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第37話 ハピハピ

「なんですかこれ?」


 丸薬を受け取ったアストレアが、人差し指と親指でつまんで顔の前に持ってくると、興味深そうに見つめた。


「愛用の滋養強壮薬だ、元気が出るぞ」


「うわっ、ありがとうございます! 早速飲んでみますね……ごくん。ちなみにどれくらいで効果出るんですか?」


「飲んだあと1時間くらいだな」


「1時間ですね。これってあれですか? もしかしなくてもリュージ様の使う神明流でしたっけ? それの秘伝の薬とかですか?」


 リュージに気遣ってもらったことが嬉しかったのか、さっきまでの疲れた様子から一転、アストレアは声を弾ませながらリュージに尋ねた。

 しかし、


「いや? 薬屋で買ってきた、ただの市販薬だが?」

「え、あ、はい」


 返事を聞いてテンションが駄々下がりしていた。

 ぶっちゃけ余計に疲れた気がしていた。


「いやー、俺も色々試したんだけど、これが一番効くんだ。二徹くらいならいける、すごくお勧めだ」


「ああはいそうですか、教えていただきありがとうございました」


 勝手に舞い上がってしまったせいとは言え、ただの市販薬と聞いてアストレアは本当に心の底から疲れた気がしていた。


 ちなみに、2日も徹夜できるなんて違法なクスリ(薬じゃなくてクスリ)じゃないでしょうね?

 後で確認させにいかないと……はぁ、また余計な仕事が増えました……とも思っていた。


 リュージと話すたびに苦労の種が増えていくアストレアである。


「ところで復讐先ってまだ残っているんですか?」


 市販薬の件がトドメになったのか。

 アストレアはもう身体の芯から疲れ果ててしまって、だから若干言葉遣いを崩して投げやりに質問した。


「すぐ手が届く相手はあと4人だな」

「4人……それってあれですよね、7年前にお姉さんを弄んだ衛兵たちですよね」


「そうだ、お前が名前も住まいも簡単に調べてくれたおかげで、探す手間が省けて大助かりだった衛兵たちだ」


「皆さん、もう家族がいるみたいなんですよね」


「姉さんとパウロ兄にも家族がいたさ。見逃す理由にはならない」

「…………それでとりあえずは終わりなんですよね?」


 アストレアは自分を納得させるように、ちいさく何度も無言で頷いてからそう尋ねた。


「そうだな。その次はちょっと手のかかる大物なんで、向こうの出方待ちだ。俺の見立てじゃそろそろ動くはずなんだが、まったく使えないノロマな亀だぜ」


「ちなみにその次の相手っていうのは誰なんです?」


「今は教えない」

「ぶぅ……いじわるですね」


「お前に教えると、殺すまでに延々と説教されそうだからな、今みたいに。そんなことされたら気分が滅入るだろ、今みたいに」


「延々はしませんよ」

 リュージの嫌味をアストレアは慣れた様子で受け流す。


「やっぱり説教するんじゃねぇか」

「説教じゃなくて、やんわりとしたお願いです」


「どっちにしろ聞く気はさらさらねえから一緒だと言っているんだ。俺がお前に求めていることは説教じゃない。俺に情報を提供しつつ、隠れ蓑として女王の仕事に励むことだ」


「聞く気すらないとか子供ですかあなたは……」

 呆れたように言ったアストレアの言葉に、


「……そうだな」

 小さくつぶやくようにリュージは答えた。


「え?」

 さっきまでとは明らかに違った反応を返したリュージに、アストレアは小さくない戸惑いを覚えた。


「きっと俺の時間は、7年前のあの夏で止まったままなんだ。俺の心はまだあの7年前の夏にいる。姉さんとパウロ兄がまだ生きていたあの夏にな。(とら)われたまま抜け出せないんだ」


「リュージ様……」


「2人の復讐を全て果たすことができたら、きっと俺はまた前に進めるんだと思う」


 それは常に飄々(ひょうひょう)とした物言いで自分の心を見せようとしないリュージが、珍しく語った素直な心の内だった。


 それはつまりリュージがアストレアを完全に信頼――はしていなくても、それなり以上に深く信用していることの表れだった。


「協力できることがあれば言ってください。私とリュージ様は既に運命共同体となっているんですから、最後までお付き合いいたします。なんなら傷心を癒すために、抱っこしたり腕枕してあげましょうか?」


 だからそれを理解したアストレアはとても明るい気分になっており、そろそろ始まるお昼の会議へのやる気も大いに向上していたのだった。


「いいや、そこまで馴れ合うつもりはない」

「そうですか、残念です」


「用が済んだらとっとと行け、まだまだ仕事はいくらでも残っているんだろ。国のために身を粉にして馬車馬のように走り続けるのがアストレア、お前に課せられた使命だ」


 だからいつものようにそうそっけなく言われても、アストレアの心は今日に限ってはハピハピなのだった。

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