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第70話 カイルロッド皇子

 リュージが近づいていくと、カイルロッドは自分から馬車を降りた。

 しかもそれだけでなく、逃げるでも隠れるでもなく、まるで迎え撃つように堂々とリュージの前まで歩いて近づいてきたのだ。


「へぇ、自分から殺されに出てくるとは殊勝なことだな。逃げようが隠れようが、何をしようが今さらもう遅いと観念でもしたのか?」


 そのあまりに(いさぎよ)い行動に、リュージが少し驚いたように問うと、


「くっくっく、あはは、あーっはっはっは! 実に愉快だね!」


 カイルロッドは突然、大きな声をあげて笑い始めた。

 予想もしていなかった奇行に、リュージが眉をひそめる。


「何がそんなにおかしい? 死の間際になって、気でも触れたのか?」


「なにって、そりゃあもちろん、人間どもが愚かにも同士討ちして犬死する姿が、実に哀れでおかしかったのさ。皆まで言わせないでくれたまえ」


「なんだとてめぇ、もういっぺん言ってみろ……!」


 文字通り、命をかけて剣士としての覚悟を授けてくれたサイガの死をけなされて、リュージの言葉に強烈な殺意が宿る。

 そうでなくともカイルロッドは姉のユリーシャと、幼なじみで義理の兄になるはずだったパウロの仇なのだ。


「何度でも言うさ。剣を抜かずにわざと殺されるだなんて、人間ってのはほんと馬鹿すぎて手に負えないね。死んだら意味ないでしょ」


「俺に欠けているものを命懸けで伝えてくれた師匠の死を、へらへら笑いながら(おとし)めてんじゃねぇ! 神明流・皆伝奥義・八ノ型『シンゲツ』!」


 サイガの死をバカにされたリュージが、見えない月=新月のごとき、目にも止まらぬ高速の抜刀術を放った。

 菊一文字は初めて握ったとは思えないほどにリュージの手になじみ、鋭く抜き放たれたその刃は、煌めく殺意となってカイルロッドを襲う!


 怒りを力に変え、一片の容赦もなく殺した――はずだった。


「おぉっと、危ない危ない。その速さにはほんの少しだけ注意が必要かな。ほんの少しだけどね」


 しかしカイルロッドは、いとも簡単にリュージの最速の剣を避けてみせたのだ。


 神明流の誇る神速の抜刀術を、偶然などで避けられはしない。

 つまりは必然。

 カイルロッドはリュージの鋭い一閃を、完全に見切っていたのだ──!


「今のは手練れの剣士であってもかわすどころか、剣筋を見ることすらできないはずだ。お前いったい何者だ? まさか影武者か?」


 リュージがアストレアから聞いた限りでは、カイルロッドは特に武術の経験はない。

 もしその通りであれば避けれるはずがない。

 カイルロッドが見せた有り得ない動きに、影武者の可能性に思い至ったリュージは険しい視線とともに問いかけた。


「まさかまさか、ボクは『本人』さ。ただ、ちょっとばかし普通の人間とは違うけどね」


 道化師が顔に張り付けるような、どこか不安を誘う薄ら笑いで答えたカイルロッドに、なんとも得たいの知れない異様な気配を感じ、リュージの警戒感が猛烈に高まっていく。


「……そういや、さっきもまるで自分が人間じゃないみたいな言い方をしてたな? お前、いったい何者だ?」


――そりゃあもちろん、人間どもが愚かにも同士討ちして犬死する姿が、実に哀れでおかしかったのさ――


 よくよく考えればこの発言はおかしすぎると、今さらになってリュージは気が付いた。


「問われたからには名乗らなければならないな。ボクは神聖ロマイナ帝国第十三皇子カイルロッド=ウェル=ロマイナ――ではなく、デルピエロなり」


「デルピエロ、だと?」

「そう、ボクは色欲の大罪魔人カイルロッド=デルピエロ。以後お見知りおきを」


 カイルロッドが――カイルロッド=デルピエロが大仰な礼を見せる。

 しかしその顔には相も変わらぬ薄ら笑いが張り付いており、慇懃無礼という言葉が相応しかった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 帝国は既に魔族に支配されているのかな!?
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