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第7話 ライザハット王の罪

 ライザハットは古い記憶を懸命にたどると、間違いがないことを数度、頭の中で確認してから口を開いた。


「お、思い出しました! 神聖ロマイナ帝国の第12皇子、カイルロッド様にございます。お忍びで我が国にご逗留あそばされたのです!」


「第12皇子カイルロッドで間違いないな?」

「も、もちろんです! 間違いはありませぬ!」

「そうか」


(第12皇子ともなれば皇位継承権はほぼ回ってこない。

 となれば。

 国を背負う気概も心意気もなにもなく、ただただ暇にあかせて好き放題に舐めた人生を送っているのだろう。


 そして7年前。

 そんなクズに、裕福ではないながらも懸命に生きて想い人との愛を育んでいた姉さんはさらわれ、汚され、嬲られ、尊厳を踏みにじられてゴミのように捨てられたのだ!


 そして姉さんをなんとか助けようと王宮に向かった婚約者のパウロ(にい)は、顔の形が判別できない程の激しい暴行を受け、死体となって帰ってきたのだ――!)


 リュージの心の激情が、どんどんと激しく燃え盛ってゆく。

 しかしそれをなんとか押し殺しながら、リュージは更なる言葉を紡いだ。


「もう一つ聞くぞ。7年前のあの時、町娘が一人さらわれた。そしてそのカイルロッド皇子に好き放題に犯された。皇子をもてなしたお前もその件に関わっていたはずだ。当然覚えているよな?」


「あ、ああ……あの美しい娘のことだな。もちろん覚えているとも。あの娘には可哀そうなことをしたとワシも思っておるのだ」


「へぇ、それは殊勝な心掛けだな」


「そ、そうなのだ! だから――」


「ちなみに俺の姉さんなんだ。そしてあの後、首をつって死んだ。それは知っていたか?」

「うぐ……」


 なんとか助かろうと饒舌(じょうぜつ)になっていたライザハット王は、しかしその言葉を聞いた途端に、ピタリと黙り込んだ。

 二の句が継げることができずに、パクパクと口だけを動かす。


「黙ってるんじゃねぇ。知っていたかと聞いたんだ。答えろ」

「し、し……知らなかった」


「そうか。どこの誰かなんて、お前には興味すらなかったか」

「そ、そういう意味では、決して……」


 リュージの怒りに満ちた声色を前に、ライザハット王は弱々しく答える。


「さてと。さっきお前、可哀そうなことをしたと言ったな?」

「は、はい……」


「姉さんの人生を滅茶苦茶にしておいて、そんな簡単な言葉で済むと本当に思っているのか?」


 リュージの心には、もはや抑えの利かない嵐のごとき激しい怒りが巻き起こっていた。

 奥歯をギリリと噛みしめる。


 リュージの烈火の如き怒りがライザハット王にも伝わったのか、


「ま、待つのだ! ワシは好色なカイルロッド皇子に命令されて、仕方なくあの娘を――お前の姉をさらわせたのだ!」


 ライザハット王は必死の言い訳をした。


「仕方なくだと?」


「そうだ、仕方なくなのだ! 考えても見よ、いと尊き神聖ロマイナ帝国皇子の命令を、実質属国扱いされているシェアステラ王国のような小国の王に過ぎぬワシに、拒めると思うか? 無理だ、拒めはせぬ。な、そうであろう!?」


 懇願するように早口で必死の言い訳を並べ立てるライザハット王。

 仕方なくやらされたことなのだと、自分は加害者ではなく命令されてやむにやまれずやったのだと。

 懸命の弁明を重ねる。


「そっか、お前の言い分は分かったよ。お前も大変だったんだな」

 そしてリュージが初めて理解を示すような言葉を発したのを見て、


「おお、分かってくれたか! そうなのだ、あれは仕方なかったのだ。ワシとてやりたくなかったのだ! 言ってみればワシも被害者なのだ!」


 ライザハット王はここが正念場とばかりに、自らを正当化する言葉を告げた。


「そうか……それで?」


「だ、だから! 命だけは助けてくれぬか。そうだ、なんならこの国をお前に譲ろう。ワシはお前に王位を譲って隠居する。今日この瞬間よりお前はこの国の王となって、好き勝手に振るまえるのだ。どうだ、悪くない話だろう? だからどうか命だけは助けてくれぬか。頼む」


 ライザハット王は王座をリュージに明け渡すという破格の条件まで提示し、言葉を尽くしてリュージを説得にかかった。


 自分の命がかかっているので文字通り必死だ。

 死して王位にしがみつくよりも、王の座を奪われてでも生き延びることをライザハット王は選んだ。


 それくらいしなければ数分後には殺されてしまうと、ライザハット王は今の状況を分析していた。


 もちろん隠居しても隠してある財産を使えばそれなりに優雅な余生が送れると、薄汚れた打算をしたうえで。

 ライザハット王はどこまでも人を馬鹿にした、己の保身しか考えない人間だった。


「そうだな……どうしようかな?」

「なにとぞ頼む。この通りだ!」


 ライザハット王はついに土下座をした――さあ許せと言わんばかりに。


「ところで王様よ」

「な、なんであろうか?」


 ライザハット王は土下座したまま、顔だけを上げてリュージを見た。


「姉さんはロマイナの皇子だけでなく、ライザハット王にも犯されたと言っていたんだよな」


「な……え……?」


 しかしリュージのその言葉に、これまで矢継ぎ早に弁を弄していたライザハット王の口が、ピタリと止まった。


「帰ってきた姉さんは、そりゃあもう身も心もぼろぼろだったよ。股と尻からは誰の物とも知らない精液を大量にこぼしながら、顔も身体もそれはもう一辺の隙間もなく精液まみれでさ。街一番の器量よしと言われた自慢の姉さんは、見る影もなかった」


「あ……う……」


「そして姉さんはこう言ったんだ。皇子に犯し尽くされたあと、この国の王であるお前にも犯され、さらには側近の貴族どもに犯され、神父に犯され、最後は兵士どもに散々好き放題に犯しつくされたと。そう、死んだ目をしながら姉さんは呟いていたんだけどな?」


「ぁ……あぁ……っ……」


「そういや、お前も女癖が悪いことで有名だったよな? 新婚ほやほやの新妻をさらって孕ませだのなんだの、王都の人間でお前の素行の悪さを知らないヤツはいないぜ?」


「かっ、あふ、ふ、あぐ……」


「で、だ。姉さんとお前で言い分がこうも違うのは、これは一体全体どういうことなんだろうな? なぁ王様、あんたはどう思う?」


 リュージの声が、研ぎ荒まれた刃のように鋭くなる。

 押し殺していた獰猛な殺意が、怒りとともに王座の間に解き放たれてゆく。


「そ、それは……その……」


「俺は最初に、嘘を言うなとお前に言った。覚えているな?」

「…………」


 リュージに(すご)まれたライザハット王の口からは、もはや言葉らしい言葉は出てきはしなかった。


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