第30話 復讐完了3:グラスゴー商会会長
「これで話の邪魔をするやつはいなくなったな。さてと、教えてもらおうか。姉さんをさらった実行犯と、パウロ兄を殴り殺した奴の名前と、住んでいる場所をな」
言って、リュージはグラスゴー会長を廊下に押し倒すと、マウントポジションをとって左手でその顔を殴りつけた。
相手は老人、本気でやると一撃で殺してしまうのでかなり力を抜いている。
「ぐふ――っ」
それでもなお硬く強烈なリュージの拳は、グラスゴー会長の前歯を2本へし折って宙に舞わせていた。
「ほら、早く言えよ」
リュージはガツン、ゴツン、ガツン、ゴツンとグラスゴー会長の顔に拳をぶつけていく。
そこに微塵もためらいがないこと見て取ったグラスゴー会長は、
「わ、わかった、教える! 教えるから殴るのをやめてくれ!」
懇願するように叫んだ。
「だったら早くそう言えよ。イチイチ手間かけさせんなよな。知ってるか? 死ぬほど殺したい奴を、殺さないように手を抜いて殴るのは、結構ストレスが溜まるんだぞ?」
「わ、悪かったよ」
「で? 名前と住所は?」
「じ、実行犯は6人だ、名前は――」
「そんなもん、口頭で覚えられるわけねぇだろ。紙に書けよ紙に」
リュージはもう一発おまけとばかりにグラスゴー会長の顔を殴ると、その襟首を締め上げながら強引に引っ張り上げた。
そしてグラスゴー会長を締め上げたまま、すぐ近くの部屋のドアを蹴飛ばして室内に踏み入ると、会長を机の前の椅子に乱暴に投げ捨てるように座らせる。
グラスゴー会長は腫れあがった顔の痛みを必死にこらえながら机に向かうと、紙に拉致実行犯の名前と居場所、パウロに殴る蹴るの暴行をした下っ端ゴロツキの情報を書き記していく。
「で、できたぞ」
「へぇ、使いぱしりの末端だろうに、よく覚えているじゃないか」
「これは大事な仕事だったんで直接指示を出したから、特に覚えていたのさ。それに人の名前を覚えるのは、商売の基本だしね」
「大事な仕事、ね。で? 本当にこれで全員なんだろうな?」
リュージがさらに一発、書き終えてリュージを見上げていた会長の頬をぶん殴ってから言った。
左頬の骨が砕けるような感触があり、グラスゴー会長は襲い来る痛みを必死に堪える。
「ガハ――ッ! も、もちろんだとも、この期に及んで嘘は言わん。だからもう殴るのはやめてくれ!」
「まぁ、きっと本当なんだろうな」
「信じてくれるのかい?」
「もちろんだ。だってこの下っ端どもがどうなろうが、そもそもお前にとってはどうでもいいことだもんな」
「うぐ――っ」
「だよなぁ? お前はそういう、他人の不幸を何とも思わないクズみたいな人間だもんなぁ?」
半笑いであざけるように言ったリュージに、
「は、はい……」
散々殴り倒されたグラスゴー会長にできることは、素直に頷くことだけだった。
「ははっ、最初と違ってえらく素直になったじゃないか。さてと、じゃあもうお前は用済みだ」
「……は?」
リュージの言葉に、グラスゴー会長がそれはもう間抜けな声を上げた。
「おいおい、なに空から魚でも降ってきたのを見たかのような顔をしてるんだ」
「よ、用済みとは、どういう意味だい?」
「言葉どおりの意味さ。知りたいことはもう全部知ったんで、これ以上はお前を生かしておく必要はないってことだ」
「お、おい! バカを申すな! ちゃんとお前さんに情報を提供したではないか! 私を騙したのかい!?」
「騙したって言われても困るんだよな。そもそも俺はアンタに復讐に来たんだから、そりゃ最後は殺すだろ? なに言ってんだ?」
「な――っ」
「お前が命令して姉さんをさらわせたんだろ? だったら今日の俺のメインターゲットは他の誰でもない、お前に決まっているだろハインツ=グラスゴー」
「こ、この人でなしめが! だいたい今日だけで何百人も殺しておいて、なにが復讐だ! この狂った殺人鬼めが!」
「姉さんやパウロ兄の命を奪い、商売敵も当たり前のように暗殺しようとするクズに、命の尊さを説教される謂れはねぇんだよボケ」
リュージはそう言い捨てると、グラスゴー会長を叩きつけるように再び床に押し付けた。
そして馬乗りになると、その顔をガツンゴツンと左拳で殴り始める。
「がっ、やめ――がは、ごふっ、ぐぅっ……や、やめろ、やめてくれ……!」
グラスゴー会長は情けない声でリュージに懇願した。
リュージはいったん殴る手を止めると、
「よく見ろハインツ=グラスゴー。この左手の青いミサンガはな、殴り殺されたパウロ兄がずっと大事にはめていたものだ。姉さんとの婚約の証だ」
左手首に巻いた青いミサンガを、グラスゴー会長の目の前で見せつける。
「そ、それが、なんだと言うのだ」
「パウロ兄が味わった痛みを、苦しみを、屈辱を、無念を。今から俺が、この左拳でお前の身体に刻み込んでやる。顔の形が判別できなくなるまで、殴って殴って殴って殴って、殴り殺す。だが適度に加減して、決して楽には死ねさねぇから、覚悟しとけよ?」
リュージはそう言うと、グラスゴー会長の顔を何度も何度も何度も何度も何度も何度も左拳で殴りつけた。
「や、やめ――ぎゃっ、がはっ、謝る、謝るから、他の――ごほっ、ぐは――やめっ……」
最初は抵抗したり反応を返していたグラスゴー会長も、50発を越えたくらいから静かになり、100発を越えた頃からほとんど何も反応を返さなくなった。
それでもリュージは、グラスゴー会長が生きている限り際限なく殴り続けた。
憎悪と復讐の権化と化した左拳を何発も何発も、完全に息絶えるまでグラスゴー会長の顔に叩き込み続けた。
全てが終わったころにはグラスゴー会長の顔は、骨折と出血と腫れのせいで誰の顔だったのかすら分からない程にぐしゃぐしゃに変形していた。
その後、むせ返るような濃密な血の匂いが充満した、主なきグラスゴー会長宅を後にしたリュージは、メモに記された実行犯たちを一片の容赦なく殺して回った。
その全員がグラスゴー会長と同じように、顔の形が判別できなくなるまで、これでもかと殴りに殴られていたのは言うまでもない。