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第60話 師の夢(2)

「やっぱり戦闘技術が高いことが『強い』ことだと思うな」


 しばらくうんうん唸ってからリュージはそう答えた。

 しっかり考えた割には、なんとも単純すぎる答えだった。


「そうだな。戦闘技術の高さが強さに直結するのは間違いない」

「やった!」


「だが往々にして、戦闘技術に優れたヤツが負けることがある。なぜだと思う?」

「え? うーん…………なんでだろ、分かんない。運が悪かったとか?」


 この頃のリュージはそれはもうアホだったので、物事を深く考えるのは苦手だった。

 そんなアホリュージに、しかしサイガは剣士として(つちか)ってきた、己の人生そのものとも言っても過言ではない価値観を、丁寧に教えていく。


「それはな。迷いと覚悟の差だ」

「迷いと覚悟? なんだよそりゃ?」


「強さとは、すなわち心に迷いがないことだ」

「迷いがないと、強いのか?」


「ああそうだ。迷いのない剣は、時に圧倒的な技術差すらも凌駕する」

「迷いのない剣……」


 リュージの理解がイマイチ追いついていないことを見て取ったサイガは、さらに言葉を紡いで「剣士の何たるか」を語り聞かせる。


「覚えておけ、リュージ。心に迷いのないヤツは強い。なぜならその瞬間、一瞬に己の全てを賭けて戦いに臨んでいるからだ。これを『覚悟』が決まると言う」


「覚悟が決まる――」


「雑念を捨て、勝つというただそれのみを追い求めたその時、神経が極限まで研ぎ澄まされ、指の先の爪の先のさらにその先まで意識が回る。お前はそんな経験があるか?」


「ないけど……師匠はあるのかよ?」


「俺にはある。わずかに数えるほどだけだが、俺は何度かその覚悟の境地へとたどり着いた。こうなったら人は強いぞ。ちょっとくらいの技術の差は、いとも簡単にひっくり返ってしまう。強くなるには、こうして迷いを捨て覚悟を決めることが何より肝要なんだ」


 サイガにしては本当に珍しく、かなり丁寧にリュージに戦いの本質――いや人間の本質を教え諭したのだが、残念ながらこの頃のリュージはアホだったので、やっぱり理解はできていなかった。


「さっきから覚悟覚悟って言うけどさ。俺には最初から迷いなんてない。復讐するためだけに生きる俺に、迷いなんてある訳がないだろ? だから俺はもう覚悟もできていると思うんだ」


 丁寧に丁寧に教え聞かせた末に返ってきたのが、この答えである。

 この頃のリュージは本当にアホだった。


「いいや、あるな」

「ないっつーの!」


 ノータイムでサイガに否定されたリュージが、思わず声を荒げる。

 しかしサイガは淡々とリュージに問いかけた。


「じゃあ聞くが、例えば俺がお前の復讐の邪魔をしたとしたら、お前はどうする?」

「急にそんなことを言われても……」


「何を腑抜けたことを言ってやがる。戦場では誰もお前が答えを出すまで待っちゃくれないぞ。剣を向けてくる相手に、考えるので少し待ってくださいとお前は言うのか?」


「ぅぐ……」


「で、どうなんだ? 俺を斬らないと復讐は果たせないとしたら、お前は俺を斬れるのか?」


「それは、えっと……斬……分かんない。だって師匠はいい人だろ?」


「リュージ、それが迷いだ。残念ながら、お前はまだ覚悟の境地にはてんで至っちゃいない。邪魔をするなら師匠だろうが斬ると、なぜすぐに言えない?」


「それは……だって……師匠は師匠じゃないか……」


「戦場では迷った奴から死んでゆく。生き残った奴が強者で、死んだ奴は等しく敗者となる」


「……」


「リュージ。戦う技術を磨くとともに、心を磨け」

「心を磨く――」


「そして迷いを捨てて、覚悟を得ろ。それがお前の剣を何よりも強くする。お前の戦闘の才能に、迷いのない心と覚悟が伴えば文句なしに最強だ。そのことを忘れるな」

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