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第38話 衛兵エブリスタインの罪

 エブリスタインは王宮勤めの衛兵である。

 今年で勤続20年になるベテランで、小さな衛兵部隊の隊長を務めていた。


 品行方正というわけではないが、それなりに上手に仕事をこなし、大きなミスも特にしない、どこにでもいる平凡な衛兵である。


 おおむね真面目に警備をし、時には出入りの商人から小銭程度の賄賂を貰って小隊長が小耳に挟める程度の、実に大したことのない情報を流す――といった感じだ。


 妻と子供がいるそれなりに幸せな人生を送っており――女遊びが過ぎて妻に怒られることもあったものの――そんな幸せがこれからも変わらず続くのだと思っていた。


 そんな平凡で普通なエブリスタインは、王宮を出ると、近くのケーキ屋に寄って注文していた大きなチョコレートケーキを受け取って、足取りも軽く家路についた。


 今日が今年で17才になる娘の誕生日だったからだ。

 来年には結婚も決まっていて、今年が親子で迎える最後の誕生日になる予定だった。


 娘の成長への喜びと、もう自分の手を離れるのだという名残り惜しさを感じながら、日の暮れた家路を急ぐエブリスタインは突然、


「ガハッっ――!」


 腹部を強烈に殴られると、すぐ脇にあった公園に強引に引きずり込まれた。

 人通りのない夜の公園の茂みに連れ込まれ、地面に荒っぽく突き飛ばされる。


 大きなチョコレートケーキは箱を飛び出し地面に落ちて、土にまみれてしまっていた。


「いきなりなにをするんだ! ケーキが台無しじゃないか!」

 思わずカッとなって声をあげた先にいたのは、


「よう、エブリスタイン、今日はまたえらく幸せそうだな? なにかいいことでもあるのか?」

 見たことのない全身黒ずくめの若い男――リュージだった。


 その傲岸不遜(ごうがんふそん)で偉そうな態度と、強く殴られて突き飛ばされたこと、さらにはせっかくの誕生日ケーキを台無しにされたことでエブリスタインの怒りは頂点に達していた。


「貴様! オレは王宮勤めの衛兵だぞ! 衛兵にこんなことをして許されるとでも――ガッ!?」


 しかし怒りの声をあげたエブリスタインの顔を、リュージが容赦なく殴った。

 前歯が2本折れて、鮮血とともに闇夜に舞う。


「そうだ、お前は衛兵だ。7年前も今も、ずっと変わらずにな」


「な、7年前……? なんのことだ? ゴフ――ッ!」


 聞き返したエブリスタインをリュージが再び殴りつける。

 今度は鼻が折れて、ズキズキという痛みとともに鼻血がだらりと流れ出た。


 エブリスタインはこの時点でリュージの中にうごめく狂気のような憎悪を感じ取り、抵抗することを諦めていた。

 衛兵のバックにある王宮の権威を歯牙にもかけず、暴力をふるうことにも微塵も(いと)わない(たぐい)の人間であると理解したからだ。


 よく見ると腰には剣まで差しているし、ここはまずは話を聞こうとエブリスタインは考えた。


「俺の名はリュージ、7年前にお前が凌辱した町娘の弟だ。姉さんは黒髪の似合うそれはそれは美しい女性だった」


「――っ!?」

 リュージの殺意に満ちた声を聞いて、エブリスタインはハッとすると、一瞬のうちに恐怖に青ざめた。


「今の今まですっかり忘れてたって顔だな。こっちは7年間、一度も忘れたことがないってのによ。ちなみに今日はお前を殺しに来たんだ。姉さんのカタキをとりにな」


 リュージが悪魔のような笑みを浮かべてエブリスタインに告げると、


「わ、悪かった! みんながやっていたから、俺もその輪に混じってしまったんだ! 謝れというなら何度でも謝る! だから助けてくれ、頼む! お願いだ!」


 自分が今置かれている状況を察したエブリスタインは、即座に土下座をして謝った。


「無理だ」

「なんだってする! 金が欲しいなら用意する!」


「金? おいおい、俺が欲しいのはお前の命だけだっての」


「ま、待ってくれ! オレには家族がいるんだ。今日は娘の誕生日でオレの帰りを今か今かと待っている! だから――」


「ああ知ってるよ。17才の誕生日だったんだってな。来年には結婚を控えていたとか。ポニーテールの似合う元気で明るい娘だったよな」


「ど、どうしてそんなことまで……」


「さぁ、どうしてだろうな? お前のその性欲まみれの足りないオツムでも、少し考えればわかるんじゃないか?」


 その言葉を聞いて、エブリスタインはハッとした。

 リュージが娘を語るのに使っていた言葉が、全て過去形だったことに思い至る。


 誕生日『だった』。

 結婚を『控えていた』。

 明るい娘『だった』。


「お前、まさか家族を……お、オレの娘を殺したのか!?」

「もしそうだと言ったら?」


「お、オレと娘は関係ないだろう! オレのことで娘を殺すなんて――ゴホッ、ガハ――っ」


 立ちあがって食って掛かろうとしたエブリスタインを、リュージは腹を鋭い連打2発殴ることで、苦もなく黙らせる。

 あばら骨が数本ポッキリと折れており、あまりの痛みにエブリスタインは涙を流しながらその場に無様にうずくまった。


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