第58話「本当に頭の回る女だな、アストレアは。本当に――頼りになる」
「ま、いずれにせよだ。降って湧いたチャンスだ。本当の情報ならこの機を逃すわけにはいかないし、罠なら罠で敵の目論見を知るためにも、ここで誘いに乗らない選択肢はない。どっちに転んでも問題はない」
そうは言いながらも、リュージの直感はこれが本当の情報であると告げていた。
(カイルロッドは必ず来る。こんなチャンスは2度とはない。ここで奴を討つ!)
理由はない。
ただの直感だ。
だがリュージは自分の直感が――良くも悪くも――ほとんど外れないことを知っていた。
「分かりました。ではその前提で、これを見てください」
そう言うとアストレアは机の上に地図を開いた。
シェアステラ王国を中心に、西に広大な領土を持つ超大国・神聖ロマイナ帝国が、北にはフランシア王国が描かれた周辺地図だ。
「神聖ロマイナ帝国からフランシア王国に向かうにはこの道、北部の街道を通るのが一般的ですが――」
アストレアが、神聖ロマイナ帝国からフランシア王国へと続く一本の道を指でなぞってみせる。
「街道のこの地点、距離にして約10キロメートルの区間は、実はシェアステラ王国の領内を通過するんです」
「へぇ……」
リュージの瞳が細まり、アストレアが示したシェアステラ王国の北端を鋭くにらむ。
「つまりこの区間は神聖ロマイナ帝国も、フランシア王国も、どちらもが手を出しづらい、警備の空白地帯となるわけです」
「襲うにはもってこいの場所ってわけだ」
「そういうことです」
「逆に聞くが、シェアステラ王国の領内で事を起こして、問題にはならないのか?」
「この件に関して我が国には事前通告はありません。お忍びですし、あまり公にしたくないのでしょう。なのでリュージ様が単独行動する分には、我が国は知らぬ存ぜぬをつき通せばなんとでもなります。なにせ知りようがないのですから」
「例の怪しい封書の件はどうする? 受け取ってしまったんだろ?」
「封書? はて、何のことでしょう? 女王である私のもとには、そのような報告は上がっておりませんが? ああそうです。もしかしたら本国への連絡の途中で、噂の義賊クロノユウシャさんに奪われてしまったのかもしれませんね。困ったものです」
どうやらシェアステラ王国としては、そういう理屈で突っぱねるつもりなのだとリュージは理解する。
(本当に頭の回る女だな、アストレアは。本当に――頼りになる)
もちろん『クロノユウシャ』を散々広めてきたアストレアも、まさかこんな便利な使い方ができるとは思ってもみなかった。
「ならいい」
「お心遣い、ありがとうございます」
アストレアが感謝の言葉を述べる。
いつものリュージなら皮肉の一つでも返すところだったのだが。
「散々お前には無茶ばかりさせてきた俺も、さすがに超大国の神聖ロマイナ帝国を相手に、正面切って戦争させるわけにはいかないからな」
この国にはどことなく姉と似たアストレアがいて、パウロ兄をほうふつとさせる青年リーダーもいる。
ミカワ屋のサブリナもそうだ。
リュージにはいつの間にか、失いたくないものがいくつもできてしまっていた。
もちろん、それを口に出すリュージではない。
「では更なる詳細が分かり次第、お伝えしますので」
そう言うとアストレアは、次なる会議へと向かうために部屋を出ていった。
一人きりになった静かな部屋で、リュージは両手首に巻いた赤と青のミサンガを見つめながら、語り掛けるようにつぶやいた。
「姉さん、パウロ兄、待っていてね。もうすぐ全部、終わらせるから。俺が2人の無念を晴らすから――」
リュージの最後の復讐が始まろうとしていた。