登山中の標識
登山の途中で標識を見つけた。「落石注意!」の標識だ。
こういう場所では、大声を出してはいけない。頭上を警戒しながら、急いで通りすぎるべき。
先に進むと、またもや標識を見つけた。
今度は二つだ。
片方はさっきのと一緒。「落石注意!」の標識だ。
で、もう片方は「熊出没注意!」の標識である。
こういう場所では、熊よけの鈴を鳴らしながら、周囲を警戒して通りすぎるべき。
ただし、鈴の音量には注意が必要だ。あまり大きすぎてもいけない。ここには「落石注意!」の標識もある。
さらに先へ進むと、またまた標識を見つけた。
今度は三つだ。
一つは「落石注意!」、一つは「熊出没注意!」。
そして、最後の一つは・・・・・・。
これは何だ?
見たことのない標識だ。
ふもとでもらった「ポケットサイズの登山マニュアル」に、この標識が載っていないか調べてみる。
あ、あった、あった。
えーと、「ファールボールにご注意ください!」の標識?
最近になってできた標識らしい。今はこんなものまであるのか。
ふもとでもらったマニュアルによると、この標識があるのは、基本的に「野球場の客席」、もしくは、「野球場の近く」だという。
どうやら、この近くに野球場があるようだ。
で、こういう場所での注意事項は・・・・・・頭上に注意?
何だ、「落石注意!」と同じか。
ここには、その標識も一緒にあるので、やることは変わらない。
頭上を見る。危険の兆候はないかを確認した。
その時だった。
頭上から黒い物体が降ってくる。
とっさに避けようとして、足がもつれた。尻餅をついてしまう。
黒い物体が目の前に落下してきた。その震動が地面を伝わってくる。
直撃すれば危ないところだった。
このあと黒い物体が何かを知って、全身が凍りつく。
大きな熊だ。ここは「熊出没注意!」。
とはいえ、この熊が動き出す、そんな気配はない。
注意深く観察すると、熊は息をしている。どうやら、気絶しているだけのようだ。
その直後に気づく。熊のかたわらに、野球のボールが落ちていた。
これが頭にでも当たった?
三つの標識をあらためて見る。「落石注意!」、「熊出没注意!」、そして、「ファールボールにご注意ください!」だ。
こんなこともあるんだな。
そう思って立ち上がり、歩き出そうとした瞬間、頭に強い衝撃が走った。たぶん、これもファールボール。
薄れゆく意識の中で、山頂の方から大きな声が聞こえてくる。
「ファールボールにご注意ください!」
熊とどちらが先に目を覚ますのか、そんなデスゲームの開始である。他の熊がやって来てもアウト。
また、今の声によって落石が発生する、そんな危険もあった。
次は『人気の席』というお話です。