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第31話 アストレアの小言、どこ吹く風のリュージ

 翌朝――というにはもう昼に近いころ。


 兄と慕っていたパウロの復讐を終えて、いくばくかの達成感と、たとえ何をしても失われた人が戻ってくることはないのだという、どうしようもない虚無感を同時に覚えながら。


 自由に使っていいと言われたアストレアの私室に、朝帰りならぬ昼帰りしたリュージのところに、


「また大量に殺しましたね? 私とした約束を、覚えていますか?」


 朝イチからの会議を4つもこなし、さらには合間に様々な報告を受けてはきめ細やかな指示を出し、大臣たちから提出された最終決裁書類に片っ端からサインをし、そうしてやっとこさ短い休憩を許されたアストレアがやってきて、呆れたように言った。


「さすが新女王は耳が早いな。風通しのいい職場のようでなによりだ」


「何をふざけたことを言ってるんですか。王宮どころか王都はもう、朝からその噂でもちきりですよ。グラスゴー商会の会長と、彼が雇っていたゴロツキやチンピラまがいの私兵が300人近く、たった一晩で斬り殺されたと。こんなものは私でなくても周知の事実です」


「世間ってのは本当に噂話が好きなんだな。なにがそんなに楽しいんだか」

「なにを他人事のように言ってるんですか。あなたがやったんですよね、あなたが」


「あれは向こうが襲ってきたんだから仕方なかったんだよ。たしか不可抗力とか正当防衛って言うんだろ? 俺だってなるべく殺さないってお前との約束を、守ろうと思わなくはなかったんだぞ?」


 嘘ではなかった。

 実際、逃げた私兵80人をリュージは追っていない。


 ターゲット以外は――復讐の邪魔をするなら容赦なく殺すが――邪魔をしないならそもそも興味がないというのが、今のリュージの基本スタンスだ。


「もちろん詳細については、ミカワ屋のサブリナ会長から聞いております。いきなり街中で襲われたのを守ってくれたそうで、それについては本当にありがとうございました」


「礼なんざいらねぇよ。別にお前のためにやったわけじゃないからな。ま、なんにせよ、これでグラスゴー商会は完全に力を失った。ミカワ屋って後釜もいるし、後はもう楽に潰せるだろ?」


「それはまぁ、そうなんですけどね? 今回の件でグラスゴー会長の邸宅の現場検証に入った特別監査チームが、二重帳簿から贈賄リスト、果ては暗殺対象リストなんてものまで悪事の証拠を山ほど持って帰っていますし」


「さすがは悪徳商会。潰す理由には事欠かないな」


「そうですけど、そうなんですけど!」

「なんだよ?」


「ですが物事にはやはり、やり方や手順というものがあるんじゃないかなぁって思うわけでして」


「言っておくがサブリナは殺される寸前だった。俺が割って入らなければ今頃生きてはいない。この世は理不尽な悪意に満ちている。お前のいう『やり方や手順』をご大層に守っていては、助けられない命もある。何の落ち度もない姉さんやパウロ兄が、理不尽に殺されたようにな」


「それも認めます。まったくもってリュージ様のおっしゃる通りです」

「その割には不満そうな物言いだな」


「不満というわけではないんです、ただちょっとだけ悔しいと言いますか」


 自嘲気味に苦笑いをしながらアストレアが言った。

「悔しい? なにがだよ?」


「リュージ様は完全にルールを逸脱しています。ですが結果的に正義を行っています。逆に私は正しい手順を踏んでいるはずなのに、危うく悪にしてやられるところでした。リュージ様がいなければ、サブリナ会長は命を落としていたでしょうから」


「なんだ、ちゃんとわかってるじゃないか」


「そうなんです。ちゃんとわかってはいるんです。結果的に正しかったのはルールを守ろうとしなかったリュージ様で、私のやり方では正しさを実現できなかった。それがどうしようもなく悔しくて、やるせないんですよね。あーあ、正義ってなんなんでしょうね……」


 アストレアは年齢がかさんで客が取れなくなってきた場末の風俗嬢のごとく、人生に疲れ切ったように言った。

 そこに本気の苦悩を見て取ったリュージは、少しだけアストレアを応援してあげることにした。


「それこそ人それぞれだろ」

「え?」


「お前はお前のやり方をやればいい」

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