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第19話 交渉成立

「神聖ロマイナ帝国第十二皇子カイルロッド殿下――」


 リュージの口から出た名前を聞いて、アストレアは思わず息を飲んだ。

 どう考えてもヤバい相手だったので、その反応も当然のことである。


「そうだ」


 下手に手を出せばシェアステラ王国と神聖ロマイナ帝国との間で、戦争になる可能性まである。

 超大国である神聖ロマイナ帝国と、実質属国扱いの小国家であるシェアステラ王国。


 もし万が一にでもこの2国で正面切っての戦争となれば、またたく間にシェアステラ王国は地図の上から消え去ることだろう。

 あまりに国力が違いすぎる。


「我がシェアステラ王国を含め、多数の周辺国家の頂点に立つ神聖ロマイナ帝国に、反旗を(ひるがえ)せというのですか?」


「そんな大それたことをするつもりはないさ、俺の目的はただ復讐を果たすことのみだからな」


「復讐……」


「姉さんと婚約者であるパウロ兄の人生を(もてあそ)んだ奴らを全員殺す。それが俺の唯一無二のレーゾンデートル、生きる理由だ」


「悲しい過去がおありなのですね」

「安い同情はいらねえよ」


「いえあの、本気で心配したのですが……」

「実のところ、お前の感情なんぞ俺はどうでもいい」


「ううっ、ひどい言いぐさですね」


「話を進めるぞ。さすがの俺でも神聖ロマイナ帝国の皇子を殺すとなると、なかなかに難しくてな。そもそも俺は帝国に行ったことすらない。当然、持っている情報は一般人レベルと変わらないし、帝国での活動拠点もない。だからこの国の庇護(ひご)とツテ、何より情報が欲しい」


「なるほど、それがあなたが私に求めることですか」

「そういうことだ」


「ですが皇子を殺されたとあっては、神聖ロマイナ帝国も黙ってはいないでしょう。我が国に多大な戦火が降りかかることは必死です」


「この国の関係者だってバレなきゃいいんだろ? 嫌ならこの話はなかったことにするだけ、俺は別のやり方で復讐するだけのことだ。良かったな、ただで目が治って」


 リュージが最後に露骨に一言、嫌味ったらしく付け加えると、アストレアは押し黙った。


 国民を危険にさらしてまでリュージの話に乗る必要は、究極的にはアストレアにはない。

 ただ実際のところ、今の神聖ロマイナ帝国に他国と事を構える余裕はそこまでないとアストレアは見ていた。


 帝国成立から400年と少し。

 建国当初は発展を支えた帝国の素晴らしき統治システムは、しかし今では完全に制度疲労を起こしている。


 内部では汚職と権力闘争が激化しているとも聞いていた。

 なにせ現皇帝には皇子、つまり世継ぎが20人以上もいるのだから。


 次期皇帝をめぐる争いが熾烈を極めているであろうことは、聡明なアストレアでなくとも、その辺の子供にだって分かることだった。


 また外部的にもかつては帝国の一部、傘下と位置付けられていた周辺の王国が好き勝手をやり始め、一部は結託して新たな国家連邦のようなものを作り、帝国の威光がほとんど及ばなくなっている。


 これなら皇子暗殺を行ったリュージがシェアステラ王国と関係があるとバレてすら、帝国が動かない可能性まであった。


 シェアステラ王国を攻めたくとも、内にも外にも多大な問題を抱えている以上、そうは易々とは動けないのが今の神聖ロマイナ帝国なのだ。


 そして聡明なアストレアは、それらの条件を十二分に理解していた。


 アストレアは頭の中でもう一度状況を整理してから、


「分かりました。その条件を呑みましょう」

 しっかりとリュージの目を見て言った。


「交渉成立だな」


 リュージが差し出した右手をアストレアが両手で取り、二人の視線が絡み合うように交わる。


 新女王アストレアと復讐者リュージ。

 2人の共犯関係が成立した瞬間だった。


「神聖ロマイナ帝国には、シェアステラ王国の大使館があります。まずは手始めにリュージ様を外交官にでも任命しましょうか?」


「冗談はよせ。それこそ本気で戦争になるだろ。名目は出入りの業者かなんかにして、活動拠点と自由にやれる権限だけ与えてくれればいいさ」


「それはまた都合のいい話ですね?」


「この国の外交官が帝国の皇子を暗殺する話よりかは、よっぽど都合は悪くないはずだが?」

「それはもう、まったくもってその通りです」


「それと帝国に行くのは最後の最後だ、まずは国内問題を先に片づける」

「と言いますと?」


「早速だがアストレアに調べて欲しいことがある」

「なんでしょう?」


「7年前にカイルロッド皇子がこの国にお忍びで来た時、ライザハット王の指示で接待を担当した御用商人がいたはずだ。そいつが誰だか調べて欲しい」


「当時の接待担当の御用商人ということですよね?」


「いくらライザハット王が愚かでも、姉さんを拉致するのに正規兵は使わないだろう。そして詳細を知る人間は少ない方が好ましい。その点、接待を任された御用商人なら全てを把握しているから完全な共犯者で、王家とズブズブだから簡単に口を割ることもない。つまり姉さんをさらったのは、十中八九その商人の手の者だ」


「なるほど、納得の推理ですね」


「なにせ神聖ロマイナ帝国の皇子をもてなしたんだ、出入りの御用商人の中でもかなり権力に近いヤツだ。新女王の権力があれば、調べるのにそう時間はかからないはずだ」


「それはそうかもしれませんけど。ですがこの首都動乱の中で新女王に即位する私は、それはもうとても大変だと思うんですよね。本当に初っ端からリュージ様は人使いが荒いですね?」


 少しだけ皮肉っぽく言うアストレアを、


「悪いがお前が新女王になって忙しいことと、俺のために力を貸すことは全くの別問題だ。俺はお前の女王生活には何ひとつ興味がない」


 しかしリュージはバッサリと切り捨てた。


「それも分かっていますよ。今のはただのちょっとした、ほんの欠片ばかりの嫌味というものです。もちろんセバスの力を借りてすぐに調べましょう」


「最優先でやるんだぞ。最優先だぞ、最優先。言葉の意味、分かるよな?」

「ひどっ!? せめて頑張れの一言くらいあってもいいと思うんですけど?」


「……」

 リュージが無言でそっぽを向くと、


「無視ですか……はい」

 アストレアがそれはもう悲しそうにつぶやいた。

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