新しい監督は
まずいことになった。
新しい監督が決まらないのだ。
球団社長は今になって後悔する。
(あんなことを言わなければ良かった)
一週間後にはドラフト会議がある。
その前日までに新しい監督を発表する、そう宣言してしまったのだ。
言いわけになるが、この件は決して、見切り発車だったわけではない。
中南米の大物監督と極秘に交渉していたのだ。
その監督とはメジャーリーグの球団も交渉していたが、情勢はこちらが有利だった。
しかし、土壇場でひっくり返されてしまった。
最終的に決め手となったのは、監督の家族だ。
監督の妻や子どもたちが、「お好きなハンバーガーを毎日食べ放題」という条件につられてしまったのである。
駄目だったものは仕方がない。
それで急遽、他の監督を探している。
今回は「中南米の監督」に候補を絞っていた。この球団の将来を見据えて、今の内に新しい風を吹き込んでおきたい。
野球は今後、もっと世界規模なものになる。
日本式の野球に新たな要素を加えて、化学反応を起こしたい。それがチームの強化、進化につながるはず。
他球団よりも先に、「中南米の野球戦術」を積極的に取り入れることで、先行者利益を得るのが狙いだ。
そうやって、野球の新たな魅力を創出することができれば、新しいファンの獲得につながるだろう。
チームの長期計画による監督人事なので、今さら「日本人の監督で」とはいかない。ここは「中南米の監督」にこだわる。
とりあえず、新たに交渉している人物は、監督就任にかなり前向きだとか。
とはいえ、契約の条件をじっくり煮詰めたいらしく、ドラフト会議前の交渉成立は厳しそうだ。
その慎重さ、堅実さを評価しての監督打診なので、これは仕方がないだろう。
無茶な条件をふっかけてくるわけではないし、年俸の額についてはすでに合意を得ている。良い人物なのは、間違いないのだ。きっとチームを強くしてくれる。
このまま交渉を続けるとして、
(さて、どうしたものか)
ドラフト会議の前日までに新しい監督を発表する。どう考えても、それは不可能だ。
しかし、ここでファンの期待を裏切るのは良くない。
ファンにとって今年のシーズン、忍耐力を試される試合が多かった。
そのため、新監督に期待する声は大きい。「まだ決まっていません」と言える雰囲気ではなかった。
ドラフト会議の前日、球団社長は記者会見を開いていた。
「それでは、新監督を発表します」
そう言った直後に、記者会見の会場に長身の男性が入ってくる。スーツを着ているが、その下はものすごい筋肉だ。
記者たちが一斉にどよめく。
筋肉もすごいが、この男性、金属の仮面をつけているのだ。仮面は頭部の大部分をおおっている。これでは正体がわからない。
男性の横には通訳がついているし、雰囲気からして、外国人監督のようだが・・・・・・。
「どうです? 素顔を見たいでしょ?」
球団社長は記者たちに聞く。
「でも、本日はお見せできません。『素顔の公開』は来年の一月を予定しています。したがって、ここでの『本名公表』も行いません。本名がわかれば、素顔がばれてしまうからです」
ただの時間稼ぎである。
中身は別人だ。交渉中の人物ではない。
あの仮面にはボイスチェンジャーがついているので、しゃべった内容はすべて機械音声に変換される。
はたして、記者たちの反応は・・・・・・。
球団社長がどきどきしていると、
「なるほど。そういう趣向ですね。新監督の正体を謎にすることで、オフシーズンの話題にしてもらおうという」
どうやら、良い方に受け取ってくれたらしい。
「そうです! ぜひ色々と予想して、来年一月の『素顔公開』を楽しみにしていてください♪」
十二月になった。
困ったことになった。
新しい監督とは交渉がまとまったのだが・・・・・・。
球団社長は昨日見た写真を思い出す。
片方は、ドラフト会議前日の「替え玉新監督」の写真だ。
で、もう片方が、「本物の新監督」の写真である。
二人の体形がかなり違っている、そんな事実が判明したのだ。
ドラフト前はバタバタしていたので、そういうところの確認が杜撰だった。
このままだと、「替え玉を使って記者会見をしたこと」がばれてしまう。
そこでもう一回、記者会見をすることにした。
「えー、本日お集まりの皆さま。新監督の方から、どうしてもお知らせしたいことがありまして」
球団社長の隣にいるのは、「替え玉の新監督」だ。本日も例の仮面が頭部をおおっている。
新監督の発言を要約すると、以下の通りだ。
――日本の野球を深く研究したいので、一人で日本の冬山に籠もることを決めた。
――人里離れた厳しい環境に身を置くことで、新監督として心身を鍛え直してくる。
――この山籠もり、かなり過酷なものになるだろう。
――そういうわけで、次に皆さんの前に現れる時には、かなり痩せたり縮んだりしている可能性がある。
――しかし、それも私だ。私以外にあり得ない!
次回は「登山」のお話です。