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空の鱗と海の翼  作者: 『空の鱗と海の翼』制作委員会
天縛の輝石/橘 紀里
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対峙

 大剣を構えた男に、けれど緋竜は一瞥(いちべつ)をくれただけで、ばさりと翼を羽ばたかせ、もう一度浮き上がる。そうして空から容赦なく炎を吐きかけた。相手は翼持つ竜だ、それはそうだろうと半ば呆れながら、シェンは熱波を避けてティスと共に木陰へと滑り込む。


「あいつ、剣でどうするつもりなんだ?」

「だよね……」

 彼らの声が届いたのか、盛大な舌打ちが聞こえた。男が低く何かの音の連なりを呟くと、その剣がふわりと薄青い光をまとう。男は大剣の刃を担ぐように肩に載せ、空からこちらを睥睨(へいげい)する竜を見上げた。剣の(つか)に右手を添え、ぐっと歯を食いしばる。


「空は、お前たちのものじゃない」


 緋竜を睨み据え、低く絞り出すようも言った声に、シェンははっと目を見開いた。眼前で吹きつける炎を青く輝く剣が二つに切り裂き、風の刃を放つ。


「その程度の炎で俺を焼けると思うな。この辺り一帯を焼き尽くしたとて、俺はお前たちを追うことをやめない。逃げても無駄だ」


 挑発する言葉を緋竜が理解したのかはわからない。それでも男の不敵な笑みと、掲げられた剣の意味は理解したのだろう。緋竜は向きを変え、下降し始める。だが、その標的は男ではなかった。

「な……ッ」

 真っ直ぐにティスとシェンに向けて滑空し始めた竜に、ティスが怯えた声を上げる。止める間もなく、木の影から飛び出し、街へ続く道へと駆け出した。

莫迦(ばか)が!」

 男が()(ぎし)りして叫ぶのが聞こえた。同時にシェンも気づく。


 あちらに街があることを緋竜が知っているかどうかは不明だ。けれど、ティスを追っていけば確実に見出すだろう。そして、緋竜は一度見つけた街を、決して見逃しはしない。廃墟になるまで焼き続けるのだ。


 ごう、と炎がシェンのすぐ脇をかすめた。駆け出したティスの背中に炎が迫る。

「ティス‼︎」

 叫んだシェンの横を黒い影が疾風(はやて)のように駆け抜け、ティスの小柄な前へと突き飛ばした。大きなその背を真っ赤な炎が舐めるように包み込む。

「ぐ……っ」

 呻き声に、シェンはためらいも忘れて駆け寄る。

「大丈夫⁉︎」

「……これくらい、なんとも……ない」

 だが、男の髪も肌もあちこちが焼け焦げ、無惨な様子を晒していた。その程度の炎で、と言ってたのは強がりに過ぎなかったのか。それでも男は剣を離そうとはしない。

「逃がすか!」

 低く呟いた時、ばさりと大きな羽音がすぐ近くで聞こえた。いつの間に降り立ったのか目と鼻の先に異形の竜の顔があった。感情を映さない黄色い眼球——だが、それがなぜか興味深そうにシェンを見た気がした。

「莫迦! ぼーっとしてないで逃げ——!」

 目の前に炎が迫る。男は立てそうにない。ティスは逃げたが、このまま緋竜が街に迫れば、いずれにしても街の被害は避けられない。


「そんなこと、許せない」


 大切な人がいる、大切な場所。それをこんな——に。


 どくん、と心臓が大きな音を立てた。同時に背中に熱と痛みが走る。身体中の熱が背中に集まってくるような。

「……ッ」

「どうし——」

 緋竜がその顎から炎を吐き出そうとした瞬間、シェンの中で何かが弾けた。手のひらを緋竜に向け、背筋を伸ばして睨みつける。


「木々は炎を生み、炎は大地を(はぐく)む」


 溢れた言葉はネルクが教えてくれた祈りの詩篇。ただのおとぎ話のように聞こえていたその言葉が、今や別の意味を持つ。祈りは願いだ。かつてあまねく天地に満ちていた摂理を示し、秩序を取り戻そうとする。


「破壊し、焼き尽くすだけの火など、(まが)(もの)に過ぎない」


 シェンの淡い空の色の瞳が濃さを増す。彼女自身は知らなかったが、それは、空を覆う雲の向こうの澄み切った色と重なる。


 ギィ、と怯えたような声に目を向ければ、緋竜が後退り、空へと舞い上がるのが見えた。

「逃がすか!」

「無茶だ、そんな体で! 飛べもしないのに」

「くそ……ッ」

 男はそう歯軋りしたが、そのまま地面に崩れ落ちた。慌ててその体を支える。

 男の背中と左半身が焼け焦げていた。常人ならとっくに気を失っていてもおかしくない。なのに、男はシェンを見上げると、片眉だけを上げて不敵に笑う。


「まあ……いいか。どうやら、俺は見つけた(・・・・)らしいからな」

「え?」


 問いに答えることなく、男はそのままシェンの腕の中で意識を失った。

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