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空の鱗と海の翼  作者: 『空の鱗と海の翼』制作委員会
天縛の輝石/橘 紀里
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竜を追う者

 ティスが助けを求めた大人たちによって、男はシェンの家に運び込まれた。薬師の見立てでは、傷は深いが命に関わるほどではない。続く昏睡は、どちらかといえば疲労によるものだろうということで、ひとまずは見守るだけの日々が続いていた。


 眠り続けること三日。包帯を交換しようと肩に手をかけ、端を解いたところで寝台に眠るその人が身じろぎした。無精(ぶしょう)(ひげ)まで生えた精悍(せいかん)な顔。そのわりに長いまつ毛に覆われた(まぶた)が開き、深い紺色に近い青い瞳がぼんやりと彼女を見つめる。やがて、その目がはっきりと彼女を捉え、はっと見開かれた。


「ここは——あいつは⁉︎」

 起き上がろうとしたその体を抑えようとして、けれどシェンは異常に気づいた。

「あなた……傷が?」

「言っただろう、あれくらいの炎で焼かれたりしない」

 口の端を上げて癖のある笑みを浮かべた彼に、シェンは信じられない思いでその左肩に触れる。ティスを庇い、包帯でも覆いきれないほどの火傷を負ったはずのそこは、古い(かたな)(きず)がいくつかある他は、きれいな状態だった。

「……あなた、何者?」

「人に名を尋ねるなら、まず自分が名乗るべきだな」


 シェンの手をつかんでじっとこちらを見つめる。大きな手は硬く大きいが、あれだけの大剣を容易に振り回すわりには筋骨隆々というほどではない。いったいどこにそんな膂力(りょりょく)が、と思わずじっとその顔を見つめていると不意に男の表情が緩んだ。面白そうにこちらを見つめるその瞳の色に、奇妙に惹きつけられる。


「なんだ、惚れたか?」

「はあ⁉︎ 意味がわからない、見てただけ」

「そんな熱っぽい眼差しでか? まあいい。俺はセラノ」

「……私はシェン。あなた一体何者? どうして怪我が消えているの? それになぜ追われてたの」

 何に、とは言わずとも伝わったらしい。男は掴んだシェンの手を引き寄せて、顔を覗き込んでくる。

「まず第一に、追われてたんじゃない。俺が(・・)追ってたんだ。第二に、傷がないのは俺が死ねない呪いを受けているからだ。わかったか?」

 わかるわけがない。絶句したシェンに、男はくつくつと笑いながらほどけかけていた包帯を引き抜き、寝台に置かれていた着替えに手を伸ばした。

「信じられないか? だが、あんたは信じるより他ない」

 そう、シェンだけはそれを目にしたのだから。けれど、と言い淀む彼女に男は表情を改めて、彼女の顎に手を滑らせた。

「シェン、というのは本当の名か?」

「どういう意味?」

「親から与えられた名か、という意味だ」


 不躾な問いに、シェンは思わず眉を顰める。ほぼ初対面の男に家族のことを聞かれるのは気持ちのいいことではなかった。自身が知らないことであれば、なおさらに。


「あなたには関係ない」

「ところがありそうでな」

 背けようとした顔を、ぐいと無理やり向き直させ、男の顔が近づいてくる。

「淡い金の髪に、淡い水色の瞳。この辺りじゃ見かけない色だ」

「だから?」

「北方には薄い色の人々もいる。だが、あんたのそれは本物じゃないだろう?」

「どういう意味?」

「緋竜と対峙していた時、あんたのその瞳の色は違う色に染まっていた」

 意味がわからずさらに眉根を寄せた彼女に、男はさらに顔を近づけて、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。男の青い目に彼女の顔が映る——それだけでなく、何か視界が歪むような、不思議な感覚。


 一面の青、その中に沈む白い建物——神殿だろうか。それから、黒い影がいくつもその周囲を優雅に泳いでいる。深い水の底まで届く陽光をきらきらと反射して不可思議な七色に輝く黒く大きな(からだ)


「……竜?」

「あんたやっぱり——」

「シェン、お客人が目を覚ましたのですか?」


 聞き慣れた声に目を向けると、柔らかな樫の木色の髪を、今日は流しっぱなしにしたネルクが入ってくるところだった。抱えた籠には薬瓶がいくつも詰め込まれている。

 いつも通りの穏やかな顔が、けれど、シェンとその顎を掴んでいるセラノを見てぴたりと止まる。みるみるうちに眉根を寄せて険しい顔になったネルクに、シェンが慌てて身を離そうとしたが、セラノは逆に彼女の腕を掴んで引き寄せた。

「何を——」

「貴様か」

 先ほどまでの揶揄うような口調とは打って変わって、地の底から響いてくるような低く恐ろしげな声に思わず身がこわばる。見上げた顔は、声のままに険しい、というよりは、怒気に満ちていた。

「セラノ……?」

「貴様が全ての元凶か」

 眼差しで人を切り裂くことができるとしたら、きっとこんな色をしているのだろう。鋭く怒りに満ちた瞳と声に、シェンは逃れるどころか、身じろぎさえできなかった。

「何のことです」

 対するネルクの声は静かなままだった。けれど、その響きには微かに波だったものが感じられた。いつもの彼なら激昂する相手を宥めるように柔らかく問いかけるはず。なのに、その声はひどく硬い。


「花の月、(さく)の夜」


 セラノは厳しい声で、それでもどこか歌うようにそう呟くと、ネルクがはっと息を飲むのが聞こえた。

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