はそんなこと一言も頼んじゃいない。お前が勝手にしたことを、イチイチ声高に恩着せがましく言ってくるな』とかなんとか、軽口が飛んでくるものだろうと心構えをしていたんですけれど」
アストレアがリュージの物真似を――結構上手だ――してみせる。
「そうかもな。少し気が抜けているっていうか、復讐を終えて肩の荷が下りて。今まで張りつめていたものが、ぽっかりとなくなった気がするんだ」
しかしリュージはまたもや素直に、今の自分の心境をアストレアに伝える。
そのせいで、アストレアは更に困惑を深めざるを得なかった。