第67話 過去と、今。
「おおっ!?」
強大な力の発露に、サイガの目が驚きに見開かれる。
「そうだ! 俺はなにを弱気になっている! 『復讐』も、『アストレアへの想い』も! こんなところで終わっていいはずがないだろうが!」
すとんとリュージの腹の底に、なにかが落ちるような感覚があった。
それが覚悟だと気付くのに、さして時間はかからなかった。
生きて、為すべきを為す。
貫くを貫きとおす。
それ即ち!
目の前に立ち塞がるすべての敵を──斬ることなり!
迷いを捨て、ついに剣士の覚悟を決めたリュージのその強い意志が!
生への渇望が!
生命エネルギーたる『気』となって、急激に膨れ上がってゆく――!
「へぇ、それでお前はどうするってんだ?」
「俺は――俺はもう! 大切な誰かと離ればなれになるのは、絶対にごめんなんだ! 俺は降りかかる全ての理不尽をねじ伏せ! 立ち塞がる全てを斬り伏せる! 俺はあの時そう誓ったんだ! だから俺の邪魔をするというのなら、貴族だろうが王だろうが、師匠だろうが――斬る!!」
そう腹の底から叫ぶと、リュージはサイガを鋭くにらみつけた。
「やっといい顔するようになったな。やりゃあできるじゃねぇか」
迷いを捨て去った剣士の顔になったリュージを見て、サイガが嬉しそうに笑った。
「俺はこんなところで終わらない! 終われない! 死んでたまるかよ! 俺は必ず復讐をとげ、姉さんとパウロ兄の無念を晴らし! そしてもう一度、アストレアに会って、俺の心を伝えるんだ――!」
リュージが流れるような動作で刀を鞘に納めた。
そして右手から力を抜き、柄に触れるか触れないかでそっと添えて抜刀術の構えを取ると、身体中の『気』を剣気として鞘の中で圧縮していく――!
(『紫電一閃』には『紫電一閃』。同じ技で迎撃すれば、あとはどちらの『気』と覚悟が上かを比べるだけ――!)
そんなリュージの考えは、相対するサイガにもこれ以上なく伝わる。
「そうだ、それでいい。剣士ってのは遅かれ早かれ、そこに行きつくもんなのさ。さぁ伸るか反るか、恨みっこなしの最後の勝負といこうぜリュージ」
リュージの気迫を真正面から受け止めたサイガの『気』が、リュージに呼応するように天井知らずで激しく燃え誇っていく。
自分の『気』をはるかに凌駕するサイガの『気』をまざまざと見せつけられながら、
「俺は負けない。師匠を斬ってでも為し遂げたい復讐と、なにがなんでも守りたいアストレアがあるから! だから俺は今! ここで! 師匠、いやサイガ=オオトリ! あんたを越えてみせる!」
リュージもまた、それがどうしたとばかりに吠えて叫んでみせた。
『気』の扱いに関しては、サイガの方が圧倒的に上だ。
だから普通に打ち合えばリュージは負けてしまう。
しかし覚悟を決めたリュージにとって、そんな些事はまったくもってどうでもいいことだった。
目の前に立ち塞がる全てを――斬る!
今のリュージにはただただ、その一念しかないのだから!
リュージの強い覚悟に呼応して、リュージの命が、心が、魂が!
激しく震え、膨大な『気』となって、鞘に納められたリュージの刀に凝縮されてゆく――!
「やれやれ、ここにきて本当にいい顔するようになったじゃねえか。剣士の――いや男の顔になったなリュージ。見違えたぜ」
そんなリュージを見て、サイガがどこか満足そうにつぶやいた。
「ゴタゴタうっせぇんだよ。剣士には言葉は要らないだろ?」
「ほんと、言うようになったじゃねえか」
「行くぞ!」
「行くぜ、リュージ」
2人は鏡合わせのように神速の踏み出しで動き出し、彼我の距離を瞬時に詰める!
「神明流・相伝奥義『紫電一閃』!」
「神明流・相伝奥義『紫電一閃』」
神明流が一子相伝で伝えてきた最終奥義『紫電一閃』。
それは神明流・皆伝奥義・八ノ型『シンゲツ』をも超える、神速の抜刀術でありながら。
神明流・皆伝奥義・七ノ型『天のイカズチ』をも超える、絶大な威力を誇り。
そして遥かの昔に、世に仇なす魔人をも殺してのけた、究極至高の神なる一振り!
神明流のほこる最終奥義が、神速の踏み込みと共にリュージとサイガから同時に放たれた――はずだった。
「な、なんで――」
呆気にとられた声をあげたのは、神速の踏み込みから鮮烈なる一閃を抜き放ったリュージのほうだった。
それもそのはず。
サイガはなぜか抜刀せずに、刀に鞘を納めたままでリュージの渾身の一撃をただただ、その身に受けていたのだから――。