第18話 聡明な王女アストレア
「意味がよく分からないんだが?」
「暗闇から解き放たれた私の目に映ったあなたの目には、怒りよりも、深い慈しみが宿っていました。とても人を殺してきたばかりの目には見えませんでしたから」
「ちっ……」
リュージがポーカーフェイスを取りつくろう。
「今さら無表情を取りつくろっても遅いですよ。ばっちり見てしまいましたので。目に焼き付けちゃいましたので」
「全部お前の気のせいだ、人はいつも自分が見たいものを見る、愚かな生き物だからな。本当に救いがたい」
「いいえ、あなたは本質的に優しい人です。弱い立場の人間の気持ちが分かる優しい人です。でも今はそれを復讐という名の怒りと憎しみで、覆い隠してしまっているんです」
「本当におしゃべりな口だな? 目が開いた代わりに、今度はその小うるさい口を永遠に閉じさせてやろうか?」
「それは困りますね。だって今から私は、この小うるさい口を使ってあなたの信頼を勝ち取らなければならないのですから」
「俺の信頼だと?」
「信頼は一方通行では意味がありませんから。私があなたを信頼するだけではなく、あなたにも私を信頼してもらわなければなりません。そして信頼を得るには知ってもらうことが不可欠です。私は今、あなたの信頼を得るために、こうして私の思いを全て言葉にして重ねているのです」
「やれやれ。どうやらお前は、俺が想像していたよりもはるかに頭が回るみたいだ」
(ライザハット王が手に負えなくて、実の娘の目を焼くという蛮行に及んだのも無理はない。
愚かなライザハット王は、聡明なアストレアのことが本気で怖かったのだ。
対立の末にいずれ自分の権力が奪われると、本気で恐怖していたのだ。
そしてそこに、第一王女という存在が邪魔でしょうがなかったフレイヤが、言葉巧みに付け込んだのだろう)
アストレアとわずかに話しただけで、リュージは事の顛末をほぼ事実どおりに正確に把握するに至っていた。
それほどにアストレアは聡明だった。
「それで、少しは信頼は得られたでしょうか?」
「ああ、お前は信用できそうだ」
「私がリュージ様に求めたいのは、信用ではなく信頼ですよ?」
「ちっ、アストレア、お前は信頼ができるよ」
「信頼していただきありがとうございますリュージ様。あ、いつまでも『あなた』だとなんですので、信頼の証として『リュージ様』と呼んでもよろしいですよね?」
「さっきから勝手に呼んでるだろ。別に呼び名なんてなんでもいい。好きにしろ」
「では好きにしますねリュージ様」
アストレアが満面の笑みを浮かべた。
「チッ……」
「それでリュージ様。私はリュージ様に、何を求められているのでしょうか?」
笑顔から一転、アストレアが真剣な顔になる。
ここまでの信頼を得るための会話と違い、ここからは何かを為すための冷徹な話をするのだという、それは明確な意思表示だ。
本当に聡明な女だな、アストレアは――とリュージは改めて感心した。
「これからアストレアには、新しい女王としてこの国を治めてもらう。もし歯向かう奴らがいれば、俺が全力で排除してやるから安心しろ」
「私が女王になるのは構いません。この国がより良くなるのならば進んでその大役を引き受けましょう。排除というのは不穏なので、できれば控えてほしいところですけど」
「断る、無駄な時間をかけたくない。旧態依然とした旧国王派を筆頭に、障害は容赦なく排除したほうがいい。いい機会だろ。これを機にこの国をむしばむ害虫どもは、綺麗さっぱり取り除けばいい。邪魔なやつのリストをくれれば、俺が殺して回ってもいいぞ」
「そこの意見のすり合わせに関しては、今は溝が深すぎるのでおいおい話すとしましょう。ですがそもそもの問題として、私がこの国の女王になって、あなたに何のメリットがあるのでしょうか?」
アストレアの疑問はイチイチもっともだった。
アストレアは目を治してもらっただけでなく、新しい女王になって腐りきったシェアステラ王国を改革する。
これではアストレアにしかメリットがない。
つまりリュージには何のメリットもない。
「俺はこの国を隠れ蓑にする、復讐のためのな」
「隠れ蓑ですか?」
「せっかくだからお前とも情報を共有しておく。俺の復讐対象はまだたくさん残っているんだが、最終目標は神聖ロマイナ帝国第十二皇子カイルロッドだ」