低めの見極めが重要
プロ野球の試合中継を見ていると、アナウンサーがこんなことを口にした。
「この試合、低めの見極めが重要になってきそうですね」
相手投手の武器は、大きく落ちる変化球だ。
ただし、コントロールにややアバウトなところがあるので、「ストライク」か「ボール」かの見極めが重要になってくる。ストライクゾーンの下半分に飛んでくる球は、特に注意が必要だ。
私は声に出さずに同意する。そう、低めの見極めが重要なんだよ。
その直後に真横から、「そう、低めの見極めが重要なんだよ」とつぶやくのが聞こえる。
隣にいる姉は、テレビではなく、自分のノートパソコンを眺めていた。画面に表示されているのは、野球関連のサイトではなく、大手通販のサイトだ。
女性用の衣類を主に扱っているサイトで、ちょうどバーゲンを開催している。
バーゲンの期間は一週間。翌日まで売れ残っていると、その商品の値段がさらに下がっていく、という仕組みだ。待てば待つほど安くなるが、売り切れの可能性も高くなる。
「だから、低めの見極めが重要なんだよ」
姉としては、できる限り安く買いたい。
なので、「ここが限界ギリギリの最低値!」「それを下回ると売り切れる!」という見極めが重要なんだとか。
達人の言うことは違うでしょ、そんな顔をしている姉。
私と姉では服の趣味がかなり違うのだけど、姉が今回狙っているという服はなかなか・・・・・・。
「一昨日の在庫数が一〇〇で、昨日が三〇」
で、現在は一〇だと、姉が語る。
「これ、すでにカウントダウンが始まってない?」
間もなく売り切れると思って、私は購入を勧めてみる。
しかし、「まだ早い」と姉は断言した。
今日の在庫がどう推移するのか、こまめにチェックしていたそうで、この減り方なら完売は明日と予想。勝負のタイミングは日付変更直後だという。
姉の予想を聞いたあとで、私はテレビに視線を戻した。打者がフォアボールで出塁するところだった。
アナウンサーによると、今の一球はストライクゾーンの下半分を、わずかに外れていたらしい。
「ね? 低めの見極めが重要でしょ」
姉が自信たっぷりに言ってくる。
そして数時間後、翌日になった。
日付が変わった直後、夜中だというのに、姉の部屋から大絶叫が聞こえてくる。
「うぎゃあああああああああ!」
それで察する。争奪戦に負けたか。自称達人、ここに敗れる。
数分後、姉が私の部屋にやって来た。
日本酒の瓶を手にしている。寝る前に愚痴るつもりらしい。
「ケチケチせずに、早く買っておけば良かったよぉぉぉぉぉぉ!」
本気で後悔している。
そんな姉の姿をつまみに、私はお酒を飲みながら、
「どのくらいの金額までなら、出しても良かったわけ?」
姉が告げた値段は、プロ野球の試合中継を見ていた時の値段よりも、三千円ほど高かった。
私は少し考えてから、
「じゃあ、その値段の千円引きで売ってあげてもいいよ」
すでに購入済みだと教える。明後日には家に届く予定だ。
「え? いつ買っていたの?」
「試合終了後すぐにだよ。いい服だなと思ったんで。あれ、色もデザインもいいよね」
私の提案に対して、姉はしばらく悩んでいた。
が、やがて吹っ切れた顔になると、
「買う! 買います!」
だろうと思った。そういう値段設定にしたのだ。
姉のことだから、このくらいの値段までは出すはず。そのあたりの見極めは、長年の経験でわかっている。
「でも、私も着たいから、たまに貸してね」
これにて交渉成立。二人で乾杯した。
次回は「メガネ」のお話です。